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最終章 公爵夫妻の宝物

6−15 閑話2

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※エミーリア視点
 
 
 ・・・もうすぐ、お茶の時間だ。私はぬいぐるみを縫っていた手を止めて、時計を睨む。
 
 おやつ担当者が今日の菓子を相談に来たのが三十分前で、お茶のテーブルセッティングが始まって、今日は屋敷で仕事中のリーンを呼びに行くまでまだ時間がある。
 
 この時間をどう使うか。
 
 
 リーンは私が妊娠したと分かってから直ぐに王太子殿下に掛け合って、屋敷でできる仕事はこちらでやるようにして、週に三回だけ登城することになった。
 
 元々下準備はしていたらしいけど、よく王太子殿下が受け入れたものだと思う。
 
 『城に行くのは週三回でよくなったよ。』とにっこり笑って報告してきた笑顔の彼の背後が黒く見えたし、なにか非合法な手段を使ったのかもしれない・・・。
 
 さらに子供が生まれたら登城を週一回まで減らすつもりらしい。
 ・・・私は嬉しいけれど、本当にいいのかしら?
 
 ぼうっと考えていたら持っていた針が手に当たって痛みで我に返る。
 
 焦って手元を見れば血は出ていなかった。よかった、せっかく生まれてくる赤ちゃんへのプレゼントに真っ白なうさぎのぬいぐるみを作っていたのに、汚れたらやり直しになってしまう。
 
 半分くらいまで形になってきたそれを眺めてお腹の赤ちゃんのことを考える。
 
 男の子かな、女の子かな。リーンと私のどちらに似てるかな。ゾフィー先生はそろそろ動くのが分かる頃だって言ってたけど、この子はいつ動くのかな。
 
 自分の中にもう一人、人間がいるって不思議だ。性別も姿も全くわからないけれど、愛しい大事な我が子であることは間違いない。
 リーンも毎日この子に話し掛けて会う日を楽しみにしている。
 
 
 と、リーンで思い出した。私はお茶までの時間にしたいことがあるんだった。
 私は裁縫道具を片付けながら控えていたミアに声を掛けた。
 
 「ミア、今日も行くわよ。」
 「またですか、奥様。今日も気付かれてお終いだと思いますよ?」
 「向こうもそろそろ私が諦めて、もう来ないと思っているんじゃないかしら。その裏をかくのよ!」
 「その裏の裏をかいてくるのが旦那様だとそろそろ悟ってください・・・。」
 
 ミアの最後の台詞は聞こえないふりをした。
 
 だって、リーンが真剣にお仕事している姿をどうしても見たいんだもの!
 
 彼が屋敷で王太子補佐の仕事をすると聞いた時、『これはチャンス!』と思ったのよね。
 城での彼はかなり怖いとか、厳しいという話を伝え聞いていたので、一度その姿を見てみたいと思っていたから。
 
 だけど、初日は彼も落ち着かなかったらしく、お茶の時間前に私を誘いに来てしまったし、次の日は私が部屋に近付くだけで察して扉を開けて迎え入れてくれた・・・。
 
 それからもなるべく足音をさせずに近付いたり、窓から覗こうとしたり色々やってみているのだが、いつも彼に気付かれて終わる。
 
 今日こそは、見てやるんだから!
 
 私は昨日よりものすごく慎重に、ゆっくり歩いてリーンの執務室の前に着いた。
 彼は一階の客間の一つを改装して執務室に使っている。皆が心配するので昼間は私も一階で過ごすようになったから、直ぐ近くだ。
 
 
 扉をそーっと少しだけ開けて中を覗き込む。
 
 今日は扉を開けた途端、引きずり込まれたり、彼の顔が真正面にあったり、仕事に集中していると思った彼から声を掛けられたりはしなかった。
 
 やったわ、今日はリーンに気付かれることなく彼の仕事姿を見ることに成功したわ!何回も挑戦したかいがあった。
 
 私はそのまま細く開けた扉から真剣な顔で仕事をしている彼を見つめた。
 彼は凄い速さで次から次へと書類を処理していく。時々ヘンリックを呼んで何か指摘してはその書類を預けている。
 
