「君を愛する事はない」と言われる前に「あなたを愛する事はありません」と言ってみた…

春野オカリナ

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プロローグ

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 厳かな婚姻式を終え、美しく装飾された夫婦の寝室に案内された。

 色とりどりの花弁を撒いている床を見つめながら、寝台の縁に座っている花嫁。

 それがわたし、サブリナ・シュメール…おっともう、違ったわね。

 今は、サブリナ・ポートガス公爵夫人になったっけ…。

 あんまり、興味も関心もないからうっかり忘れる所だったわ。

 婚姻式でも始終、不機嫌な表情を隠そうともしない夫レイモンドに呆れた。

 誓いの口付けをするっと躱して、口の端に持って行った時の彼の顔は見物だった。

 自分は、わたしに塩対応しかしないくせに、他人にされると腹が立つってどんだけ自分勝手な奴なんだと思ってしまう。

 一瞬驚いたように目を大きくしたかと思えば、むすっとした顔でまた前を向いたレイモンドを見て、わたしは思わず嘆息した。

 だって仕方がないでしょう。これは王家が結んだ縁。

 長年、貴族派、王族派、中立派が争う中、とばっちりを食らっているのは、民だった…。そこで王家は二代に渡って、全ての派閥を婚姻という手段で結びつけることにした。

 先代は貴族派と王族派の中心家門同士の婚姻を命じ、現国王陛下は、中立派のシュメール侯爵家と王族派のポートガス公爵家を。

 そういう訳で結ばれる事になったわたしたちは典型的な政略結婚だった。

 彼が愛する人と結ばれなかったからって、わたしに八つ当たりされても困る。

 昔はこんな人ではなかったのになあ…。

 そんなことを考えながら、広い寝台に寝転がって、大きな天蓋を見上げていた。

 カチャリと扉の開く音が聞こえてきて…部屋に入って来たのは、当然、夫となったレイモンド。

 本当なら、きちんと座って待って、「お待ちしておりましたわ。不束者ですが、今宵から宜しくお願いします」などと貞淑な妻を演じて、夫を迎えなかければいけないのだろうけど、今のわたしにそんな気はさらさらない。

 同じ空気を吸いたくもないし、なんならさっさと出て行って欲しいくらいだ。

 ──白い結婚上等だっつうのーーー!!

 そのくらい、怒り狂っていたのかもしれない。別に嫉妬なんてしていない。断じて、嫉妬ではない!


 ツカツカと寝台まで来ると、レイモンドは寝転がっているわたしに覆い被さって来て、

 「サブリナ、ちょっといいか。話があるんだ」

 「はあ…どうぞ、そのまま話して下さい」

 「そこはちゃんと座って話すところだろう」

 「わたしのことは放って置いてくださって構いませんので…」

 「どうしてだ…?」

 「どうしてって言われましても…それをわたしの口から言わせるのですか?」

 「分からないから聞いている」

 寝転がったまま話を続けるわたしの態度に、レイモンドは苛立ちを隠せないでいた。

 それに「どうして?」って聞かれても、こっちが言いたい。

 婚約した頃は、レイモンドもこんな風ではなかった。10年経てば人ってものすごく変わるものなのね。としみじみと思ってしまう。

 「まあ、いい。それで、話なんだが…その…俺は……」

 「さっさと言いなさいよ!言わないなら、こっちから言うわよ。貴方の事を愛する事はありません。白い結婚でいいですので、わたしのことはその辺の石ころだと思って結構です!」

 「えっ…何言ってるんだ…サブリナ…冗談だよな…う…嘘だろう」

 酷く驚いた顔をしたレイモンドは、よろよろと寝台から立ちあがったかと思えば、ふらりと体のバランスを崩して、サイドテーブルにぶつかった。

 ガッシャ――ーン

 夫婦の寝室から大きな音が聞こえて来たので、外で控えていた侍女や護衛が慌てて部屋に飛び込んだ。

 テーブルの上にあった水差しが割れて、寝台の近くで破片が飛び散っている。

 おまけにレイモンドは転んだ拍子に頭をぶつけたらしく、血を流していた。

 誰が見ても、わたしが殺ったやったとしか思えないような惨事だった。

 医師が呼ばれて、レイモンドを診察している間、わたしは父シュメール侯爵に散々お説教されている。

 勝手に転んで、怪我した癖にどうしてわたしの所為になるのかわからない。

 理不尽な扱いにわたしはじと目で父を睨んだ。

 元々、赤毛で釣り目がちなわたしは所謂、物語の中の悪女のような見た目で、悪く言われる事は多々あったが、はっきり言って濡れ衣だ。

 そんなおバカで、時間の無駄なことはしない。

 人を苛める暇があったら、お金の勘定をした方がまだ建設的。

 人の心は移ろい裏切りもするが、お金は裏切らない。

 だから、わたしはあの時決めたのだ。

 もう、決して人を好きにならないと…。

 感傷的になっていると、父は深い溜め息を付いて、

 「どうやら、事故だったようだな。てっきり私はお前が…」

 「わたしがやったと思ったんですか。そんな一文の得にもならないことしませんよーだ」

 「まあ、今のお前ならそうだろうな」

 父はそう言って苦笑した。

 「取り敢えず、レイモンドをよく介抱するように…」

 「はあい。わかりました」

 わたしの無実は証明されたのだけれど、屋敷には厄介な相手が残っている。

 彼女がどう出るかは知らないが…わたしも負けてはいられない。

 公爵夫人にしがみ付くつもりはないが、王命に背く事もできない。

 わたしは、レイモンドの意識が戻るのを待つことにした。






 



 

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