タブー的幻想録

ももいろ珊瑚

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第六章 ピリオドの打ち方

絹から蕀へと

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 公私を堅く分けていた彼があの日以来、部内で私を名前呼びした。 そしてあの場所へも度々連れ立っていかれ、声が掠れるくらい執拗に責めあげらるのだった。
 最悪なのは、そこへ私達が行き詰めていると、社内の者の知れるところと為ったこと。 自ずと周りから“結婚間近の二人”と目され始めた。
 週末、休日、休暇は一年先まで彼とのイベントで埋められている。 ラブラブな婚約期間。 幸せに思えるのだけれど “ 何かが違えている? ”と胸がざわつく。

 相変わらずいつも紳士的で優しくリードしてくれる彼。 しかし何かあると、あの時の様な形相で怒りをぶつけて来る。 しかも急に。 延々と怒鳴る。
 彼は「愛しているからだ」と事ある毎に言い、私は「意図に添えないのは愛が足らないから」と思うようになり、そして。

 会社以外では常にメールを送る ――
 帰宅はいつも一緒でなければいけない ――
 友達に会う時には事前に居るのかを報告する ――

これがいつからか、私が破っては為らない戒律と化していった。


 そのうち彼は、社内の男性の前での言動や些細な仕草に至っても口を出すようになって……。
 もうその頃の私は苦しくて苦しくて。 嵌められた枷が彼の気分で引っ張られ、首に食い込む様で。
 彼の腕からのがれる事を、度々考える様になっていた。

「別れたい。」
 願うような気持ちでその言葉を彼に告げた。
「ああ、分かった。」
 思いもかけず承諾され、茫然と立ちすくむ私を、その場に捨て置き彼は無言で立ち去った。

(解放された)

 自然と泪が溢れて気の済むまで泣いて私は、平常心を取り戻した。
 いま彼との終焉を迎えた、そう思った。
 彼への信頼は消えていなかったから……。



 翌朝、目を腫らして出社した私を待っていたのは、男性社員達の好奇の目だった。
 別れは既に彼の口から漏らされ、話が広がるにつけ内容に悪意と中傷と嘘が加わっていた様だ。
 男はその手の話を書くのが上手いのか聞くのが楽しいからか、誰もが間違いなくそれを真実としていた。

『ヤバイくらい男好きらしいよ』
『呆れるほどが凄いんだろ?』
『昼日中にラブホに誘うんだもんな、それも女からなんて考えられないよ』
『ホント異常だよ』

 男子社員達がボソボソと話すのを耳にする度にトイレに逃げ込みたくなる。 下着の中まで見透かしそうな視線に、体中の血が沸き立つほどの怒りに奮える。

 (いったい彼は何を吹聴しているのか!)

 女の私は反論出来る場所も機会も与えられない。

 (私は彼に陥れられた)


 会社では残酷な仕打ちをする一方、帰宅後には復縁を求めるメールを何通も遣し、『会いたい、話をしよう』と自宅に迄電話してくる彼の行動は、全く理解出来るものでは無かった。
 一番悲しいのはかつて愛し合い、輝いて見えていた人が、非情で狡く嘆かわしい者に堕ち果ててしまったこと。

 (私のせいだ)

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