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第五章 公爵夫妻、デートする

5−12 閑話1

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※カール視点
 
 
 メモを片手に公園を通り過ぎて、入り組んだ路地へ踏み込んだ。
 
 「うっわ、ナニ此処。道が、ごちゃごちゃし過ぎでしょーが。しかも、このメモの地図じゃわっかんねえよ。」
 
 地図を頼りにすることを早々に諦めて、その辺りの人に尋ねることにした俺は、丁度近くにいた気の良さげな男を捕まえた。
 
 「すみません、この辺にヤンさんという方がおられると聞いて来たのですが、何処にお住まいかご存知ありませんかね?」
 「この辺に住んでいるヤンなら、俺のことだと思いますが、貴方はどなたですか?」
 
 なんと、運がいいことに当人を引き当てたらしい。なるほど、大変人の良さそうな性格が顔に滲み出ている。
 
 そりゃ、この男なら困っている奥様を放っておけずに声を掛けただろうし、奥様も素直だからその親切をそのまま受け取っただろうよ。
 
 それがどうして愛の告白になって、旦那様の大不興をかうことになったのかは分からないが。
 
 ■■
 
 先日、ちょっとばかり怖い顔をした旦那様が一人で俺の所にやってきて、メモと籠を二つ渡して宣った。
 
 「カール、これを城下の街のヤンという男に届けてきて。こないだエミーリアが世話になったお礼なんだ。」
 「え、奥様が行かれないのですか?」
 「彼女をあの男の所に二度と行かせるものか!あいつら、出会って直ぐにエミーリアに好意を持って告白なんかしたんだ。」
 
 あの奥様ならお礼に自分自身で行くんじゃないかと思って聞いただけだったのに、旦那様の怒りスイッチを押してしまったらしい。
 
 荒れる旦那様の台詞に俺は戦慄した。奥様に愛の告白をした強者がいるのか?!しかも、旦那様にバレていて、現在も生きてるなんて。それは凄い!
 
 それから追加でいくつか頼み事をした旦那様はどんと荷物を置いて、長居は無用とばかりに去って行った。
 
 ちょっと待って!俺、引き受けるって言ってないですよね?!
 
 しかし、旦那様に逆らえるはずもなく、俺は彼の逆鱗に触れた哀れな男を探しにここまでやってきたという訳だ。
 
 ■■
 
 目の前の穏やかな男が出会って直ぐの奥様に告ったとは俄に信じられず、俺は内心旦那様の勘違いじゃないかと首を傾げながら、手に持った籠と菓子折りを差し出した。
 
 「先日、ミリーさんに籠を下さった礼だそうです。」
 
 この菓子折りは、今朝早くからわざわざ並んで買ってきた、エルベの人気菓子店のものだ。
 
 奥様のお気に入りなので、ついでに公爵邸にも届けておいたから、今頃旦那様と二人で食べてるんじゃないかな。
 
 「ミリーさんが俺に、これを?」
 
 両手で受け取ってぱっと顔を輝かせ、耳まで赤くなった彼を見て、納得した。
 こりゃ、まだ奥様に未練があるな?旦那様が奥様を此処に来させない訳だ。
 
 「いや、それは旦那の方から預かってきたものです。菓子はミリーさんオススメのだけど。」
 「あ、エルベのお店の・・・彼女はエルベに住んでいるのですか?」
 「それを聞いてどうするんです?」
 「・・・・・・遠くからでいいんです。ひと目、見ることが叶えば。」
 
 遠い目で熱っぽく語る男に戦慄した。・・・これは、ヤバい。何か思い詰めて拗らせている。放っておいたらストーカーになりそうだ。
 
 旦那様はこれも予測していたわけか、あの人はこういう勘も働くんだな。
 
 仕方ない、ここは旦那様の指示に従おう。
 
 「ヤンさんはお酒が飲めますか?」
 「ええ、はい。ほぼ毎日知り合いの酒場で飲んでますが・・・?」
 「そりゃよかった。そこに案内して下さい。奢りますから一緒に飲みましょう。」
 「はい?!なんで、俺が初対面の貴方と。」
 「オレはミリーさんをよく知ってます。彼女に親切にしてもらったお礼ですよ。」
 「じゃあ、ミリーさんのことを話してくれるのですか?!」
 「お話し出来る範囲でしたら。」
 
 目の色を変えた男にちょっと引く。奥様、一体何をして、ここまでこの男の心を掴んじゃったの?!
 
