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第五章 公爵夫妻、デートする

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 ※エミーリア視点
 
 
 リーンと屋敷や城とは別の場所で待ち合わせをして、あの会話をしてみたい。
 そう思うものの、いつ、どうやって彼に切りだそうか、機会を伺いつつまだ言い出せずにいた。
 
 ゾフィーと女性用の健康補助剤を作る話をした日から、彼はずっと忙しい。
 
 あの日も結局、夜遅く帰って来て夕食も一緒に食べられなかったし。こんなことなら、あの時もう少し一緒にいればよかった。
 
 ここのところ、朝しか彼に会えない日が続いている。
 彼の健康を考えれば城に泊まるのが一番良いのに、朝だけでも会いたくて無理に帰って来なくていいと言えない自分は、ずるくて弱いと思う。
 
 
 「うーん、いつ言おう。」
 「エミィ、何を言うの?僕に言いたいことがあるなら、今どうぞ?」
 
 居間のソファのクッションをぎゅううっと抱きしめて頭を乗せ、悩んでいると当然のように声が降ってきた。
 ばっと顔を上げれば、そこには湯上がりのリーンがいた。
 
 「あれ、もう出てきたの?!早くない?」
 
 まだまだこないと思ってたのに。
 驚いてそう続ければ、彼がややむっとした顔をした。
 
 「エミィは、僕が当分いないと思ってさっきの独り言を言ったの?僕宛じゃないの?誰に何を言いたいの?」
 
 次々と質問をぶつけながら彼が私の両側に手をつく。私は座ったまま、ソファと彼の間に閉じ込められた。
 
 そして、彼の身体から湯上がりの仄かな温かさと石鹸のいい匂いがしてどきどきする。
 
 そうっと彼の顔を見上げれば、まだ湿った髪の間から真剣な目がこちらを見つめていた。
 
 これは逃げられない・・・。
 
 「あの、その、貴方に、なんだけど・・・」
 
 どうしよう、考えている途中だったから上手く言い出せない。
 
 せっかく今日は久しぶりに一緒に夕食を食べられて、こうやってお喋りする時間がとれたというのに!
 
 クッションを抱き潰しながら言葉に詰まっている私の頭に、キスを一つ落とした彼から笑いが溢れた。
 
 「ふはっ。エミィ、落ち着いて。僕に言いたいことがあるの?いいよ、なんでも聞くから。」
 
 自分宛だとわかった途端、彼から緊張が抜けて、柔らかい雰囲気になった。
 
 「そういえば、以前『わがままを考えておいて』と言ったきり聞いてないけど、いくつ決まった?」
 「複数って決まってるの?!」
 「うん。だってあの時、君にかなり辛い思いをさせたからね。最低十は言って欲しいな?」
 
 十個もわがままを言えと?!それってもはや悪妻じゃない?
 でも、彼は本気だ。何か、考えなくちゃ。多分、ちょっと困らせるくらいのがいい。
 とりあえず、待ち合わせの件をその一つにしよう。
 
 そう決めて、口を開こうとした時、身体が浮いた。
 
 「ええっ!ちょっとリーン!何するの?!」
 
 子供みたいに正面から腕に乗るように抱っこされて、勢いで彼の首にしがみつく。
 顔の直ぐ側で笑い混じりの声が響く。
 
 「だって久しぶりに寝る前の君に会えたんだもの。触れたいんだ。嫌?」
 「私だって寂しかったから、貴方とこうして一緒にいられるのは嬉しい。でも、この体勢はどうかと思うわ!」
 
 必死で訴えたのに、彼はそのまま移動を始めた。
 どこに行くつもり?!・・・その扉は、まさか。
 
 「もう後は寝るだけだし、身体が冷えたらいけないから続きはベッドで話そう。」
 「本当に話すのよね?!まだまだ寝ないんだから!」
 「もちろん、寝ないよ。久しぶりにこうして時間が取れたのに、今から眠るなんてもったいない。」
 
 
 そっとベッドの上に降ろされて私は考えた。
 横になったら寝ちゃいそうだから、座って話せばいいんじゃない?
 
