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第五章 公爵夫妻、デートする

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第五章は全十四話、二人の日常となります。
最後までお読みいただければ嬉しいです。

■■■■

※エミーリア視点
 
 
 「それもこれも駄目、これらはただ色や味がついているだけの水、この辺のは毒・・・まあ、飲んでも嘔吐と腹痛くらいですけど。まだしも効果がありそうなのはこの二つくらいですね!」
 
 ハーフェルト公爵家の客間の大きなテーブルいっぱいに、大きさも色も様々な小瓶が並んでいる。
 その前に座った白衣を着た老年の女性が、手元の紙を見ながらどんどん仕分けしていく。
 
 
 今日は、私が夜会や茶会で『妊娠するために有効』だとご夫人方から聞いて集めた薬達を、私の主治医であるゾフィーが鑑定した結果を聞く日だった。
 
 わざわざその時間に合わせて、仕事を抜けてきた夫のリーンと一緒にその作業を見守る。
 
 「これはまた、惨憺たる結果だね。リストを国中の店に回覧して、売るのを止めさせるべきかな?」
 
 手前のいかにも怪しい黒い小瓶をつまみ上げて光に翳しながら夫のリーンがぼやいた。
 
 向かいの彼女はそれに首を振る。
 
 「公爵閣下、それより国民、特に女性達に周知せねばなりません。人間は効くと信ずれば、違法でも何でも買いたがります。そして、売れるなら闇ルートが出来てしまいます。」
 
 二人はそのまま話し込んでしまう。
 私はそれを横で聞いていたけど、専門用語ばかりで理解が追いつかなくなって手持ち無沙汰になり、近くに置いてあった大丈夫といわれた瓶を開けて顔に近づけた。
 
 「エミィ!」
 
 途端、鋭い声とともに、手の中の瓶が消えた。
 その行方を探せば、隣のリーンが焦った表情で瓶を握りしめていた。
 
 「何をしているの?!いきなり飲んじゃだめでしょ?!」
 「飲むつもりはなかったわ。どんな匂いかなと思っただけで。」
 
 それを聞いて大きな息を吐いた彼は、顔を片手で覆う。
 
 「嗅ぐだけで危ない毒薬もあるんだから、迂闊にそんなことしないで。」
 「もう。これはゾフィー先生が大丈夫って言ってくれた物だし、他のもちゃんと聞いてから飲むわよ。心配性ね!」
 「君に関しては、どれだけ心配しても、し過ぎるってことはないと思ってる。」
 
 まだ青い顔の彼をむっと見返せば、向かいからくすくす笑いが聞こえてきた。
 
 「久方振りにお二人揃ってお会いしましたが、相変わらずですね。いえ、以前より奥様から遠慮がなくなって、さらに仲良くなられたようで何よりです。」
 
 その言葉にリーンと顔を見合わせる。
 直ぐに彼の顔に笑みが広がって弾けた。
 
 「ゾフィーもそう思う?僕もエミーリアの反応が変わってきたような気がしてたんだ。それが僕の愛情を信じてくれたからなら、こんなに嬉しいことはないよ。」
 
 私から取り上げた瓶をテーブルに戻しながら、彼は幸せそうに笑う。
 
 ちょっと、本人の前でそんな話をしないでよ・・・。どう反応していいか、わからないじゃない。
 
 顔が熱くなってくるのがわかる。扇やタオルで隠すわけにもいかず、両手で頬を挟んで冷やそうと試みる。
 
 確かに最近、私が何を言っても彼は好きでいてくれるという安心感が得られてきて、ちょっとわがままというか、言いたいことを言ってるけど。
 
 それを他の人から指摘されるって恥ずかしい!でも、夫が純粋に喜んでくれるのは、嬉しい。
 
 ああもう、私は嬉しいの、恥ずかしいの、どっちなの!
 
