死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら

文字の大きさ
28 / 39
5章

28 正体

しおりを挟む


「いま、何か音がしなかった?」
「音?」

 シェリルには聞こえていなかったようだ。
 辺りを見回してみるも、特に変わったことはない。

 不思議に思い首を傾げていると、先ほどより少し大きく、同じ音が耳に届いた。

「何かしら……窓?」

 そう言えば、天井の近くに小さめの窓があったことを思い出す。
 そちらに目を向けてみると、何やら獣の肉球のようなものが、ぺたりと張り付いていた。

「ん!?……ってまさか――」

 曇りガラスのせいでぼんやりとしか分からないが、窓の外にうっすらと黒い影が見える。
 まさかとは思うが、思い当たった答えに高速で思考が巡った。

 よく見るとあの窓は内鍵になっているようで、外側からはあけられないようだ。
 内側から鍵のかかる部屋に閉じ込めるだなんて、さすがにあの高さからは出られないだろうと思ったのだろうか。それ以前に縄を切られるとすら、予想していなかったのだろうが。

 しかし、スーリアが手を伸ばしても、あと少し鍵の位置まで届かない。
 ジャンプをして、やっと触れるかという所だった。

「スーちゃん、私に乗って!」

 言うなり、シェリルは窓の前で、両手と両膝を地面についた。

「シェリル!?」
「いいから! これなら届くでしょ?」

 確かに届くだろうが、さすがに女子の上に乗るのは気が引ける。
 逆の立場になることも考えたが、シェリルの方がスーリアよりだいぶ背が低いのだ。たぶんシェリルに乗ってもらったところで、鍵には届かないだろう。

 そう判断して、彼女の言うとおりに背中を借りることにした。

「ありがとう、シェリル。いくわよ」
「うん」

 靴を脱いでシェリルの背中に乗ると、余裕で鍵に手が届いた。
 窓を開けると、そこに予想していた存在が顔を覗かせる。

「――やっぱり、アルだったのね」

 庭園で何度か見かけた、大きな黒ヒョウがそこにいた。
 どうやらスーリアたちが捕らわれているこの場所は、半地下になっている部屋のようで、地上の地面と同じ高さに窓が取り付けられているようだ。

「ご主人様に言われて、きてくれたの?」

 そっと鼻先を撫でると、黒ヒョウはぺろりとスーリアの手を舐める。
 それから、ゆっくりと首を横に振った。

「アル……?」

 否定されたのだろうか。
 でもアルがここにいるということは、ロイアルドが何らかの指示を出したはず。

 首を傾げていると、黒ヒョウがスーリアを見つめながら顔を近づけてきた。
 銀色の瞳に吸い込まれそうな距離に、アルの顔がある。夜の闇の中でも銀河のように光る、その瞳から目が離せない。

 その時、ふっとある香りがスーリアの鼻腔を擽った。だいぶ慣れ親しんだ、彼の香水の香りだ。

 スーリアの頭の中に、ひとつの答えが導き出される。
 この香り、瞳の色、そして何よりアルがまとう雰囲気。
 そのどれもが、信じがたい答えを肯定していた。

「ロイ……なの?」

 黒ヒョウが大きく瞳を見開く。
 少しして、小さく首を縦に振った。

 そんな現実あるわけないと頭が否定するも、本能では分かってしまう。

 そうだ。この黒ヒョウは、アルは――ロイアルドだ。

「助けに来てくれたのね……」

 スーリアが微笑むと、黒ヒョウが鼻先を頬に摺り寄せてくる。
 その可愛さに思わず頭を撫でようとしたとき、足元から声がかかった。

「スーちゃんっ、そろそろ限界……!」
「あ! ごめんなさい、シェリル!」

 うっかりシェリルの背中の上にいることを忘れていた。
 窓をあけたらすぐに降りようと思っていたのだが、たった今判明した事実に、少し前の状況をすっかり忘れていた。

 慌てて地面に降り、思考を現実に引き戻す。
 状況を掴めていなかったシェリルが、顔を上げて小さな悲鳴をあげた。

「なに!? 黒いライオン!?」
「違うわ、黒ヒョウよ。私たちを助けに来てくれたの」
「ヒョウ? 助けにってどこから……」
「あのこは……えぇと、ロイアルド殿下が飼っているこで、私の友達なの」
「あんな怖そうな動物が……?」

