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父との対話 1

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 10月に入り少しずつ涼しくなってきた。兄も授業が始まり、予想通り護君からは言い訳の連絡が入ったらしい。

 予定の入っている日の前日からの護君の動向を探るのは数回でやめた。毎回同じ行動すぎて探る必要が無いからだ。
 そう言えばそろそろ護君の誕生日だ。

 去年の今頃は〈2人で話す〉ことがどれだけ大切なのかを実感して少しのことでも話し合っていたのに…。
 はじめて日付が変わる瞬間に〈誕生日おめでとう〉とメッセージを送った時にはそれが最初で最後になるとは思ってもいなかった。受験の追い込み前でまだ余裕があった時期で、誕生日当日には何度目かのデートもした。
 学校帰りの短い時間だったけれど、僕が気になると言っていたカフェでケーキを食べた。
 帰り際にはプレゼントを渡し、唇を重ねた。
 何度繰り返しても唇を重ねる事に緊張してしまう僕を可愛いと言ってくれたのに…。

 もう大丈夫だと、もう諦めたのだと思っても、思い出す度に胸が苦しくなる。
 ギュッと心臓を鷲掴みされるような痛み。

 今年の誕生日プレゼントは〈なかなか会えないのでこちらに送ります〉と一言添えて自宅に送った。少し早めだったが〈次に会う時に使っていてくれたら、僕はまだ護君を信じます〉と添えたメッセージは箱を開けてプレゼントを取り出すと気付くようにしてあった。
 本当は贈る気はなかったけれど〈こちらはちゃんと婚約者としての義務を果たしています〉という証になると言われて仕方なく用意したものだ。特に思い入れはないが、学生が履けばちょっと目を引く革靴。未来への設備投資だと思えば高くはない。
ただ、開かれた様子のないそれは護君のものではない字で書かれた宛名と共に送り返されてきてしまったが…。
 本来なら残しておきたくないそれは〈ちょうどいい証拠だ〉と静流君の部屋に保管されている。

 平穏なようでいつ崩れておかしくない、そんな緊張感を孕んだ毎日は日に日に僕を蝕んでいく。その影響はヒートが来ない事によって父も知る事になってしまった。
「2人で解決できるのか?」
 母のいない朝の食卓で父が口を開く。
「光流の身体よりも尊重しないといけない程の事が有るとは思わないが?」
 兄の目を見て続く問いかけ。
「今は向こうが動くのを待っています」
「破棄を突きつけても良い状況だぞ」
「光流の希望です」
 兄の言葉に父がため息を吐く。
 どうやら父の手を離れたと言っても全て把握されているらしい。
 どこまで理解しているかは別として、2人には挑発フェロモンの事もバレていると思っておいた方がよさそうだ。
「光流はどうしたいんだ?」
「真実を話してくれたのなら破棄を。誤魔化したまま終わらせるのならこの7年は無かったことに…」
「無かったこと?」
「はい。婚約は解消します。そして沈黙を守ります。僕からは何があったのか口にするつもりはありません。
 破棄となった場合はどちらからの申し入れかで理由が分かりやすく、その事実が受け入れられたらすぐに風化してしまいます。人の噂なんていい加減なものだから〈僕が浮気をした〉と逆のことを言われるかもしれない。
 解消理由を言わなければ興味を持って調べようとする人も少なくないはずです。中には僕を陥れようとする人も出てくるかもしれない。
 そうなっても僕に落ち度はないので何を調べられても大丈夫です。
 でも、護君はどうなるんでしょうね?」
 僕の言葉に父が驚く。
「その条件は?」
「今後一切、うちに関わらないこと。名前を出すことも許しません。言い訳する時に僕の名前を出す事も許さない。もちろん今まで培ってきた人脈を使うことも許さないし、そもそも〈婚約者〉と言う肩書きがなくなった時に護君に残るものは多くないはずです。
 お望み通り、大学で広げた人脈なりに頼れば良いんじゃないですか?
 食い物にされるのなら食い物にされればいい」
 色々と考えた末での結論だった。
 これを告げた時に兄は一言〈えぐいな…〉とだけ言った。

 誠実な対応には誠実な対応を、そうでなければそれなりの対応をするまでだ。

「そこまで覚悟があるなら任せるが、光流は大丈夫なのか?耳を塞いでいても入ってくる言葉もあるぞ」
 心配する言葉と気遣うような視線。
 兄は黙って話を聞いている。
「僕と護君が知り合って7年経ちました。それなのに、たった7ヶ月で崩れるような関係しか築けなかった僕にも責任があります。
 ケジメをつけさせてください」

 僕の覚悟に父はもう少し様子を見ると言ってくれたが、万が一ヒートが止まってしまうようならその時はこの案件を父に任せることを約束させられた。
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