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侍女と狼
4 狼
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目覚めたエマは、手をついてなんとか起き上がった。
全身が悪寒に包まれて、震えが止まらない。
暗闇の中、手探りで燭を探し当てて灯す。
「ジーク……! ジーク!」
すぐ近くの控えの間に詰めているはずの彼を呼ぶと、今度こそ足音が駆けてきた。
「呼んだ?」
尾を揺らして能天気に明るく答える彼の腕に縋り付いて、エマは訴えた。
「ジーク、シェリル様とギルフォード様のお側に!」
「どうかした?」
「悪魔……悪魔が入り込んでいるの!」
「あ、うん。そうだね」
「ちゃんと聞いて!」
「聞いてる。わかってるよ。ヴィネ様でしょ? 王様たちが死んじゃったころからいるよね」
エマは耳を疑った。見上げれば、ジークは動揺するそぶりもなく、淡い蒼の瞳でエマを見つめ返してくる。
「女王様の手のアレ、ヴィネ様が守ってるって印でしょ。だから大丈夫だよ」
「ね、え……何、言ってるの」
「エマ、あのね、ヴィネ様を怖がんなくていいんだよ。人間は悪魔とか言って嫌がるけど、俺たちは使徒様って呼んでる。契約して対価を渡せば、願いを叶えてくれる。エマもさっき話してたんでしょ。なにか頼んだ?」
首を横にふるエマに、ジークは上機嫌で目を細めて、顔を近づけてくる。
エマは身をひいて、壁を背に止まった。
ジークは壁に両手をついて、彼女を追い詰めた。
「そっか。俺は、頼んだよ」
彼は覆いかぶさって、エマの耳元に鼻先を寄せた。ふぅと生暖かい息が吹き込まれる。
「……いい匂い」
誰より頼もしく思っていた彼が、恐ろしくてたまらない。
獣の耳と尾を持ち、狼そのものに変化する人狼族。遠く北の地に住み、時に人間の女子供を攫う、凶暴な異種族。
ジークは奴隷だった。
数年前の彼は、まだギルフォード王子よりも幼く見える子供だった。嬲られ見せ物にされていた。
ギルフォードがまず欲しがり、王が虐げられた獣に情けをかけた。
言葉を解する知性があるのなら、適切な躾を施せば、よき僕となるだろう。
王は異国の奴隷商からジークを買い取り、王子に与えた。世話は、エマがすることになった。
狼なんてと怖気付くエマに、王は教えた。
ジークの首には隷属の首輪がかかっている。
獣性を抑え、教え導いてやることが、彼の幸せなのだ。
だから、怯えを隠してエマは命じた。
「だめ、ジーク。離れなさい」
エマの命令に、ジークは逆らわない。
はずだったのに。
ジークは心底嬉しそうに笑った。
「やだ」
襟元を緩めてみせたジークの首には、何もない。
「な、んで」
「外してもらった。俺、ダメも待ても嫌い」
悪戯っぽく舌を覗かせ、ズボンのポケットから、首輪を出してみせた。
誰が外したかなど、聞くまでもない。
「怖がんないで。首輪つけて色々命令されたのは嫌だったけど、俺、エマが大好きだから」
べろり、長い舌がエマの頬を舐める。エマの喉から、短い悲鳴が漏れた。
「エマ、美味しそう」
「やっ、やめて、お願いやめて!」
「食べないよ。食べちゃいたいくらい、好きだけど」
獣の息づかいが荒くなる。首筋を舐めまわし、じれったげに服の襟元を開こうとする。
長く伸びた爪が、エプロンの胸当てを裂く。その下のワンピースの前ボタンがプツプツと飛ぶ。
露わになった真白い乳房の膨らみに、狼は長い鼻先を埋めた。
耳と尾ばかりでない、ジークは見る間に獣に変わっていく。
「エマ、俺我慢できないよ。ずっとずっと欲しかったんだ。俺と番って、俺のもんになって」
ジークの言葉は、半ば唸り声になっている。本性を現した人狼は、逃れようとするエマを床に引き倒した。
「ジーク、やめて、お願い……元に戻って! 悪魔に、悪魔に、騙されてるの! いけないことだからっ! やめて!」
エマの胸元から、繊細な円形の銀細工がついた、ペンダントが覗く。彼女は咄嗟にそれを握りしめた。
助けて、助けて。おと
「それ、綺麗だね」
ぶつり、祈りは途切れる。鎖は呆気なく引きちぎられて、エマの御守りは狼の手の中だ。
「エマ、代わりにこれあげるよ」
娘の細い首に、重い革の首輪が巻かれ、かちりと錠がかけられる。
錠をかけたものに逆らえなくなる、隷属の首輪。
ぽたり、ぽたり、狼の口からねばっこい涎が滴って、娘の乳房を汚す。
随分長く「お預け」をさせられた。
恐怖と絶望に染まっていく娘の目を、狼は覗き込む。
怖がっているのは可哀想だと思う一方で、ぞくぞくと嬉しくてたまらない。長く抑え込まれた捕食者の本能が、かきたてられる。
この娘は俺のもの。
