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母との対話 2

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「レイプではないんだよ。でもね、男に抱かれたって事実を受け入れられなかったんだ」
 そう言っては母は目を伏せ、独白は続く。
「その(ヒートの)時に自分がどうだったのかなんて覚えてないし、そもそもΩであることを受け入れてない。身体の違和感で何があったか気づいた時にはパニックを起こしたんだ。過呼吸を起こして父さんの腕から逃げようとして暴れて、でも体力削られてるから思うように動けなくて…。過呼吸ってさ、息を吸っちゃダメなんだよ。でも苦しくて苦しくて息を吸えばなんとかなると思って呼吸が浅くなるから余計に苦しくて。枕を顔に押し付けられて暴れて、気付いたら震えながら泣いてた…。」
 何で初めてのヒートが治ってすぐにこんな話をしているのかと思わなくもないし、母の顔色を見ると止めたほうがいいかとも思ったが〈今話さないと〉と言った母の言葉を思い出し言葉の続きを待つ。
「父さんの親がって、お義父さんとお義母さんなんだけど本当にいい人ですぐにΩ専門のお医者さんを呼んでくれてケアしてくれたんだ。光流も知ってるでしょ?いつも診てもらう先生。覚えていない間に色々あって怖がる気持ちも理解してくれて、家に帰ってケアできないことを心配して入院できるように手配してくれて。父さんは何も悪くないのにお義父さんとお義母さんは全面的に援助してくれて。正直、Ωって色々とお金もかかるしありがたかったよ」
「大会があったのが夏休みだったからそのまま先生のところに入院して、カウンセリング受けて。αに慣れるためにって父さん、毎日様子見に来るんだよ。調子が悪いと部屋に入られるのも怖いから先生に話聞くだけで帰らないといけないのにそれでも毎日来るの。受験生なのにだよ?」
 そこまで聞いて母が何を言いたいのかがわかってきた。
「色々諸々終わってからずっと好きだったけどβだから諦めてたって言われて、おめでとうって言って別れたかったのに挑発されて思わず威嚇フェロモンが出たって。ヒートになった時に匂いに当てられて、抑制剤は飲んでたし追加でも飲んだのに全然効かなくて、運命とかは信じてないけど自分のためにΩになったんだからこれは運命だって。自分の〈ため〉じゃなくて自分の〈せい〉じゃん?」
 そう言って顔色の戻った母は照れたように嬉しそうに笑った。
 思い出すのが辛い記憶でもあるが、辛いばかりでもない事に救われる気がする。
「結局さ、Ωであることを受け入れるまでに時間がかかったからそのまま囲われて今に至るわけ。特例で課題提出して卒業を認めてもらったけど大学も就職も断念。しばらくは知らないαが怖くて家から出ることができなくて日焼けしてた髪や肌はケアされてこんなになるし、筋肉落ちて細くなっちゃうし。おまけに身長伸びないし。見るからにΩになって諦めもついたよ」
長い独白の後母が苦笑いを見せる。少年時代の母はうまく想像できないが、自分の知る母の笑顔はレパートリーが多い。母を思い浮かべるとさまざまな笑顔なのはきっと彼が満たされているからだろう。

「で、色々話したけど護君にもっと甘えていいと思うよ?」
「やっぱりそこに来るんだね…。」
 思った通りの展開に苦笑する。
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