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第五章 聖龍連峰

旅の仲間

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 王都クリンゲルから北へ向かう街道を2頭立ての馬車が2台進んでいた。聖龍連峰へと向かう黒龍ラ・ノワールのお楽しみ箱を積んだ馬車とその護衛である。
 防水加工が施された大きな木箱を積んだ幌付きの馬車を操るのは赤い髪のレジオナ。もう1台の馬車の御者台にはキーラが、荷台には旅の備品と一緒にモニカとフリーダが座っている。
 冒険者ギルド統括本部で別れの挨拶を済ませたキーラを、待ち構えていたレジオナとモニカが連れ出したのだ。そこへちょうど金欠でギルドにエルフ大銀貨を売りつけようとしていたフリーダがしれっと混ざって来て、現在のパーティへと至る。
 王都から5キロメートル程離れた頃、レジオナが「そろそろいいかにゃ~?」と言いながら馬車を止めた。
 一行が馬車から降り、レジオナの周りに集まる。キーラが辺りをきょろきょろと見回しながら問いかける。
「ナナシのヤローとはここら辺で待ち合わせしてんのか?」
 その言葉にレジオナはニヤリと笑い、ふにゃふにゃと名前を呼びつつポケットからナナシを取り出した。
「ナ~ナ~シ~た~ん~!」
 レジオナのポケットからずるりと取り出された身長4メートルの巨大なオークに笑いが起きる。
「ぶはは! おめー、どっから出てきてんだよ! てっきり空飛んで来るかと思ってたのによー!」
 キーラが鋼鉄の腕でバシバシとナナシの腰を叩く。
「レジオナのポケットの中ってどうなってるの? 詳しく教えてちょうだい」
 モニカがメガネを光らせてナナシに詰め寄ると、レジオナが「絶対にNOノゥ!!」と割って入る。
「ちょっとまって……! ふんどしがスパイダーシルクになってるんだけど! 私が金欠であえいでるのになんでこのオークはふんどし新調してんのよ!? 儲かるの? オークの皇帝って儲かるの!?」
 フリーダが理不尽な難癖をつけ始める。自分もほとんどタダ同然でスパイダーシルクのバンダナを手に入れた事を忘れているのだろうか。とはいえ死霊王リッチとの戦いでは多少活躍したにもかかわらず、何の報酬ももらえなかったのは同情の余地があるかもしれない。
 フリーダの指摘にキーラもナナシの股間をまじまじと見つめる。
「そういや、ふんどしが新しいって事はロジーナ王女殿下には会えたのか。よかったじゃねえか」
 その言葉にレジオナがげんなりとした顔でふにゃふにゃと答える。
「ち~っともよくないんだにゃ~。お姫ちんが魔破の里にいたせいで、ナナシたんが子種を狙われて大変だったんだから~! エッロ~イ連中がお風呂に入って来るわ寝床に入って来るわ~」
 それを聞いたキーラの顔からスッと表情が消える。
「へー、中々お楽しみだったみてえじゃねえか。よかったな童貞。いやもう皇帝か?」
 抑揚のない声ながら言い知れぬ圧を発するキーラの言葉に、慌ててナナシが弁解する。
「いやまってなんか誤解があるよね!? 言っとくけどいやらしい事とか何にも起きてないからね!」
「え~、おっぱいみえそうな女にご飯食べさせてもらってたじゃ~ん。ひざの上に乗っからせてさ~」
 火に油を注ぐレジオナにナナシが涙目で「ヤメテ!」と叫ぶ。
「いやいや、いいんだぜ別に。あたいに言い訳なんかする必要ねえよ。ところでこいつをどう思う?」
 一転、にっこりと笑って義手を掲げるキーラ。その黒光りする凶器を見たナナシはゴクリとつばを飲み込む。
「すごく……固そうです」
「そうだろそうだろ。まあ、おめーも健全な男だ、そりゃあ女といちゃいちゃしたいだろうさ。それに関しちゃあ、あたいがどうこう言う筋合いじゃねーしな。あたいだってきれいな体じゃねえ。おめーの事をどうこう言う資格もねえさ。だからあたいは許す。許すとも……」
 誰に言うともなくそう独白しながらナナシに背を向け歩くキーラ。そしていきなり振り向くと右手を突出し吠える。
「だがこいつが許すかな!」
 同時に義手の内部で爆裂魔法が発動し、鋼鉄の拳がうなりを上げて射出された。その凶悪な鉄の塊は狙い違わずナナシの股間にめり込み、甲高い音を上げる。痛恨のクリティカル一撃ヒット。ナナシは悶絶し股間を抑えてうずくまった。
 静寂の中、ナナシのうめき声と魔導モーターが拳に繋がる紐を巻き取る音だけが響く。
 やがて、ナナシが顔中から色々な液体を垂らしながらかすれた声を上げる。
「ぐうううぅ……それって……人に向けて撃っちゃダメなやつだよね……?」
「はぁ? 人じゃねーよ淫獣だよ! オークの皇帝様はさぞ股間もご立派だろーぜ!」
 激高するキーラを、しかし誰もいさめようとしない。それどころかモニカなどはニヤニヤしながらその様子を録画している始末である。フリーダもやれやれといった表情で生暖かく見守っている。
 レジオナが悪い笑顔でキーラに告げる。
「あ~あ、キーラちんヒドス。ナナシたんはお色気接待に嫌気がさして逃げてきたのにね~」
「なんだと? おいレジオナ、てめーさっきの話は嘘だったのかよ!」
「うそじゃないよ~。ナナシたんが料理もって膝の上に乗って来た女をさ~、力ずくでどかせるタイプだと思ってんの~?」
「うっ、そりゃあ童貞ヤローは女の扱いがなってねえけどよ……」
