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第二章 ただ今契約履行中
15 追い詰める者と追い詰められる者
しおりを挟む「グズっ、のろまっ、そうよお前等東のマニンガム=ブラーの湿原にいるというあの大きくて醜いウーズリーと一緒よっっ!! 本当に役立たずだわ!! でも……まぁふふ、お前の行動もウーズリー並みかと思えばその容姿もウーズリーそっくりじゃないの。ふふ、あはははは、何て無様だ事」
「…………」
居丈高で侮蔑を含んだ物言いをしているのは勿論エロイーズである。
その彼女の言うウーズリーと言うのはこの世界に存在する魔獣である。
ランズウィックと東の国ピルポットの国境辺りにある、広大なマニンガム=ブラーの湿原に生息しているだろう体長7mは優に超える巨大で頑丈な亀。
しかし魔獣でありながらウーズリーの歩く速度は非常に遅い。
だがその代わりに肉厚の唇より出される舌はカメレオンの様に長く、一度狙われれば見た目と違う素早い舌の動きで捕食されればまず助かる事はない。
基本雑食性で時折人も襲うらしい。
また温厚な性格で知られているのだが、一度怒らせると蛇以上に執念深く、それは遠い海を越えてまで相手を追い回すとさえ言われている。
瞳の色はアイス・ベージュ。
その周りはくっきりとした鮮やかで血の様な赤い色で縁取られ、身体の色は緑若しくは茶色が多いとされる。
そしてエロイーズは目の前にいる者をそれに譬え、クスクスと厭らしく蔑む様に微笑んでいる。
いや、実際思いっきり蔑んでいるのは確定済み。
更に侮蔑を込めた視線で相手を見下し怒り狂うエロイーズに対し、彼女の目の前にいる者はで恐れ戦き、沈痛な面持ちで佇んでいると言うのに、尚も彼女は攻撃の手を緩める事はない。
「まぁね何も殺せ……だなんて物騒な事を話している訳じゃあなくてよ。ただあの気に食わない娘をほんの少し、そうこの私の気分が晴れるくらいに怪我をさせればいいのだけの事。なのに……たったそれだけなのにお前はどうして何時まで経っても出来ないのかしらね!!」
「…………」
「それにお父様ってば『まだあの娘を殺すな』とまた釘を刺してくるのよ。本当に嫌になっちゃうわ。第一あの娘を呼び寄せる前には『結界さえ繕わせればもう用はない』と何時もの様に何にも興味を示さない口調で仰っていたと言うのにっ、何故今になって殺してはいけないのっっ!! そもそもヴァルは、ヴァレンタインは本来あの女のモノじゃなくてよっっ!! ヴァルは誰の者でもなくこの私だけのモノ!! そうっ、ヴァルの正妃となり、子を産むのは私でなくてはならないの!! 断じてあの女じゃなくてよ!! あんな何処の馬の骨ともわからない女に、私のヴァルをっ、譬え一時でもあの女へ渡したくはないと言うのにっ、お前ときたら何時まで経っても結果を出さない!! 本当になんて腹立たしいのかしら!!」
「…………」
「ふん、いい御身分ね。この私に一言も口を開かずいい訳もしない――――ってお前一体何様の心算なのっっ!!」
ガチャンンっっ!!
「っう………っっ!?」
目の前で何を言ってもただ俯くばかりで一切何も語ろうとしない者に対し、とうとうエロイーズは癇癪を起こしその手に持っていたティーカップをその者の足元へと勢い良く投げ付ける。
それにしても癇癪を起こしながらも相手の顔へ目掛けて投げ付けないのは流石……と言ったところか。
嗜虐嗜好を持つ者の多くはその対象となる者の顔や目立つ所へ投げ付けたり、ほんの少しでも目立つような場所には決して傷をつけたりはしない。
またエロイーズ曰く――――。
どの様に苛立とうとも何も考えず相手を傷つけるのは愚か者である証拠。
良識のある高位貴族だからこそ、見えない所へ傷をつけるのだと。
そしてそれは下位の者を躾ける為に行うもの。
本当に何処までも自分勝手な解釈である。
またエロイーズ自身それを全く疑う事無く信じ、そうして実行している。
だから彼女へ仕える者達は表面的な傷は絶対に見当たらない。
アッカーソン公爵邸内において、特にエロイーズの前で少しでも粗相をしょうものならば、お仕着せや靴下で隠れる様な場所へモノを投げつけられるか、最悪むち打ちが待っている。
そして今エロイーズよりカップを投げ付けられた者の足先へ割れた欠片が刺さったのだろう。
その者の足の甲より真っ赤な血がじわりと滲み出る。
じわじわと広がって行く鮮やかな染みを、エロイーズはうっとりた表情で見つめ――――。
「あらあら大変ね、お前は本当にウーズリーそのもの。これしきのものを避ける事も出来ないのだから……」
「…………」
「本当に腹立たしい事!! いいわ好きなだけ黙っているといいっっ。その代わりお前の家の借金を今直ぐ支払いなさい。あぁおかねはなさそうだからお前の妹……でもいいわ。ベイカーの小父様はね、若くて幼い娘が大変お好きなのですって。そうよね、グズでのろまなウーズリーの姉とは違い、お前の妹は器量よしですものね。きっと借金のカタに妹を差し出せば、ベイカーの小父様はとても大喜びするわ。そうね、そうしましょう。ねぇアルカ、直ぐにでも家の者に妹を迎えに行かせて頂戴な。そして我が家で小汚い垢を全て落とし綺麗に仕立て上げるの。きっと着せ替え人形みたいに凄く楽しめるわ。まぁあの女の事は別の者に任せるとして……」
「おっ、お待ちっ、お待ち下さいませっっ。どうか妹には何もしないで下さいませっっ!! 妹は何も知らないのですっっ。どうか後生に御座いますっ、エロイーズ様どうかお慈悲をっっ!!」
ウーズリーと同じ柔らかな色合いのアイス・ベージュの瞳に大粒の涙を浮かべ、冷たい床に突っ伏してエロイーズへ懇願する。
その姿に当のエロイーズはと言えば益々得意げに口角を上げたまま、見下す様な視線と如何にも厭らしい表情で満足していると言わんばかりにその者を見つめている。
そうして実に厭らしく、勿体つけた口調で言うのだ。
「えーでもねぇ、お前はウーズリーの様に少しも役に立たないじゃない。あら嫌だわ、ウーズリーの方が役立つわね。何故ならウーズリーは殺して肉ともなれば、あれはあれでとても高級品ですもの。ふふとても高価な食材だからきっとお前は今迄一度も食してはいないでしょう。あの蕩ける様な肉は一度食べれば病み付きになるのだから……でも、アレは選ばれた者でしか食べる事は出来ない貴重な食材。そう言う点で言えばお前の方が役立たずだし、小父様に気に入られればお前の妹は望めば幾らでもウーズリーの肉を食べられるかもしれないわね、ふふふ」
「そんなっ、お願いに御座いますっ、私はどうなっても妹はっ、たった一人の妹だけはどうかお見逃し下さいませっっ」
「うふ、どうしたらいいのかしら……ね、アルカ」
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