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第五章 公爵夫妻、デートする

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※エミーリア視点
 
 
 「おいでおいでー・・・よし!」
 
 足元をとっとっとと走っていくひよこ達からなんとか一匹捕まえ、両腕に鶏を抱えたリーンと荷馬車の方へ連れて行く。
 
 少しひしゃげた籠に皆が鶏やひよこを入れていっているので、私も見様見真似でひよこを戻す。
 
 リーンがちょっとここで待ってて、と言い置いて荷馬車の持ち主と話をし始めたので、その場で待っていた。すると、公園の周囲に植えられている低木の茂みの下に、黄色いものが動くのを見つけた。
 
 あんなところにもひよこが。
 
 すぐ捕まえて戻ってくるつもりで私はそれを追いかけた。
 
 ■■
 
 このひよこ、元気ね!
 
 さっきから捕まえようと手を伸ばす度に、するりと逃げてしまう。
 こちらも意地になってきて、絶対捕まえてみせると一心不乱に追いかけて、やっと抱きしめた時には、全く知らない場所にいた。
 
 ・・・ここはどこかしら?
 
 ここが公園内かすら、わからない。
 周囲を見回しても人がまばらにしかいない。デニス達や影の護衛らしき姿もない。
 
 もしかしなくても私は迷子になっちゃったの?
 
 以前デニスが迷子の時は動くなと言っていたけれど、こんなどこかわからない場所で待っていても見つけて貰えるのかしら。
 
 手の中で暴れるひよこと途方に暮れていたら、声を掛けられた。
 
 「そのひよこ、どうしたんですか?」
 
 声のした方を振り向くと、気の良さそうな青年が私とひよこを不思議そうに見ていた。
 
 私が逃げたひよこを追ってここまで来たことを話すと、彼は明るく笑った。
 
 「ああ、この先に市場があるので、たまにそういうことがあるんですよね。」
 
 それからちょっと待っててと言って、小さな籠を持ってきてひよこを入れてくれた。
 
 「ありがとう!このこ、逃げたがって捕まえておくのが大変だったの。とっても助かったわ。」
 
 気遣いが嬉しくて笑顔で礼を言えば、彼が口籠りながら顔を逸らした。
 耳が赤くなっているけど今日は暑いかしら?
 
 それから何かを誤魔化すように私の持つ籠を覗き込んだ彼は、ひよこをまじまじと見て言った。
 
 「このこ、メスですね。大きくなったら卵を産んでくれますよ。」
 「そうなの?飼ってみたいわ。」
 「小屋を置ける場所はありますか?」
 「場所はあるけど、置いていいかは聞かないとわからないわね。」
 
 リーンは良いって言ってくれそうだけど、私が全ての面倒を見ることはできないから、他の人の仕事を増やすことになるし難しいかなあ。
 
 
 「よお、ヤン。こんなとこでナンパか?!えっ結構上物じゃんか。」
 
 ひよこを飼うことについて考えていたら、また別の男の人が話しかけてきた。
 
 その男は私と話していた人の肩に抱きつくようにして私を上から下まで眺め、目を丸くしている。ちょっと失礼じゃない?
 
 「やめろよ、そういうんじゃないから。ひよこの話をしてただけ。」
 「ひよこ?!お前、なんでそんな嘘をって・・・本当にひよこがいる。」
 「また逃げたらしい。彼女はそれを捕まえてたんだよ。本当にそういうんじゃないんだ。」

 二人は知り合いらしく、籠をくれた人が遠慮なく背中を叩き返しながら反論している。
 
 そういえばさっき彼はヤンって呼ばれてたわね。この人にはまた改めて籠のお礼をした方がいいわよね、と彼の名前と顔を記憶する。
 
 「なんだ、残念。ついにヤンにも恋人ができるかと思ったのに。じゃあ、俺はどう?君のような美人が恋人になってくれたら最高なんだけどな。」
 
 私に向けられたその台詞に目を瞬く。
 美人って私のこと?
 
