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 私は、窮地に陥っていた。脱出方法がわからない。こんな状況は経験したことがない。

 ぐるっと、目に鮮やかな、色とりどりのドレスを着たご婦人やご令嬢に囲まれているのだ。
 目は爛々と捕食者のように輝き、頬は上気し、心なしか一人残らず前傾姿勢気味で、冗談ではなく飛びかかられそうだ。
 
 どうしてこうなったかというと、レオン様(=保護者)と、オルギール(=お目付け役)、この二人から離れてしまったからだろうと思う。


 出陣を三日後に控えた日の夜。

 筆頭公爵であるレオン様の居城で、戦勝祈願というか、激励の宴が催されていた。

 今回の総大将はオーディアル公だけれど、公爵級が出陣する規模の戦の前は、筆頭公爵がこういった宴を催すのが習わしなのだそうだ。

 戦う前から悠長なこと、と思わないでもないが、それなりの意味はあるらしい。

 出陣する武官、傭兵問わず、一定の身分以上の者が招かれ、当然、「激励」だから、お留守番の文官や武官なども出席する。希望すれば、その妻や娘たちも。これが、ポイントだ。

 既婚者にとっては宴をただ満喫すればよいが、未婚の娘たちを持つ親にとっては、婿探しのイベントの一つらしい。兵士達にとっても、命を的にして戦う前に、お目当ての女性に巡り合えば、そのひとのために「生きて帰る」と強く思うのは必定で、婚活と生存本能を鼓舞するニンジンをぶら下げる、なかなかよく考えられた意味を持つ宴なのである。

 日没の頃、上座には筆頭公爵の旗と、三公爵それぞれの旗が──黒、紺、緑を地に、金色の華美な剣が真一文字に描かれている──掲げられ、それを背に、まずはレオン様の簡潔な激励の言葉があり、宴を催してくれたことに対する感謝と勝利への意気込みを総大将たるオーディアル公が述べて、宴は始まった。

 庭園に面する扉はすべて外され、外気にあたりに行ってもよいし、屋内でさんざめいたり、点在する椅子に座って料理を楽しむこともできる。楽士が控えめに音楽を奏でているだけで、宴の名目は戦勝祈願と激励であるから、派手な芸人の出し物などはない。広間は城の中では中規模のものなのだそうで、確かに談笑したり知己を増やすにはちょうどいい広さのようだ。

 もちろん、私もこの宴には武官の礼装で出席していた。

 オーダーメイド軍服の中には当然礼装もあって、猛烈に華やかだ。普段の軍服も相当派手だと思っているが、礼装用のものはさらに綺羅綺羅しく、光沢のある黒地に銀砂をちりばめたような刺繍が通常の軍服の三割増しくらい施され、飾緒が下がり、極め付けは大粒のダイヤモンドの襟飾りが止めつけられ、下手なドレスよりも眩い軍服だった。

 身支度の間中、手伝ってくれるミリヤムさんとヘンリエッタさんが赤い顔をして何かにつけ鼻を押えていたけれど、緊張した私が発汗して臭かったからではなく、鼻血をこらえていたらしい。

 衛兵と、礼装のときの武官以外は身に着けない派手なマントも、重苦しいだけで私は好きではないが、侍女さんたちの萌えを煽るのには必須アイテムだったらしく、姿見の前でマントを纏って最終チェックをしていると、ミリヤムさんは拳を握って赤い顔で震え、特にヘンリエッタさんは滂沱ぼうだの涙を流しつつお似合いですと言ってくれた。よくわからない反応だと思う。

 私からすれば、オルギールや三公爵の煌びやかさときたら私どころの騒ぎではないと思っている。出席者たちには見慣れた光景かもしれないけれど、宴のような華やかな席に初めて出席する私にとっては、それはそれは目も眩むほどの華やかなひとびとだ。

 特に、レオン様。

 今回は出兵に参加なさらないから文官の礼装なのかな、と思っていたら、三公爵の結束を示すため、こういった場では留守番役の公爵様も軍服を着用するらしい。初めて見る軍の礼装姿のレオン様は、意識が飛ぶほど美しい。   黒地に金があしらわれた礼装と、金の刺繍に埋め尽くされた豪奢なマント、それさえも装飾のひとつのようにも見える、純金色に波打つ金髪。生まれながらにひとの上に立ち、支配者として君臨することに慣れた挙措は、自然と周囲のひとびとを従わせる風格に満ちている。

 うっとりしながら離れたところで鑑賞したいと思っていたのだけれど、そうは問屋が卸さなかった。

 今回は、ある意味、軍人としての私のお披露目も兼ねているようなものだ。トゥーラ姫、が、エヴァンジェリスタ公の恋人であることはそろそろ周知されつつあったけれど、その、「トゥーラ姫」を准将として戦地へ送り出す、それを公的に知らせる宴でもあったのだ。

 レオン様、オーディアル公、ラムズフェルド公。彼らの傍にオルギールと共に立つ私へ向けられた視線は、それはそれはすさまじく熱っぽいものだった。男女問わず。意外だったのは、三公爵様やオルギールという、婚活優良物件の頂点にいる男性達のそばにいる私への嫉妬らしきものは、恐れていたほどには見受けられず(もちろん、ぼちぼち散見されたけれども)、圧倒的にミリヤムさんとヘンリエッタさん、二人の侍女さん達と同じ目をしている女性が多かったことだ。


 ──そして、窮地に陥ったのだった。

 三公爵様やオルギール、一緒に出陣するウルマン少将やソロウ少将達と一緒にいると、挨拶を述べにきたり、知己になろうとするひと、さらにはあからさまにイヤらしい目で見てくる男性が絶え間なく押し寄せるので、私はすっかり面倒くさくなってしまったのだ。だから、レオン様やオルギールが制止するのも聞かず、適当に理由をつけて逃げ出して、あらかじめ目を付けておいた広間の隅っこに逃げ込み、腹ごしらえをしたり飲み物を頂こうとしたのだけれど、残念ながらそれが甘かった。一人になるべきではなかったのだ。戦闘の基本は、できれば群れから離れてはならない、ということを失念していた。また、捕食者にとっては、群れからはぐれた獲物は最も狩りやすい餌食なのだった。

 キラキラ、というよりギラギラした目で私を囲む女性たちの視線に射竦められ、私はレオン様やオルギールの言いつけに従わなかったわが身の愚かさを呪った。
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