「俺さあ、嫌とかやめてとか聞きたくないよ。今度はエマが、俺のお願いきいてね」
全身が悪寒に包まれて、震えが止まらない。
暗闇の中、手探りで燭を探し当てて灯す。
「ジーク……! ジーク!」
すぐ近くの控えの間に詰めているはずの彼を呼ぶと、今度こそ足音が駆けてきた。
「呼んだ?」
尾を揺らして能天気に明るく答える彼の腕に縋り付いて、エマは訴えた。
「ジーク、シェリル様とギルフォード様のお側に!」
「どうかした?」
「悪魔……悪魔が入り込んでいるの!」
「あ、うん。そうだね」
「ちゃんと聞いて!」
「聞いてる。わかってるよ。ヴィネ様でしょ? 王様たちが死んじゃったころからいるよね」
エマは耳を疑った。見上げれば、ジークは動揺するそぶりもなく、淡い蒼の瞳でエマを見つめ返してくる。
「女王様の手のアレ、ヴィネ様が守ってるって印でしょ。だから大丈夫だよ」
「ね、え……何、言ってるの」
「エマ、あのね、ヴィネ様を怖がんなくていいんだよ。人間は悪魔とか言って嫌がるけど、俺たちは使徒様って呼んでる。契約して対価を渡せば、願いを叶えてくれる。エマもさっき話してたんでしょ。なにか頼んだ?」
首を横にふるエマに、ジークは上機嫌で目を細めて、顔を近づけてくる。
エマは身をひいて、壁を背に止まった。
ジークは壁に両手をついて、彼女を追い詰めた。
「そっか。俺は、頼んだよ」
彼は覆いかぶさって、エマの耳元に鼻先を寄せた。ふぅと生暖かい息が吹き込まれる。
「……いい匂い」
誰より頼もしく思っていた彼が、恐ろしくてたまらない。
獣の耳と尾を持ち、狼そのものに変化する人狼族。遠く北の地に住み、時に人間の女子供を攫う、凶暴な異種族。
ジークは奴隷だった。
数年前の彼は、まだギルフォード王子よりも幼く見える子供だった。嬲られ見せ物にされていた。
ギルフォードがまず欲しがり、王が虐げられた獣に情けをかけた。
言葉を解する知性があるのなら、適切な躾を施せば、よき僕となるだろう。
王は異国の奴隷商からジークを買い取り、王子に与えた。世話は、エマがすることになった。
狼なんてと怖気付くエマに、王は教えた。
ジークの首には隷属の首輪がかかっている。
獣性を抑え、教え導いてやることが、彼の幸せなのだ。
だから、怯えを隠してエマは命じた。
「だめ、ジーク。離れなさい」
エマの命令に、ジークは逆らわない。
はずだったのに。
ジークは心底嬉しそうに笑った。
「やだ」
襟元を緩めてみせたジークの首には、何もない。
「な、んで」
「外してもらった。俺、ダメも待ても嫌い」
悪戯っぽく舌を覗かせ、ズボンのポケットから、首輪を出してみせた。
誰が外したかなど、聞くまでもない。
「怖がんないで。首輪つけて色々命令されたのは嫌だったけど、俺、エマが大好きだから」
べろり、長い舌がエマの頬を舐める。エマの喉から、短い悲鳴が漏れた。
「エマ、美味しそう」
「やっ、やめて、お願いやめて!」
「食べないよ。食べちゃいたいくらい、好きだけど」
獣の息づかいが荒くなる。首筋を舐めまわし、じれったげに服の襟元を開こうとする。
長く伸びた爪が、エプロンの胸当てを裂く。その下のワンピースの前ボタンがプツプツと飛ぶ。
露わになった真白い乳房の膨らみに、狼は長い鼻先を埋めた。
耳と尾ばかりでない、ジークは見る間に獣に変わっていく。
「エマ、俺我慢できないよ。ずっとずっと欲しかったんだ。俺と番って、俺のもんになって」
ジークの言葉は、半ば唸り声になっている。本性を現した人狼は、逃れようとするエマを床に引き倒した。
「ジーク、やめて、お願い……元に戻って! 悪魔に、悪魔に、騙されてるの! いけないことだからっ! やめて!」
エマの胸元から、繊細な円形の銀細工がついた、ペンダントが覗く。彼女は咄嗟にそれを握りしめた。
助けて、助けて。おと
「それ、綺麗だね」
ぶつり、祈りは途切れる。鎖は呆気なく引きちぎられて、エマの御守りは狼の手の中だ。
「エマ、代わりにこれあげるよ」
娘の細い首に、重い革の首輪が巻かれ、かちりと錠がかけられる。
錠をかけたものに逆らえなくなる、隷属の首輪。
ぽたり、ぽたり、狼の口からねばっこい涎が滴って、娘の乳房を汚す。
随分長く「お預け」をさせられた。
恐怖と絶望に染まっていく娘の目を、狼は覗き込む。
怖がっているのは可哀想だと思う一方で、ぞくぞくと嬉しくてたまらない。長く抑え込まれた捕食者の本能が、かきたてられる。
この娘は俺のもの。
「俺さあ、嫌とかやめてとか聞きたくないよ。今度はエマが、俺のお願いきいてね」
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