 夫のリーンは、いつも私にかわいいとか綺麗と言ってくれるけど、あれは大いなる彼の主観だと思ってたんだけど。
 ここにも変わった感覚の持ち主がいたわ。
 
 残念ながら彼のことは好きじゃないし、こんな軽いお誘いは嫌だし、そもそも私は結婚しているから無理なんだけどね。
 
 私が断ろうと口を開く前に、ヤンの声が聞こえた。
 
 「こいつの恋人になるくらいなら、俺の方がいいですよ。俺にしときません?」
 
 ええっ?!
 
 
 ■■
 ※リーンハルト視点
 
 
 デニス、スヴェンと影の護衛達全員が僕の前で項垂れている。
 それにため息を一つついて頭をかいた。
 
 「皆、エミーリアを見失ったと。護衛を増やしてもこの有様とは、彼女は何か姿を消す特殊技能でもあるのかな?」
 
 言葉もなく畏まっている彼等を今責めるつもりはない。そんなことより彼女を探し出すほうが先だ。
 
 しかし、この公園は街の中心にあり、四方に開けている。彼女が何処へ行ったのか、少しでも手掛かりがないとただ闇雲に探すのは非効率的だ。
 
 「それぞれ最後に彼女を見たのはいつだ?」
 「茂みに飛び込んで行かれて、お姿が見えなくなり探していたら、随分と意外な場所から現れての繰り返しで・・・」
 
 スヴェンの言に他の護衛達も頷く。もぐら叩きの説明を聞いている気がしてきて頭が痛くなってきた。
 
 「あら、貴方と一緒におられた女性なら、先程ひよこを追ってあちらへ走って行かれましたよ。」
 
 突然、横から柔らかい声がした。首を巡らせば、リスの食べ物について教えてくれた老夫婦のご婦人が優しい笑みで僕を見ていた。
 
 「貴方の奥さんよね?この街は慣れてないのかしら。」
 「ええ、ここに来たのは初めてといってもいいくらいです。」
 「あら、それだとあちらは路地が入り組んでいるから迷子になっちゃってるかも。早く行ってあげたほうがいいわ。」
 「ありがとうございます。あの、なぜ僕等が夫婦だと分かりました?大抵は恋人同士にみられるのですが。」
 「そりゃあ、君達の安定した雰囲気を見れば分かるよ。会話にも仕草にもお互いに相手を信頼しているのが伝わってきたし、包み込むような温かさが滲み出ていて仲の良い夫婦だと感じた。」
 
 最後の質問には、隣の老紳士が快活に答えてくれた。
 
 先達からのその言葉に、僕とエミーリアが築いてきた関係が間違ってなかったと、肯定してもらえたようで勇気づけられた。
 
 「僕の妻は先程、貴方がたのような夫婦になりたいと申しておりました。彼女の行方を教えていただいたこと感謝致します。」
 
 礼を言って護衛達と教えられた方へ走った。
 
 
 そこは公園のすぐ側まで住宅が建ち並ぶ一画で、狭い道が四方八方に延びていた。
 
 「確かに路地が入り組んでいるね。三つに分かれて探そう。」
 
 僕はスヴェンとデニスと組になり、後は僕とエミーリアのそれぞれの影護衛達で合計三組。
 
 
 とりあえず目に付いた道を選んで進む。その後、いくつか通った道の何処にも彼女の姿はなく、他の組からの連絡もない。
 
 焦りが出てきたところで、くねくねとした細道に行きあたった。そこを通り抜けた先に小さな広場があって、彼女はそこにいた。
 
 
 エミーリア、と声を掛けようとして足が止まる。
 彼女はなんと二人の男に交際を申し込まれていた。
 
 「デニス、スヴェン。エミーリアはあの男達と僕を比べて、向こうを選んだりするかな。」
 「絶対にありえません。」
 「奥様はそんなこと思いもしませんよ。」
 
 二人は強力に否定してくれたけれど、僕は不安だった。
 
 幼き日の婚約時に姉が彼女に言った、『貴方の知ってる男の子とリーンを比べて、好きな方を選べばいいと思うわ。』という台詞は、僕の心の奥にずっと突き刺さっていた。
 
 彼女に男の知り合いが増える度、僕は捨てられるんじゃないかと内心では恐れていた。
 
 彼女の中の僕は、彼等に勝てるのだろうか?
 
 怖いけど、あれから十数年経った今の彼女の答えが聞きたくて、僕はその場に留まっていた。
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