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第12章 マムーチョ辺境侯爵領

第11話 お忍び?

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テンマがバッサンに到着したころ、役所の大広間では明日の式典の前夜祭が行われていた。

広い会場では立食形式の食事が用意され、その場で調理して料理を出す屋台のようなものまであった。

「あ、あのようなものまで食べるとは、やはり辺境ですな!」

グリード侯爵はカニを捌いている料理人を見て言った。

料理は帝国でも見たことや同じような料理をアレンジしたものもあるが、半分以上はこの地の料理や食材を知ってもらうためにも他では見ない料理が用意されていた。

美食家のグリード侯爵も最初は気になった料理もあったのだが、カニを見て見慣れない料理に手を出すのをやめたのである。

皇帝はローゼン帝国側のために用意されたテーブルについていた。立食と言っても所々では専用のテーブルも用意され、座って食べられるようになっている。皇帝の前には使用人が選んできた見覚えのある料理が並んでいた。

グリード侯爵は文句を言った後、オークチャーシューをフォークで刺して口に運んだ。彼は下味のついたただの肉だと思って食べたのだが、食べたことのない味に目を見開いてじっくりと味わい始めた。食べ終わると文句を言っていたとは思えないほどの勢いで、次々に用意された料理に手を付け始めた。

オークチャーシューには醤油が使われているのだが、今はまだエクス群島だけでしか作っていない。最近では需要が増えてきて、エクス群島に原料である大豆を運んで増産し始めているぐらいである。

他にもエクス群島固有の調味料や香辛料、ハーブ類なども広まり始めていた。ヴィンチザード王国で手に入るこれまで食材や調味料と考えられていないものまで料理に使われていた。

同じような料理が帝国にあったとしても、ヴィンチザード王国のほうが、すべてが洗練されていたのである。

「いやぁ~、驚くほど料理が美味しいですねぇ」

ノーマンが皇帝のいるテーブルに戻ってくると最初にそう話した。グリード侯爵は料理を食べながら無意識で頷いていた。

前夜祭が始まってすぐに、ヴィンチザード王国の国王やゴドウィン侯爵、それに主役ともいえるマムーチョ辺境侯爵のレイモンドが皇帝の所に挨拶にきた。
ローゼン帝国ではこのようなパーティーであれば、主役である皇帝に貴族が集まってくるのが普通だが、皇帝のいるテーブルにはヴィンチザード王国の人間は警戒しているのか誰も近づこうとしなかった。

グリード侯爵は最初の失敗もあり、ヴィンチザード王国の人間との交流をはかろうとはしなかった。唯一ノーマンだけが交流と情報収集をしていたのである。

皇帝はそんなノーマンの能力に驚いていた。
外交で彼が重宝されていると役人から報告はあった。しかし、他国に媚びていると不満を漏らす貴族も多いかった。
皇帝は先ほどから食事もとらずにノーマンの行動を観察していた。ノーマンは笑顔だが別に媚びているのではなく、交流を深めながらうまく情報収集をしていたのだ。

帝国国内でも同じように人心を掌握して情報を集める貴族や役人もいた。皇帝はそんな人材を優遇して統治を進めてきたのである。

そんなノーマンの姿を見て、世界の統一も外交次第で効率よくできるのではないかと、皇帝は考え始めたのである。
圧力外交や武力外交は世界統一のために短期的には早く進む。しかし、ひとたびヴィンチザード王国との敗戦のようなことがあれば、立て直すのに時間がかかる。

生きている間に世界をローゼン帝国として統一しようと考えていた皇帝だが、若返りポーションがどれくらい必要なのかと不安も感じていたのである。

「皇帝陛下、こちらの料理をお食べ下さい」

ノーマンはヴィンチザード王国の貴族から情報を集めながら、使用人に命じて料理を集めていた。その料理を皇帝に差し出すように使用人に命じたのである。

「そ、それは、あのゲテモノではないか!」

グリード侯爵は使用人が皇帝に食べやすいように取り分けて料理を差し出しているのを見て叫んだ。

差し出された料理は、カニの足を焼いて串にさしてある焼きガニのような料理であった。使用人は皿の上に串からカニの身だけを抜きとり、食べやすくしてから皇帝に差し出したのである。

