『空を見上げる日』
空を見上げる日――言葉をこえて
2019年春、私は和歌山の町工場「橘電装」で、ベトナム出身の技能実習生たちの日本語アドバイザーを始めた。最初の実習生ユイ・ヴァン・トゥアンは、翻訳アプリを手に、緊張した面持ちで私を迎えた。「こんばんは、ようこそ日本へ」――それがすべての始まりだった。
夕暮れの寮での日本語学習、「すみません」と「ごめんなさい」の違いに戸惑う瞳。彼らの疑問に丁寧に応えながら、私は“言葉の力”を再び信じるようになった。
実習生たちとの日常は、時に笑いを伴った。「喉の歯が痛い」と訴えるミン、「体に魚がいる」と言うトゥー。「ジャンプするおしっこ」と言ったフォンの顔を、私は忘れない。だが、笑いの陰に、遠くの家族への想いと、言葉にできぬ痛みもあった。実習中に父を亡くした青年に、私はただそばにいることしかできなかった。
彼らの三分の一はカトリック教徒。今福の教会での礼拝、バーベキュー、ベトナム語で祈る「主の祈り」。その響きに、私は教壇での日々を重ね、祈りの力をあらためて胸に刻んだ。
やがてはやり病が世界を覆う中、私は実習生たちに作文を勧めた。親への感謝、日本への想い、不安のなかの希望。ある青年は綴った。「お父さん、お母さん、ありがとうございます」――その一語に、どれほどの人生が込められていただろう。
夏の夕暮れ、土手に立ち空を見上げたユイは言った。「一人じゃないと思います」。私は静かにうなずいた。たとえ言葉は違っても、通じ合えるものがある。空の色に、それを見た。
今、私は思う。老教師の小さな再出発は、実習生たちの若き旅路と交差し、深いところで互いに響き合っている。“伝える”とは、心を差し出すこと。その尊さに、私は支えられている。
2019年春、私は和歌山の町工場「橘電装」で、ベトナム出身の技能実習生たちの日本語アドバイザーを始めた。最初の実習生ユイ・ヴァン・トゥアンは、翻訳アプリを手に、緊張した面持ちで私を迎えた。「こんばんは、ようこそ日本へ」――それがすべての始まりだった。
夕暮れの寮での日本語学習、「すみません」と「ごめんなさい」の違いに戸惑う瞳。彼らの疑問に丁寧に応えながら、私は“言葉の力”を再び信じるようになった。
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