 「リーン、座って話しましょ。」
 「え・・・わかった。」
 
 私の台詞に動きを止めた彼は、脱ぎかけていたガウンをしゅっと羽織り直すと、そのままベッドに上がってきた。
 私も羽織ったままだし、これなら冷えないわよね。
 
 彼の場所を空けるために横にずれたら、ぐいっと引き寄せられて、彼に後ろからすっぽりと包み込まれる体勢になっていた。
 
 「これ・・・私は暖かいけど、リーンが寒いのでは?」
 「ガウン着てるから大丈夫。それに横に並ぶよりこうやってる方が断然暖かいよ。」
 「そう、なの?」
 
 でも、私ばっかり得してるような?
 首を傾げていたら、彼の手が伸びてきて、私のガウンの紐を解き始めた。
 
 「な、何するの?!」
 「うん?君がガウンを脱いだら、僕はもっと暖かいと思うんだけど。」
 「そ、そうなの?」
 「うん。より密着するでしょ?」
 
 密着!今より?!その状況で話せと?
 落ち着かないことこの上ないわね!
 
 「やっぱり、横並びで・・・!」
 
 無駄だとわかっているけど、ぐいぐい彼を押して離れようと試みるも、気がつけば自分のガウンを脱がされて、彼のガウンの中におさまっていた。
 
 ・・・本当に暖かい。それにとっても安心する。
 
 最近ずっと一人だったから、寝る前にこうやって彼に包まれるのは久しぶり。
 
 私は力を抜いて後ろの彼にそっと体重をかけてもたれかかってみた。
 薄い寝間着越しに彼の嬉しそうな気配が伝わってきて、抱きしめる腕に力が加わった。
 
 幸せだなあ・・・。多分、リーンもそう思ってる気がする。それでそのまま二人でしばらくじっとしていた。
 
 
 「あのね、リーン。わがままを二つ、言うわよ?」
 「いいよ、なんでも言ってみて。」
 
 意を決して宣言すれば、彼は待ってましたとばかりに返してきた。
 
 私を包んでいる彼の腕をきゅっと握って気合を入れる。
 
 「忙しくて大変なのはわかっているけど、これからも今みたいに、できる限りここに帰ってきて一緒に寝て欲しいの。」
 
 なんてわがままだろう。顔が見えなくてよかった。耳の先まで熱が回る。
 こうやって彼の好意を約束で縛りつけようとする自分が恥ずかしい。
 
 「本当はお城に泊まる方がリーンのためだってわかっているけど、でも、朝に目が覚めて隣に貴方がいないのは悲しいの。」
 
 これくらい酷いわがままを言えば、残りの分は無しになるんじゃないかしら。
 渾身のわがままをぶつけて、これでどうだと彼の腕にぎゅううっとしがみつく。
 
 「エミィ、それはわがままじゃないから、数に入れられないよ?」
 
 彼の柔らかい声が耳元で聞こえる。
 あれ?思ってた反応じゃないんだけど?
 
 彼の腕を掴んだまま、顔だけ後ろに向ける。直ぐに額にちゅ、と口付けられ慌てて両手でそこを隠しながら叫ぶ。
 
 「え、なんで?これがわがままじゃなかったら、何なの?」
 
 呆然と聞き返せば、彼も驚いたように私を見つめ返してきた。
 
 「ええっ?だって、僕の家はここだから帰って来るのは当然だし、城で一人で寝るより君の隣で寝たいのは僕の方だし、寝ている君の邪魔をして潜り込んでいる訳だから、どちらかというと僕のわがままじゃない?」
 
 「そんな。でも、城に泊まればもっと寝られるのに。」
 「そんな短時間の睡眠を足すより、君の温もりを抱きしめて眠る方が断然回復するに決まってるじゃないか。」
 
 それに城は常に誰かが動いていてざわついているしね。と付け加えた彼に同意する。
 
 確かに以前泊まった時は眠りが浅かった。慣れない場所で、ぷち喧嘩中だったからだと思っていたけど、そんな理由もあったのかもしれない。
 
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