「あ~んまりにもナナシたんが手を出さないんで、最終的に泣き落とし入ったかんね~。それでも貞操を守り切って逃げて来たのにさ~、いきなり股間にパンチ喰らったら可哀想すぎるよね~」
 事ここに至り自分の勘違いに気付いたキーラはレジオナに逆切れする。
「いやまて! そもそもおめーが誤解を招くような言い方するから悪いんじゃねーか! くそっ、覚えてろよレジオナ!」
 レジオナを睨みつけると、未だうずくまるナナシに駆け寄るキーラ。心配そうにその顔を覗き込む。
「おい、大丈夫かナナシ。ゴメンな、ほんっとゴメン。あたいすっかり勘違いしちまってよ。痛いか? さすってやろうか?」
 キーラの言葉に慌てて答えるナナシ。
「さっ、さすらなくていいから! もうだいぶ痛みも引いてきたし!」
「そうか? 腫れてないか? もんでやろうか?」
「もっ、もまなくていいから! わざと? わざと言ってないよね!?」
 キーラの天然なのか何なのか良くわからない心配の仕方に動揺が隠せないナナシ。そこへ別の事柄に興味を抱いたモニカが寄ってくる。
「ねえキーラ、いくらその義手の攻撃力が高くても、ナナシの股間にここまでダメージを与えるっておかしくない?」
 その疑問に、一同がはっとした表情になる。確かに金的は急所ではあるが、爆裂魔法1発で打ち出された鉄の塊程度でナナシがここまでダメージを引きずるだろうか。
「言われてみりゃあ……撃っといて何だけどよ、あたいもここまで痛がるとは思ってなかったからな」
「ま~ナナシたんの耐久力考えたら、いくら痛恨のクリティカル一撃ヒットで入ってもちょ~っとダメージありすぎだにゃ~」
 腕組みをして考え込んでいたフリーダが、キーラの義手を見つめながら言う。
「たぶん義手そのものが原因じゃないわね。ちょっとそれ外してみて」
 キーラが義手を外すと、例によって一瞬半透明の右手が現れる。それを見たフリーダが納得の声を上げる。
「ああ、やっぱり原因はそれね。もう1回出してみて」
 何気なく言うフリーダにキーラは困惑する。
「もう1回って言われても、どうやんだ? あたいが出してるわけじゃねえんだよなコレ」
「今見た感じなら、いつもの身体強化する時に魔力を巡らせる感覚で、右手の形をちょっと強めにイメージしながらやれば行けると思うけど……」
「へぇ、まあいっちょやってみっか」
 身体強化ならばお手の物である。キーラが右手の形を意識しつつ魔力を巡らせると、欠損部位に半透明の右手が形成されてゆく。
 ダメージからようやく回復したナナシがその右手を見て驚く。エネルギーの流れで形成されたその右腕には見覚えがあった。
「それってエルフと同じ、エネルギー生命体の手だよね……?」
 その言葉にモニカもメガネを調整して呟く。
「確かにエネルギーで右手が形成されてるわね……興味深い! 欠損部位に身体強化の応用で部位の形成が可能なんて聞いた事もないけど、今まで研究されてこなかっただけなのかしら」
 モニカの疑問にキーラが自分の推論を答える。
「いや……あたいもこんな現象聞いた事ねえし、多分ナナシに魂の右腕掴んで助けてもらったのが原因だろ」
 それを聞いてフリーダが納得したように言う。
「なるほど、魂に直接触れたせいでエネルギー生命体としての性質が付与されたって事なのかも。あの時は私も全身で抱きしめてあげたから、それも関係してる可能性もあるわね」
「つまり、あたいはエルフになっちまったって事か?」
「他の部位まで影響が出てるかは試してみないとわからないけど……」
 フリーダの言葉にモニカがメガネを光らせ反応する。
「興味深い! ちょっとキーラ、左手切り落としてみてよ。あとでつないであげるから」
「やだよ! おめーはホントそういうトコだぞ!」
 そんなキーラの様子を見ていたナナシが首をかしげながら言う。
「でもエルフほどエネルギーの流れが濃くないような。この腕だと物を掴んだりはできないんじゃ?」
 フリーダもナナシの言葉に同意する。
「まあ確かにエネルギー生命体とまでは言えないわね。魂の接触でエルフになったなんて聞いた事ないから、これも多分一時的な現象だと思う。もっとも、規格外のあなたに掴まれた右手が今後どうなるかはわかんないけど」
 フリーダはキーラに近づくと、左手を差し上げる。
「ちょっとここに右手でパンチしてみて」
 キーラは右手で軽くジャブを放つ。半透明の右手はフリーダの左手をすり抜けるが、同時に左手に衝撃を残した。フリーダは確かにパンチの感触を残す左手を見つめて言う。
「へえ、その右手、物は掴めないけど霊体にダメージ与えられるわよ。ナナシにあれだけダメージ入ったのもきっとそのせいね」
 ついに判明した事実に、レジオナがふと疑問を口にする。
「え~、それじゃエネルギー生命体にも金玉ってあんの~?」
「エネルギー生命体の生殖器! 興味深い! 切ったら出てくるかしら!」
 すかさず反応するモニカ。いつもなら突っ込むキーラもナナシの股間をじっと見つめている。まさに四面楚歌。不穏な空気に青ざめたナナシは、とっさに空中へと逃亡する。
「あ~あ、あんまりみんながいじめるから逃げちゃった~。久しぶりに会ったのにみんなひどいよね~」
 自分を棚に上げてレジオナがふにゃふにゃと非難する。一同は苦笑いをしながらそれぞれ馬車に戻り、ナナシを追って旅を再開するのであった。
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