 ・・・とても、格好いい。
 
 いつものようにほわほわっと穏やかな彼もいいけれど、こうやってキリッとして仕事をしているところは普段見ることができないから貴重で、見ているとドキドキしてくる。
 
 しばらくうっとりと眺めていたら、彼が席を立って隣の続き部屋へと入って行った。
 確かあの部屋は仕事関係の書庫になったはずだから、何か必要なものを取りに行ったんだろう。
 
 彼が出て来るのを待つ間、私はくるっと後ろを振り返り、両手でこぶしを作ってぶんぶん振りながらそこに控えているミアに小声で叫んだ。
 
 「ミア、ついにリーンの仕事姿を見ることができたわ!」
 「やっと野望が達成出来てよかったですね、奥様。」
 「ええ、ずっと見たかったの!」
 「・・・ご覧になられた感想はどうでしたか?」
 「リーンがすっごく真剣でとっても格好よかった!こんなに素敵な人が私の夫でいいのかしらって最近よく思うのよね。」
 「いいに決まってる。僕以外に君の夫はいないよ?」
 「そうよね、リーン以外、考えたこともないんだけど・・・ん?僕?」
 
 不審に思って正面のミアを見れば、彼女は私の後ろへ向ってお辞儀をしていた。嫌な予感がして後ろを振り返れば、そこにはにっこりと笑う夫がいた。
 
 「リ、リーン?!何でここに居るの?!」
 「お茶の時間前に君が来るのが日課になってるでしょ?いつも驚かせようとしているのかと思ってたけど、どうやら違っているようだから、今日は知らんふりしてみようと思ったんだ。そうしたら扉の隙間から覗いているだけで、いつまでたっても声を掛けてくれないから、隣の部屋からくるっと回ってこっそり様子を見に来たんだよ。」

 「え・・・いつから気付いてたの?」
 「扉を開けたとこから?」
 
 ・・・あれ?今日も最初から気付かれてた?
 
 「じゃあ、今、ミアと話してた内容も聞いちゃった?」
 「うん、君が仕事中の僕を見たがってたとは気付かなかったよ。明日から好きなだけ見に来てくれていいよ?」
 「それはさすがにお邪魔だと思うのから遠慮しておくわ。」
 「奥様、是非どうぞおいで下さい。リーンハルト様が奥様のことを気にして覗きに行かなくなる分、仕事が捗ります。」
 「えっ?リーンも覗きに来てたの?!」
 
 扉を大きく開けて現れたヘンリックの言葉に、私は飛び上がる。
 リーンはバレたかという顔で明後日の方向を向いた。
 
 「お互い相手の様子を覗き見して楽しんでおられたってことですね。」
 「ミア、私は全部バレてたんだから覗き見出来てないわ!リーンだけズルい!」
 「覗き見って言わないでよ、なんか僕が変態みたいじゃない。エミィ、君のことが心配で様子を見に行ってただけだからね!」
 
 わーわー騒いでいたその時、お腹に異変を感じて、私は息を止めた。そっと静かにして自分の身体の中の様子を伺う。
 
  ぽこんっ
 
 いきなり、お腹の表面が中から何かに押されるように動いた。
 
 動いた?!動いた!!
 
 「リ、リーン!お腹が動いたわ!赤ちゃんが動いたの!」
 「えっ!本当?!」
 
 ぽこっ
 
 皆が見つめる中、もう一度ゆったりしたドレスの生地がふわっと膨れて元に戻った。
 
 「うわあ・・・。」
 
 ミアが感動した声をあげた。その気持ち、よく分かるわ!
 ヘンリックは子供がいるので見慣れているのか、お元気そうで何よりと頷いている。
 リーンは、口元にこぶしを当てて固まっていた。
 
 「・・・エミィ、僕もお腹に触れていい?」
 
 ささやくように尋ねてきた彼に頷けば、私のお腹にそうっと彼の手が当てられた。
 
 ぽこ
 
 さっきよりも小さく挨拶をするかのように、彼の手の所が動いた。
 
 リーンの顔が見たこともないくらい、柔らかく穏やかな微笑みを浮かべた。
 
 「やあ、僕が君の父だよ。何があっても僕が君と母を守るから、安心して生まれておいでね。」
 





■■■■
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

エミーリアの二階と一階の移動の際は、リーンが抱っこをしていると思われます。
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