 脳が沸騰した私は、がばっとソファから立ち上がって叫んだ。
 
 「ゾフィー先生、私はどれを飲めば赤ちゃんが出来易くなるの?」
 
 あまりに唐突すぎて二人がぽかんと私を見上げている。
 自分でも変な行動をしたと、わかっている。
 
 だけどもう、無理やりにでも話題を変える以外思いつかなかったのよ・・・。
 
 当然それは二人にもバレバレで、くすくす笑いながらもゾフィーは、自分が飲んでも大丈夫と言った二つの瓶を私の前に並べ説明してくれた。
 
 「こちらの瓶は滋養強壮。先程エミーリア様が手に取っておられたのは、栄養剤。まあ、どちらも妊娠するというより、健康の手助けをしてくれるものですね。」
 
 私はそれを聞いて、すとんとソファに座り直した。
 
 「そうなの・・・そりゃ直ぐに妊娠するような薬なんてないわよね。あったら子供が出来ないなんて悩みはなくなっているわよね・・・。」
 
 でも、もしかしたらって期待してたのに。そうなのかー・・・。
 
 がっかりしたのが丸わかりだったのだろう、リーンがそっと肩を抱き寄せて慰めてくれる。
 
 実はマルゴット達に絶対リーンの子供を産むと宣言した手前、日に日に焦る気持ちが募ってきていた。
 
 ヘンリックがリーンの兄姉には子供がいるから、いつかできるのでは、と言ったらしいけどそれって、言い換えれば私の問題かもってことよね。
 そういわれてみれば、実姉も結婚して何年も子供が出来ずに悩んでいたわ。
 でも、私のきょうだいは四人で少なくはないと思うのよね。
 
 いつもなら人前での触れ合いを嫌がる私がされるがままになっているので、不審に思ったリーンが熱がないか私の額に手を当てて測っている。
 
 「大丈夫、熱はないわ。なんとなく、気が抜けただけ・・・。」
 
 言いながら彼から離れれば、それはそれで惜しそうな顔をされた。
 
 そんな彼は放っておいて、私は自分の前に置かれた瓶を手にとって眺める。
 私により必要なのはどちらなのかしら、と考えてふと思いついた。
 
 「ねえ、ゾフィー先生はこういうの作れるの?」
 
 一瞬目を見開いた後、彼女が勢い良く頷いた。
 
 「知り合いの力を借りれば出来ると思います!そうですね、私がエミーリア様に最適な物をお作りしましょう。でもそれで子供が出来るという確約はできませんが。」
 
 最後に申し訳なさそうに付け足されたその台詞に私はにっこり笑って答えた。
 
 「もちろんわかってるわ。でも、先生が作ってくれた物なら安心だと思って。それと、できれば私専用じゃなくて、幅広い女性達に有効な物がいいわ。それを安く売れば危ない物を駆逐できるんじゃないかしら。」
 「是非、やりましょう!」
 
 私とゾフィーは見つめ合って、ぎゅっと手を組んだ。
 それから私は横を向いて、にこにこしている夫にそろっと尋ねた。
 
 「リーン、私の持参金を使うから、やってみてもいいかしら?」
 
 彼はたまらなく嬉しそうな笑顔で頷いた。
 
 「君がやりたいといったことを僕が止めると思う?しかも、これはとても良い案だよ。だけど、君の持参金を使う所じゃない。女性達用のは国でやろう。それで、ゾフィー。エミーリア用のを別に頼むよ。そっちの資金はうちで出す。」
 
 急に規模の大きな話になって私とゾフィーは目を丸くした。
 
 「本当は、共通する部分もあるだろうし、まとめてうちでやったらいいんだろうけど、これ大規模な事業になるじゃない?国でやったほうがいいよね。」
 
 エミーリアの考えたことだし、本当は全部やらせてあげたいんだけどね、と腕を組んで不満そうにぶつぶつ続ける彼にゾフィーがくすりと笑った。
 
 「公爵閣下も結婚当初に比べて随分伸び伸びされてますね。」
 「うん。彼女はもう僕のいろんな面を知ってるし、少々のことでは嫌われないってわかってきたから安心してるんだ。」
 
 素直に肯定する彼を心の中だけで尊敬した。私が恥ずかしくて言えない台詞を、よくもそんなにあっさり言えるわね!
 
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