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最終章 公爵夫妻の宝物

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※エミーリア視点
 
 
 「エミィ!」
 
 名前を呼ばれると同時にぐいっと身体が浮き上がった。
 
 気がつけば私は馬上にいて、目の前にはリーンの顔が・・・とても焦った顔が、あった。
 
 間一髪で私を抱え上げた彼は、そのままぐっと手綱を引絞り馬を止めた。
 
 「リーン!私じゃなくてリリーを助けて!」
 
 彼の服を掴んでそう叫んだのに、彼は動かず片手で私をぎゅうっと抱きしめてきた。
 
 「リーン!お願い!」
 
 再度願うと彼は大きく息を吐きだした。
 
 「エミィ、僕は何よりも君が大事なんだ。だから、僕は何があろうと君を一番に守る。」
 
 彼のその言葉に私は呆然とする。
 
 「でも、リリーのお腹には赤ちゃんが・・・」
 
 いつもなら軽々と私の希望を叶えてくれるはずなのに。いつもより冷たいその雰囲気に戸惑いながらその言葉を落とせば、彼の片眉が上がった。
 
 「あ、そうなの?それはおめでたいことだね。」
 
 今度はいつもの調子でそう言った彼は、そのまま馬上からリリーのいる方を見下ろす。
 
 つられて視線を向けた私の目に飛び込んできたのは、うちの騎士達にしっかりと護られているリリーの姿だった。
 
 その向こうではカールとフリッツも無事でいるのが見えた。
 
 それで周りを見渡せば、襲いかかった向こうの護衛達はうちの騎士達にあっさりと捕縛され、前ノルトライン侯爵夫人もデニスに取り押さえられて何か喚いていた。
 
 「エミィ、ここをどこだと思ってるの?うちの門前だよ?騎士が常駐しているし、君にはデニス達の他に影の護衛もついているのを忘れたの?君が飛び出さなくても彼等がちゃんと守ってくれるから、君は自分の身の安全を第一に考えてくれる?」
 
 がっつり、怒られた。
 
 「心配かけて、ごめんなさい。」
 「いやもう、本当に心臓が止まるかと思ったよ。今度は、僕は間に合ったのかな。」
 
 少し震える声で無事を確認するように私の髪を撫でた彼は、よく見れば珍しく息が上がっていて、額から汗が落ちてきている。
 飄々としたところがある彼が、ここまでなりふり構わず必死なのはとても珍しい。
 
 それをさせたのは間違いなく私で、今更ながら申し訳ない気持ちになった。
 
 結局、今回も彼に助けられてしまった。
 
 「・・・私は貴方に助けられてばかりね。」
 「普段、僕は君にあらゆる面で助けられてるんだからお互い様でしょ。それにこれはどう考えても君が一人で処理する案件ではないよね。」
 
 そう言いながら馬から降り、手綱を人に預けたリーンが私に向かって両手を広げる。
 
 「エミィ、おいで。もう許せない。僕達で前ノルトライン侯爵夫人に引導を渡そう。」
 
 私は迷わず彼の腕の中へ飛び降りた。
 
 ■■
 
 「やあ、前ノルトライン侯爵夫人。よくものこのこと私の妻の前に姿を現せたものだね。しかも、うちの領民にまで手を出すとは、覚悟はできているのだろうね?」
 
 雑に袖で汗を拭い、リーンが冷たく声を掛ける。それに対して、騎士二人に両側から押さえつけられ、無理やり地面に座らされた前侯爵夫人は、不貞腐れた態度で私達を睨みつけてきた。
 
 「公爵本人がなんでここに!今日は夜遅くまで帰れないはず。」
 「おや、何故それを?・・・ふうん、貴方は何処からその情報を手に入れたのでしょうね。」
 「社交界の薔薇と謳われた私の情報網を馬鹿にするんじゃないわよ!」
 「ああ、あの社交界の枯れ草ネットワークね。いいきっかけができたし、あれももう引っこ抜いて燃やすか。」
 
