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1話 第三王子からの婚約破棄

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「公爵令嬢、エリザ・ガーランドよ」

「はい、なんでございますか? フリック様」


 いつものような軽い挨拶ではない……私はフリック様の心境の変化を察知していた。

「今日はお前に大事な話がある」

「はい……」


 彼は私の婚約者であり、サンマルト王国の第三王子殿下を務めているお方だ。年齢は21歳で、私の3つ歳上だった。フリック・サンマルト様……婚約者として、彼のサポートをするのが私の仕事だったのだけれど。部屋に呼ばれた時、私は異質さに気付いた。

「察しの良いお前のことだから、既に気付いているかもしれないが……」


 フリック様の言う、大事な話と彼の隣に立っている令嬢は決して無関係ではないはず。私の本能がそう告げていた。

「大事なお話というのは、そちらの女性が関係しているのですか?」

「流石はエリザだ。1年近くに渡り、私の身の回りの世話をしてくれているだけのことはある」

「ありがとうございます。それで……そちらのお方は?」

「公爵令嬢エリザ・ガーランド様。お噂は伺っております……私は伯爵令嬢のシャーリー・ウェンデルと申します。以後、お見知りおきを」


 シャーリー伯爵令嬢か、こうしてお話しするのは初めてね。


「エリザ・ガーランドと申します。よろしくお願いします」


 私もシャーリー嬢に挨拶をした。なんとなく、無反応なのが気になったけれど……。

「シャーリーは私の幼馴染だ。実はなエリザ、私は気付いてしまったのだ……真実の愛、というものにな」

「真実の愛、でございますか?」


 シャーリー嬢がフリック様の幼馴染だというところは、特別に驚く場面ではないけれど、真実の愛という言葉には驚きを隠せなかった。普通は婚約者の前で出して良い言葉ではないはずだし……なんだか嫌な予感がするわ。

「私はシャーリーと婚約することにした。やはり今後、必要なのは真実の愛だと言えよう」

「えっ? それでは、私との婚約は……」

「当然、お前とは婚約破棄だ。これはもう決定事項だ、議論する気はない」


 最初はなにかの冗談に思えた。しかし、決してそんな空気ではない。私の体温は自然と上昇していく。

「お待ちください、フリック様! いきなり婚約破棄だなんて……急すぎます!」

「うるさいっ! 私はシャーリーのことが好きなんだよ! お前との婚約なぞ、もうどうでも良いのだ!」


 嘘……! でも、フリック様の表情は真剣そのものだった。あり得ない状況だけれど、私も言葉を加速させていく。


「で、ですが……! 私はフリック様の色々なサポートをしてまいりました! そちらは件は大丈夫なのですか?」


 私は舞踏会の日程や書類の作成だけではなく、フリック様と各貴族との関係が良好になるように、公爵令嬢として最大限のサポートをしてきたと自負している。私との婚約破棄は、フリック様にとっても困るはず……しかし、彼はそんな私を一笑に付していた。


「あはははははっ!! まさか、お前がそんな自信過剰な女だったとはな! すました顔をして冷静に事を運んで、内心では調子に乗っていたのか? ふはははっ、これは滑稽だ!」

「そ、そんな……!」

「駄目ですよ、フリック様。今まで尽くしていらしたエリザ様が可哀想ですわ……」

「しかし、滑稽過ぎないか、シャーリー? あんな誰でも出来る仕事をこなしているだけで、私のサポートをしている気になっていたんだからな!」

「まあ、それはそうですわね……おほほほほっ!」

「……!」


 シャーリー・ウェンデル伯爵令嬢も一緒に笑ってる。調子に乗ったことは一切ないはずだけれど、私のしてきたことが、それほどまでに大したことがなかったなんて……! 自分なりには一生懸命働いて来たつもりだったけれど、その自信が一気に崩れ去っていくようだった。


「まあ、そういうことだ、エリザ。私は真実の愛に目覚めたので、お前とは婚約破棄をさせてもらう。大したサポートでもなかったが、今までご苦労だったな。礼を言うぞ。私はお前が行っていた仕事くらい、全て一人で片づけられるので心配しなくて良い。優秀な幼馴染であるシャーリーも居るしな」

「エリザ様、本当にごめんなさいね? フリック様がそうおっしゃることですので……エリザ様の立場は私がしっかり引き継ぎますので、ご安心くださいませ」

「……左様でございますか……」


 私は身勝手な婚約破棄と、自ら行っていたフリック様へのサポートを馬鹿にされたダブルパンチで、気力を喪失していた。サポートだけではない……料理やフリック様の趣味である将棋なども学んだのに、それすらも大したものではなかったのだろうか?

 いえ、今更そんなことはどうでもいいけれど……公爵令嬢といえど、王家の家臣でしかない。第三王子殿下のフリック様の言葉を覆すのは難しい。婚約破棄は変わらないだろう。


 その日、私は失意のどん底な気持ちで自分の屋敷に帰ることになった……。
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