 旦那様にたっぷり軍資金をもらったけれど、『あいつらがまだ未練を持ってたら、酒場で奢ってうまいことエミーリアのことを諦めさせてきてね。』という指示をどこまで達成できるか自信がなくなってきた・・・。
 
 ■■
 
 「だから、俺は初めて会った時に、この人だ!と思ったわけですよ。それで、連絡先を聞いてじっくりと仲を詰めていく予定だったのに。トビアスが先に声を掛けるから!」
 
 その酒場は直ぐ近くで、知り合いというのはそこの息子だった。
 しかもどうやらその男が奥様に告ったというか、先に粉をかけたらしい。それで慌ててヤンも付き合いたいと告白をして、結果二人とも見事に玉砕と判明した。
 
 そういや、旦那様は『あいつら』って複数形使ってたな・・・。
 
 「ヤン、じっくり仲を詰めるったってどのみち結果は同じだっただろ?俺のおかげで早く分かってよかったじゃん。」
 「じっくりやれば俺の方を振り向いてくれたかもしれないじゃないか!」
 「「それはない。」」
 
 いつの間にか酒場の手伝いを止めて、大ジョッキ片手にオレ達のテーブルに混ざっている酒場の息子、トビアスが恩着せがましく宣い、随分酔いが回ったヤンが泣き叫ぶ。
 
 オレと同時で全否定したトビアスの方は、恋愛経験豊富という宣伝通り、奥様がどうやっても旦那様以外には靡かないと二人を見た瞬間に悟ったらしい。賢明だ。
 
 またジョッキを空にして、テーブルに突っ伏したヤンに再度忠告する。
 
 「ヤンさんを好きになってくれる女性はきっといるから、ミリーさんのことは綺麗さっぱり忘れたほうがいいですよ。何度も言うけど、あの人にだけは手を出しちゃいけない。」
 
 横で大きく頷きながらトビアスが付け足す。
 
 「カールさんは、自分をなんでも屋だと言ったけど、わざわざそんな人を雇ってまで釘をさしてくるなんてさ。普通、自分が来るでしょ。あの旦那とはこれ以上関わらないほうがいいって。」
 
 その通り。関わらないほうが彼の為だ。
 旦那様は『僕が行ってもいいんだけど、うっかり消しちゃいそうだからねー。』と明るく笑っていたが、目は本気だったし。
 
 「俺も毎日こうやって言い聞かせてるんだけどね、『俺が先に出会っていれば』って言うばかりで聞いてくれないんだよね。」
 「うーん、そうは言っても時間は戻せない訳だし、ミリーさんは旦那に重過ぎるくらい愛されているから、すっぱり諦めた方がいいよ。本当に。」
 「マジ?溺愛公爵くらい?」
 「・・・まさにそれくらい。」
 
 さも面白い冗談のようにトビアスが突っ込んできたが、事実なので真面目に返す。
 それでオレの本気が伝わったか、二人はしばし黙りこんだ。
 
 「そんなに?溺愛公爵の奥方に手を出したら一生孤島の監獄に入れられるんだろ?でも、庶民同士ならボッコボコに殴られるくらいかな?あの男、ああ見えて割と闘えそうだったよな・・・。」
 
 奥様に最悪なちょっかいを出したオーデル伯爵親娘の末路は、国中に知れ渡った。
 具体的に何を企んだのかは公にされていないので、勝手な憶測だけが飛び交った結果、世間の溺愛公爵閣下への恐怖だけが増幅された。
 
 旦那様はそれが目的だったようで、これでいいと満足そうにしていたが、奥様は夫が悪者になることが心配そうだった。
 
 青ざめるトビアスにこっくりと頷けば、流石にヤンも自分の想いが報われる日が来ないことを悟ったようだった。
 
 『ミリーさん』を忘れるべく、今夜は徹底的に呑むことにしたようで、さらに酒と料理を追加している。
 ・・・代金が足りなかったら旦那様に請求しよう。
 
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