 低い声で言い捨てた彼が一歩踏み出して、前侯爵夫人の方へ身をかがめた。彼の纏う空気が一変する。
 
 「いいか、お前が何を企もうとエミーリアは絶対に渡さない。もう私を縛るものはなくなったからね、今度という今度は許さないよ。」
 
 その暗く冷え切った声色に前侯爵夫人の顔が引きつった。
 
 「許さないって、お前に何ができるというの!」
 
 前侯爵夫人が精一杯の虚勢で言い返した時、私の後方に馬車が止まって誰かが降りてきた。
 それを見た彼女の目が驚きに見開かれる。
 
 気になってそちらを振り返った私の目に入ってきた人物は、現ノルトライン侯爵である兄のルーカスだった。
 
 四年会わない間にどれだけのことがあったのか、実年齢以上に年をとった様に見え、疲れた表情をしていた。
 ヘンリックに付き添われて歩いてきた彼は、自らの母親の前で立ち止まると力のない声で言った。
 
 「母上、やってくれましたね。貴方のおかげでノルトライン侯爵家は終わりです。」
 「な、何の話よ?!」
 「あれだけ、エミーリアにはもう二度と関わるなと言ったではありませんか!」
 「私が産んだ実の娘なのよ、会いに来て何がいけないの!」
 「貴方はその実の娘から搾取することしか考えてないではないですか!夫のハーフェルト公爵閣下がそれを許すとでも思っていたのですか?!」
 「だから!エミーリアから離婚を言わせて、別れさせてからなら問題ないでしょう!なのにこの娘ったら、嫌だと言うのよ。それなら持参金を返しなさいと言っただけよ。母親なんだから当然の権利でしょ?!」
 「母上っ?!それは本気で言っているのですか?!」
 「本気よ?貴方があの娘に持参金名目で莫大な慰謝料なんて払ったから、私たちへの仕送りが少ないのでしょう?あの娘はお金があり余っているのだから、それを取り返すことの何がいけないの?!」
 「そういう話ではないでしょうが!」
 
 現侯爵と前侯爵夫人はお互い激高して、ほぼ怒鳴りあいになってきた。
 
 私とリーンはその様子を黙って見ていたが、二人の会話が進むに連れ、私の肩に回された彼の手に段々と力が籠もってきた。
 ちらっと彼の顔を見ると、こちらは静かに激高していた。
 
 「リーン・・・」
 
 そっと呼びかければ、彼は視線を真っ直ぐ前に向けたまま、不満そうな声で応えた。
 
 「僕は今、君の耳を塞ぎたいと思ってる。でも、君はそれを望まないだろうし、既に直接これを言われたんだよね?要はあの人、金の無心に来てたわけ?なんで僕に直接言いに来ないんだ。一刀両断してやったのに。」
 
 それが分かってたから、じゃないかしら・・・。
 
 そして、彼が私の気持ちを慮って、昔のように問答無用で耳を塞いでこなかったことが嬉しい。
 
 これから再度、前侯爵夫人達と向き合わねばならないというのに、隣に彼がいてくれるだけで私は元気になっていた。
 
 「貴方に戻って来ないでと言いながら、こうやって隣に居てくれると安心して、何でもできる気分になっちゃう単純な自分が情けないわ。」
 
 反省と共に彼にそう伝えれば、未だ言い合う二人を冷ややかに眺めていたリーンの雰囲気ががらっと変わった。
 
 きゅっと九十度回ってこちらを向いて、私の両手をとった彼の顔は上気している。
 
 「エミィ、僕をそんなに喜ばせてどうしたいの?!君の望みなら何でも叶えるから今すぐ言って!」
 「えええ・・・。リーン、何でそんなに喜んでるの?」
 「何でって、可愛い妻に『貴方が隣に居てくれたら安心する』なんて言われたら、そりゃ、ものすっごく嬉しいに決まってる!」
 「そこまで喜ぶ?!」
 「当たり前でしょ!」
 
 手を握りあって騒いでいたら、ヘンリックがずいっと私達の間に移動して低い声で言った。
 
 「そういうのは後にして、先にあの方々の始末をつけて下さい。」
 「ああ・・・妻が可愛すぎて瞬間で忘れてた。」
 
 テンションを急激に下げたリーンが私の手を握ったまま、現侯爵のルーカスの方を向いた。
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