亡くなった王太子妃

沙耶

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「それは、本当、なの、か……?」

ある筈のない、夢のような話に、声が震え、心が揺さぶられる。

そんなことはあり得ないと分かっているのに、胸の底にかすかな希望を抱いてしまう。

「はい。たまたまシルビアと母上が話してる内容を聞いてしまって…二人は時々フィリア様に会いに行っているようです」

「母上たちは、知っていたということか?」

「そのようです」

弟リチャードは、王太子の顔をして真っ直ぐ僕を見つめた。

「僕が今、話そうと決意したのは、兄上がいつまでもフィリア様に囚われているからです。死んだ人間にはもう二度と会えない。だから会えない分余計に囚われている」

「違うっ!僕はフィリアが生きていても死んでいても、彼女にだけ囚われている!」

僕は必死で否定するが、リチャードは肩をすくめ悲痛な声をだした。

「僕は兄上がしたことは許せません。けれどこうして二年もの間、毎日苦しんで眠れない状態の兄上を、解放してあげたいのです。この二年、自分の顔をまともに見た事がありますか?」

「……っ」

僕はそんなに、酷い状態なんだろうか……最低限のことは使用人にやってもらっているから、見れる状態ではあると思っていたが……

弟は悔しそうに唇を噛み締め、前を向いた。

「僕は兄上とフィリア様が大好きでした。尊敬していました。だからこそ、最後にきちんと話した方がいいと思ったのです」

「最後、に……」

「はい。会うのは一度きりと約束してほしいのです」

「……約束を、守れなかったら……」

「場所は教えません。母上に告げ、会えないよう警備も強化してもらいます」

「……ほんとうに、本当に、フィリアは生きているんだな…?」

いまだに信じられない僕に、弟は頷き、契約書を出してくる。

「これにサインをしてください。フィリア様が会いたくないとおっしゃったら二度と会わない、会うことを許されても一度だけ。フィリア様の話は他言無用。といった内容です」

「わかった…」

僕は即座にペンをとりサインをし、印章を押した。

弟はそれを確認してから頷き、僕の目をまっすぐと射抜く。

「フィリア様の居る場所は、母上所有の別荘です。場所は──」

弟はフィリアが住んでいる場所を口にし契約書を大事にしまい込むと、また来ます。と言って帰っていった。

僕はずっと体が震えていた。

フィリアが、生きている……

その事実だけで心が震える。

フィリア……

居ても立っても居られず、馬小屋まで急いで走る。

フィリアのことしか考えられず、一番早い馬に乗り、リチャードから聞いた場所へと向かう。ここからだと三時間はかかる。

急げ。急げ。

息を弾ませながら道を駆け抜け、馬を最低限に休ませフィリアの元へと急ぐ。

フィリアが居るのは、王妃所有の別荘だ。

田舎にある自然豊かな別荘地で、誰かが訪れても分からない隠れ屋のような場所。

母上はフィリアが生きてることを知っていた。もしかして父上も?
公爵もか?

何故死を偽装したのか。何故生きていると伝えてくれなかったのか……

原因はきっと僕にある。

フィリアは僕に会いたくないのだろう。
そんなの分かってる。

それでも、君に、一目会いたい。一度だけで、いいからーー。

「ハァハァハァ……よく、頑張ってくれた」

馬を讃え、湖の水を飲む姿を確認すると僕は走った。

一時も休みたくなかった。

フィリア…フィリア……

生きているのなら、早くフィリアをこの目で確認したかった。

門が見えてくる。当たり前だが門番が立っている。

門番は近付いてくる僕を見て、目を見開く。何故僕が来たのかという表情だ。

「ここに……フィリアは、いるか?」

息を整えながら門番に話しかけると、門番はピクリと眉を上げた。

「ここにはおりません」

「居るのは知っているんだ……頼む……会わせてくれ……」

掠れた声で今にも泣きそうな表情で縋る元王太子に、門番は戸惑う。
二人の門番が顔を見合わせた後、少しお待ちください。と一人の門番が屋敷へと入っていった。

頼む、頼む……生きているならもう一度……

しばらくすると門番は一人の侍女と一緒に戻ってきた。
この侍女は知っている。フィリアの専属侍女だった、アリシア。

彼女を見た瞬間、希望が胸に灯り、涙が出そうになった。

「主人がお会いになるそうです」

侍女は不愉快です。という顔を隠しもせず口を開いた。

ついてきて下さいと言われ、僕は侍女の後を追い屋敷へと入った。










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