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賢志と彼女

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 それは、驚くべき兄の告白だった。

 以前から不在が続いたりする事はあったものの追求する事はなかった。
 それは社交であったり、今は賢志が使う離れでの交流だったり、理由は様々だったから何時がそうだったのかを僕は全く気づいていなかった。
 ただ、時々知らない香りが静流君からする時があり〈もしかしたら〉と紹介される事があるんじゃないかと期待した事はある。
 それでも高校から大学まで、具体的な話が僕の耳に入ってこないと言う事は静流君の言う通り〈特定の相手〉がいないと言う事だろう。

 お義姉さんなのか、お義兄さんなのかはどちらでもいいけれど、パートナーを持った静流君には興味がある。自分のことは棚に上げて楽しみにしていた僕があまりにも予想外のパートナーに驚くのはまだまだずっと先の話。

 大学生活は概ね順調だった。
 安形さんと勉強していた簿記は引き続き学校で学んでいる。多少の下地が有るだけ他の生徒に比べれば苦労はしていない。安形さんとの勉強は色々と重なったため、結局あまり進まなかった。プロジェクト関係での外出も増え、予定よりも勉強時間が取れなかったのも原因のひとつだ。
 静流君は僕の様子が心配で〈口実〉として一緒にいてくれたが実際は学校でも学んでいたらしい。道理で理解が早かったわけだ。

 安形さんは今でも静流君と僕の秘書をしてくれているが、賢志が来てからは静流君の秘書として動いている事が多い。静流君は静流君で3年になり出席する授業が少なくなると家業の手伝いを始めたため安形さんのサポートが僕よりも必須なのだ。

 僕は登下校は賢志と一緒で、賢志が一緒に行動できない時は静流君か安形さんが付いてくれるのは変わりない。
 賢志と言えば〈彼女〉がいるそうで、頻繁に連絡を取っている姿を目にする。それはたわいもない内容のメッセージだったり、報告だったり、送られてくる写真を見せてくれる事もある。
 どんな人なのか聞くと2歳年上のβだと教えてくれた。

「今は地元の大学で勉強してるけど、何れは一緒に住むつもりだよ」
 とは賢志の言葉。
「賢志はこっちで就職しないの?」
 素朴な疑問だった。賢志は静流君のように家業に興味があると思っていたからだ。

「どうだろう?
 後継は静兄だからそのサポートをしたいとは思ってるよ。でも静兄の周りには安形さんみたいな人が沢山いるだろ?
 だったら適材適所じゃないけど、自分を生かせるところに行きたいじゃん?
 彼女はさ、良くも悪くも自分を持ってる人で大学進学の時も〈同じ大学〉って選択肢は全くない人なんだよ。学力はあるからこっちの大学だって入れたはずなんだけど〈学びたい学科が近くの大学にあるんだから入試のために余分な時間や労力を使うのは無駄〉とか言ってさっさと決めちゃってさ。ある程度のランクがあれば後は自分の学ぶ意志がものを言う、とか静兄みたいなこと言ってた」
 そう言って苦笑いする。写真を見せてもらった事があるけれど、ほわほわした優しげな人だったから意外だ。それを賢志に伝えると〈擬態がうまいから〉なんて酷いことを言うが、何となく得意そうだ。

「自分が志望校決める時だって〈同じとこに行こうかな〉って言ったら〈来るな〉って一言。
 元々の志望校を受けずにそんなことを言うのは許さない。自分の将来なのに人に引き摺られるなって叱られた」
 なかなか論理的な人らしい。
「将来、自分の働きたい職場がこっちにあればこっちに来るし、もっと遠く例えば外国だったとしても彼女なら行くと思う。ただ、生涯一緒にいたいとは思ってる。
 こっちに来て一緒に住む事ができれば1番理想出来だけど、自分が地元に帰ってもいいし。でも彼女の就職先に合わせたらまた叱られるんだろうし、自分に合わせる気なんてないだろうし、なる様にしかならないじゃん?
 それでも一緒にいたいと思うからどこかで妥協はしないとね」
 そう言って笑う。
「まだまだ若いんだから先のことなんてわからないし。でも彼女のことは一生大切にするって決めてるから」
 言ってから〈何か、ごめんな〉と言われたけれど聞こえなかったふりをした。

 別に謝られるようなことはないし、いつまでも腫れ物扱いもやめて欲しい。
 人の幸せは聞いてて心地良いし、人の幸せを妬むようにはなりたくない。
 羨ましく思う事と、妬ましく思う事は全然違う。

 賢志の話を聞くと純粋に〈羨ましい〉と思う。胡桃とパートナーさんの話を聞く時に思う気持ちと同じだ。

〈恋心〉は今でもよくわからないけれど、恋をしたくないわけじゃない。

 いつかまた芽生える事があるのだろうか…、そんなことを思いながらまだ続く賢志の彼女の話を楽しむのだった。
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