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第一章  召喚された聖女のあれやこれ

5  聖女様はブチ切れます

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 ここはランズウィック古王国――――。
 この王国こそが創造主アイオンが興した、世界で最初に誕生した国である。
 三つの大陸と幾多の島々を囲むあおい海で構成され、そして世界の中心にその王国は存在している。
 またその王族は創造主たるアイオンと聖女の血を受け継ぐ尊い存在でもあった。
 だがそんな王族達もかつて創造主アイオンが有していただろう膨大な力こそ代を重ねる毎に薄れてはいるのだが、それでも300年毎に聖女を召喚し、聖女である彼女達と婚姻を結び、その血を次代へと受け継いでいる故か、魔力量はこの世界で一番の力を有していた。
 また彼らの血族であると言う証しとして王族の直系にだけ、白金プラチナブロンドの髪と青みがかった紫色、アスターの瞳が代々受け継がれている。
 この世界の住人は皆様々な色で溢れてはいるが、この二つだけはランズウィックの直系王族にしか現れない。


 混乱真っただ中にいる茉莉花は王宮を囲む六つの塔の中にある第六の塔――――神の塔より少し離れた場所にある離宮へ連れてこられた。
 そこは長閑のどかな、また落ち着きのあるイングリッシュガーデンハウス風の離宮である。
 数人の騎士達に伴われ、混乱のあまり泣き出す茉莉花をランズウィック古王国国王ヴァレンタイン・レジナルド・アルファオンス・ランドールは自ら進んで茶を淹れ、砂糖とミルク多めのお茶を彼女の前へそっと置く。
 芳しい茶葉の香りとほんのり甘身を含むミルクの香りに、泣いていた筈の茉莉花はヴァレンタインに促されるまま紅茶をゆっくりと口へ運ぶ。

「……美味しい」
「それは良かった、そなたは余りにも泣いていたからな。人間泣き過ぎると体中の水分が無くなってしまえばしわだらけになるのだぞ」
「……は?」
「そなたは知らぬのか? 涙は身体に毒なのだ、だから泣き過ぎると身体中の水分が失われ、皺皺の老婆の様になるのだぞ」
「そ、そんな事あり得ないし、現実的にそんな状態の人に会った事もないわ」
「そうなのか?」

 やや驚いた様子でヴァレンタインは茉莉花の表情を愛おしげに見つめていた。
 茉莉花自身はそんなヴァレンタインの視線に全く気付く様子もなく……と言うか、自身に降りかかったあり得ないまでの現実と目の前にいる顔だけイケメンな残念発言をする男に対し、何時の間にか涙が止まったと同時に何やら沸々と怒りを覚えていた。
 
「馬鹿にするのも大概にして貰えませんかっっ。大体ちょっと泣いたくらいで如何どうして身体中の水分が失われて皺くちゃのお婆さんにならなきゃいけないんです!! 第一泣いたって目が腫れるだけで皺皺になんかならなしっ、あ、もしかしてここはそう言う世界なんですかっっ」
「――――いや、この世界の住人でも幾らなんでも泣いただけでは皺皺にはならないぞ。第一俺もその様な報告等聞いた事もない」
「はあっっ!?」
「それとも茉莉花の世界ではそうなのか。だとすれば女性は大変だな、男に対して泣き落としも出来まい」

 そう言ってヴァレンタインは愉しげに笑うのだがっ、その様子にブチ切れたのは言わずとも茉莉花であった。

「泣き落としって何っっ!? 何で私が貴方に対してそんな面倒な事しなきゃいけないのっっ!! はあっ、あり得ない!! あり得なさ過ぎるわっっ。会って直ぐの男性に泣き落しをするなんて……第一私は生まれてこの方一度も異性同性問わずそんな事した事なんてありませんからね!! ああ腹立たしいったらないわっっ。それによっ、仮にここが異世界だとしてっ、如何して私がここへ来なければいけないのよ!! しかも仕事中にも拘らず――――いやいや仕事以外でもよっっ。大体異世界召喚と言えば小説上の事であって現実では起こり得ないのよ。だから……だから今すっごく可笑しい状態な訳で、信じられないくらいあり得なくて、それに仕事も放ったらかし状態なんて本当にあり得ない。ねぇ貴方王様なのでしょう、王様だったら私を元の世界へ戻してよっっ。私は元の世界で生きる事に何も不満はないの。そりゃあ馬車馬の様な勤務には些か疲れていたけれども、それでもよ、それでも仕事は楽しかったのっっ。私から今までの日常を取り上げないで!! ねぇお願いっ、お願いだから元の世界へ戻し〰〰〰〰」
「済まぬ、こればかりは愛しいそなたの頼みでも聞けぬのだ。俺は数多ある世界よりそなたに惹かれたのだ。光り輝くそなたの魂にだ、聖女としての力よりも俺がそなたを欲してしまった。俺の運命の伴侶としてこの地で生きる事を受け入れてくれっっ」

 愛おしく抱きしめていたヴァレンタインは自身の腕の中にいる茉莉花へ視線を落とせば、彼女は何時の間にか眠っていた。
 静かに寝息を立てる茉莉花の額へそっと口付け、今にも崩れ落ちそうになる彼女を横抱きにする。
 そうしてヴァレンタインはゆっくりとそして全身で愛おしくて堪らないと言う様にそのまま王宮へと歩き始めた。
 彼にとって初めて抱く甘い想いと同時に束の間の、そうほんの束の間の幸せでもあった。
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