バッドエンドの女神

かないみのる

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 物理の授業時、隣の席にまた霜田は座った。

話しかけられることに抵抗があったから、あたしは寝たふりをしようと机に突っ伏した。

しかし霜田はあたしが寝ていないことに気づいていたのかそれとも人の迷惑を考えない性格なのか、気にせずあたしに話しかけてきた。



「諏訪部さんこんにちは。ねえ、諏訪部さんはどうして理系クラスを選んだの?」



 無視するのも気が引けたから、私はわざと面倒そうに上体を起こし、頬杖をついて話に応じた。



「特に理由はないよ。理転するのは大変だけど文転は楽って先生から聞いたから」


「ふーん、なんで物理を選択したの?生物とか地学じゃなくて。女子はわりと生物選択する子が多いと思ったんだけど」


「つぶしが効くから。受験の時、物理が必須の学部があるから、何をしたいか決まっていない人は物理を選んどけって先生が言ってたし」


「そうなんだー。目指している大学はあるの?やっぱりT大学?先生達みんなうるさいよね。T大入れって」


「ねえ、なんであたしなんかに話しかけるの?」



 あたしは前回会話した時から疑問に思っていた事を伝えた。

中学校の頃からあたしを知っているなら、あたしがどういう人間かなんて分かっているはずだから、普通は話しかけて来ない。

面白半分で話しかけてきているのなら、悪いが関わらないでいただきたい。



「ん?誰とでも仲良くするのは当たり前のことじゃん。中学校の時はいじめられてたからそんな余裕なかったけど、今は少し余裕ができたからね」



 そうですか。

なんと模範的な優等生なんでしょう。

あたしのような下等学生にも手を差し伸べてくれるなんて。
 


「憐れんでくれたのね。ありがとう」
 


 あたしは嫌味ったらしくお礼を伝えた。



「迷惑?」


「ソンナコトナイヨ」


「みんなと仲良くするようにってお母さんに言われているからさ。僕はお母さんの言うことを聞いただけだよ」


「お母さん?」



 お母さんが言ったからといって律儀に言いつけを守る高校生も珍しいな。

あたしはすこし不審な目を向けてしまった。

咄嗟に取った行動とはいえ、ちょっと失礼だったな。



「ところで霜田君って、彼女とかいないの?」



 あたしは霜田から目を逸らしながら聞いた。

あたしにしては珍しく周囲の目が気になっていた。

もし彼女がいてヤキモチでも妬かれたら面倒くさい。



「いないよ。なんで?」


「いや、もしいたとしたら、あたしと話してたら彼女に悪いじゃん?」


「大丈夫だよ。僕の一番大切な人はお母さんだから」


「お母さん?」


「ああ、一応言っておくけど僕、極度のマザコンらしいよ」


「マザコン?」


「そう。自覚はなかったけど、周囲からそう言われてた。だからいじめられてたんだ」



 霜田はあっけらかんと言った。



「マザコンだとどうしていじめられるの?」



 あたしは霜田がいじめられていた理由を聞いて腹が立った。

人を好きになるのなんて自由なんだから、他人に何か言われる筋合いはないはずだ。

まあ、これが世の中の理不尽なところだよね。



「さあ、僕が聞きたいくらいだよ。自分達と異なるから、気持ち悪いんじゃない?」


「たとえ家族でも、人を大好きになれるならいい事じゃない」



 愛せる人が身近にいないあたしにとって、どんな形であれ心から愛する人がいるというのは幸せなことだと思う。



「ありがとう……そう言ってフォローされたのは初めてだよ」



 霜田は照れくさそうにはにかんだ。

頬をかく仕草が可愛らしい。

その時すでに霜田への不信感はなく、霜田はあたしにとって悪い人じゃないと感じていた。



「……いいよ。話そう。お互いのこと」


「ん?」


「霜田君のこと、聞いちゃったからあたしの話もしないといけないよね?だからあたしの話、聞いてくれる?」



 何故だかわからないけど、霜田なら、あたしの話を否定せずに聞いてくれると思った。

心の内を打ち明けたいと思った相手は和美ちゃんに次いで二人目、男の子では初めてだった。



 そう言った直後、先生が教室に入ってきた。

中年の頭頂部が少し寂しくなってきたおじちゃん先生は舌足らずな喋り方で授業を開始した。

そこであたし達の会話は強制終了させられた。



 その後の授業は全く身が入らなかった。

先生が黒板に描くベクトルが何を表しているのかなんて興味なかったし、ノートを写すことで精一杯だった。

早く霜田と話したいと落ち着かなかった。



 あたしは放課後、霜田に会うために隣のクラスへ向かった。

教室に入ると、二、三人の女子生徒達が帰る準備をしていた。

霜田は真ん中あたりの席に座って勉強をしていた。



「ねえ、霜田君」



 霜田はイヤホンをはめて音楽を聴いていた。

あたしに気づくとイヤホンを外してこちらを向いた。



「あれ?何しに来たの?」


「何しに来たの?は無いでしょ!話をしに来たの。あたしの話、聞いてって言ったじゃん!」



 女子生徒達が、こちらを見てヒソヒソ話している。

あたしの噂話か、霜田が女子と話しているのが珍しいのか。

どちらにしろ、あんまり気持ちがいいものではない。

でも気にしないことにする。

こういうことには慣れている。



「ああ、そういえばそうだったっけ?」


「霜田君はあたしの事、どこまで知ってる?」


「名前と顔くらい?」


「いじめられていたのは知ってたでしょ?」


「うん」


「いじめられていた原因は?」


「知らない。あの頃は自分のことでいっぱいいっぱいだったから」



 あたしは霜田に自分の生い立ちや母のこと、売春のことまで話した。

こんなに自分から全てを曝け出したのは初めてだった。

口が勝手に言葉を発し続けた。

生まれて初めてかもしれないってくらい、あたしの口は止まらなかった。

霜田はノートから目を離さずに相槌を打ってくれた。

そうだ、この感じ、和美ちゃんに似ている。



「そして現在に至るわけ」



 話し終えて一息ついた。

霜田はノートから目を離し、あたしの顔を見た



「そうなんだ。大変だったんだね。あれ、諏訪部さん、なんで泣いているの?」



 気づくとあたしの頬を涙が伝っていた。

あれ?どうして?

なにも悲しい事なんてないのに。



「あれ、あれえ?待って、今止めるから」



 泣くのを止めようとすればするほど涙が溢れてくる。

鼻水がたれる。

ハンカチを持ち歩いていなかったことを後悔した。

手で涙を拭うが、涙の量が多くて手がびしょびしょになった。

霜田が慌ててポケットティッシュを差し出してくれた。



「なんか、ごめん。僕、気に触ることした?」



 霜田はオロオロと焦り出した。

どうしたらいいのか分からず困っている。



 あたしは黙って教室を出てしまった。

トイレへ駆け込み、涙が止まるのを待った。

どうやら今まで溜めていた感情が爆発したらしい。

長年胸につかえていたものが少しだけ良くなった気がした。

ただ話すだけでこれほど気持ちが変わるなんて、驚きと戸惑いで混乱していた。



 あたしにとって霜田幸祐の存在は、この時点でとても大きなものになっていたんだ。
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