 確かに見た目だけは獰猛な獣だ。誰だって、あの姿を目の前にしたら恐怖が先立つだろう。

「大丈夫よ。彼は絶対に、私たちを襲ったりしないから」

 今なら確信をもって言える。
 あの黒ヒョウがロイアルドならば、スーリアたちを襲うことなどありえないからだ。

 彼が来てくれたということは、じきに騎士団もやってくるのだろうか。
 いかんせんあの姿では言葉を紡げないようなので、意思疎通に困る。

 ここでじっと待っていても、犯人が戻ってきたら何をされるか分からない。
 とりあえず、シェリルだけでも先に逃がすべきかと、結論を出した。

「シェリル、私が踏み台になるから、あの窓から逃げて」
「え、スーちゃんはどうするの?」
「私は騎士団がくるのを待つわ。あなたは先に逃げて、助けを呼んできてちょうだい」
「でも……」
「大丈夫。護身術なら少しは使えるから」

 父が元騎士をしていたおかげで、子供のころから簡単な護身術は身に着けていた。
 女性の力では限界があるが、時間稼ぎくらいはできるかもしれない。

「ロ……じゃなくて、アル。聞こえてた? 今からシェリルを持ち上げるから、あなたがひっぱり上げて」

 窓の外に声をかける。さすがに、シェリルの前で本名をいうのはまずいだろうと思い、言い直した。
 しかし、窓から部屋を覗き込んだ黒ヒョウは、首を横に振る。
 その銀色の瞳が、不安そうにスーリアを見ていた。

「私は大丈夫。騎士団が来てくれるのを待っているわ」

 強い意志を宿しながら、まっすぐに瞳を見つめ返す。
 少しだけ迷うそぶりを見せながらも、黒ヒョウは頷いた。

「シェリル、よく聞いて。まずは私の背中に足をかけて、それから肩に乗るの。私が立ち上がったら窓に届くはずだから、そこからアル――あの黒ヒョウが引っ張ってくれるわ」
「わ、わかった。やってみる」

 躊躇いながらも頷くと、シェリルは先ほど使ったナイフで、長いスカートの裾を切り裂いた。
 スーリアが驚いていると、彼女は苦笑しながら言う。

「邪魔だから」

 シェリルの準備が整ったことを確認して、窓のある壁の方を向いてしゃがむ。
 背中に足がかけられ、続いて肩にシェリルの足が乗ると、彼女の体重がスーリアに圧しかかった。
 よろけながらも、壁に手をついてなんとか立ち上がる。

 庭師として、ある程度の力仕事をこなしてきた甲斐があった。一般的な女性よりは、筋肉がついてる自信はある。シェリルがもともと小柄だったのも幸いした。

「ひっ」

 小さな悲鳴が聞こえた。
 恐らく立ち上がったことで、シェリルの目の前に黒ヒョウの顔があったのだろう。

「シェリル、早くして! わたしがもたないわ」
「ご、ごめん!」

 急かすと、シェリルは窓枠に手をかけて上半身を外へ乗り出す。
 そのドレスの背中の部分を黒ヒョウが咥え、一気に引っ張った。

 急に軽くなり、脚の力が抜けて床に尻もちをつく。
 そのままの態勢で窓を見上げると、シェリルの足が窓の外へと消えていくところだった。

「アル、シェリルを安全なところに連れて行って!」

 窓から再び覗き込んできた黒ヒョウに言葉を投げる。
 彼は目を細めてスーリアを見つめ、それから背を向けた。
 聞き分けがよかったことに拍子抜けしながらも、ほっと息を吐き出す。

「ロイ、頼んだわよ……」

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた 公爵令嬢アイシス・フローレス。 ――しかし本人は、内心大喜びしていた。 「これで、自由な生活ができますわ!」 ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、 “冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。 ところがこの旦那様、噂とは真逆で—— 誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……? 静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、 やがて互いの心を少しずつ近づけていく。 そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。 「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、 平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。 しかしアイシスは毅然と言い放つ。 「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」 ――婚約破棄のざまぁはここからが本番。 王都から逃げる王太子、 彼を裁く新王、 そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。 契約から始まった関係は、 やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」―― 王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。 令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。 (やった……! これで自由だわーーーッ!!) 実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。 だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない! そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家―― 「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。 温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。 自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、 王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!? さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、 次第に甘く優しいものへと変わっていって――? 「私はもう、王家とは関わりません」 凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。 婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー! ---

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...