皇帝はノーマンが真剣な表情をしているのを見て、黙ってカニの身をフォークに刺して食べる。一口食べただけで皇帝は驚きの表情を見せた。

「こちらに少し付けてお食べ下さい」

皇帝は黙って差し出されたスープのようなものに、フォークに刺したカニの身を少し付けて食べると、また驚きの表情を見せた。

「調理人の話では、それはカニ酢という調味料で、ショーユという調味料と柑橘系の果物の汁などを混ぜたものだそうです」

皇帝は話を聞いてさらに驚いた表情をした。そして何かを言おうとしたが、先にノーマンが話した。

「こちらもお食べ下さい。オークカツという料理になります」

ノーマンの言葉を聞き、皇帝は話すよりもその料理を見つめた。そして、同じようにオークカツにフォークを刺して食べ始めたのである。

皇帝はじっくりと味わうように目を閉じて料理を食べていた。そして食べ終わるとゆっくりと目を開け、ノーマンに問いかけた。

「勇者由来の料理や調味料じゃな?」

「はい、文献で読んだことのある料理ではないかと。他にも帝国より洗練された料理ばかりで、どれも未知の食材や調味料が使われています」

勇者と共に戦ったローゼン帝国は、勇者のもたらした料理や調味料の大半を、過去には秘蔵していた。しかし、何故か勇者と一緒に戦った皇帝が代替わりをしたときに、それらは全て消失していたのだ。文献ではその経緯や理由が残っていなかったが、ショーユやトンカツといったオーク料理についての文献が残っており、オークカツはまさしくトンカツと書かれた料理だと皇帝も気付いたのだ。

「やはり勇者の知識をヴィンチザード王国が独占しているのは間違いないな!」

皇帝は吐き捨てるように言ったが、ノーマンがそれを柔らかく否定する。

「独占というよりは、公開しているようです。オークカツのレシピも様々な調味料や香辛料の情報もヴィンチザード王国では手に入るようです。ショーユやミソといった調味料は製造方法を公開されていますが、製造は非常に困難で、専用の魔道具がないと簡単には作れないという話です。だから現状では黒耳長族がエクス群島で作っているだけだという話です」

「だが帝国の資産《もの》を勝手に広めるなど許されぬはずじゃ!」

皇帝の頭の中では勇者関連の知識は帝国の資産《もの》となっていた。しかし、それは違うのではとノーマンは思い始めていた。

「ですが料理のレシピや知識は、エクス群島の研修施設というところで料理人は学んだと言っていました。勇者と共に戦った英雄エクス殿の一族である黒耳長族から伝わったとなると……」

皇帝はノーマンの話を聞いて、呆然とした表情を見せた。

皇帝も馬鹿ではない。英雄エクスから伝わったとなると、ローゼン帝国の盟友という主張は黒耳長族にも言えることになる。しかし、それを理解したとしても、これまで自分達のものだと思っていたものが奪われたと感じているのであった。

それでも勇者関連の知識や資産を独占しようとすると、ハルやドラ美だけではなく黒耳長族もローゼン帝国の支配下にする必要がある。そしてその知識をすでに持っているはずの大賢者テックスも取り込まねばならないのだ。

情報が不足していて、唯一の情報源ともいえるヴィンチザード王国の反応を見れば、それが非常に困難である可能性が高い。

皇帝は先行きがあまりにも見通せず。これまで以上に困難な状況に落胆するしかなかった。

ローゼン帝国一行は食事に興味を示し始めたグリード侯爵に前夜祭のことは任せ、早々に前夜祭を抜けて迎賓館に戻ったのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


皇帝は応接間で今後のことを考えながらお茶を飲んでいた。それでも良い案が浮かばずに何度も大きな溜息を付いていた。

そこにノーマンが商人のような服装で応接間に入ってきた。

「私は街中に行って情報収集をしてまいります。ヴィンチザード王国やマムーチョ辺境侯爵のことを知るには、街中で情報収集するのが一番ですから」

彼はこれまでも留学や外交で他国に行ったときは街中で情報収集をしていた。町中に出ればその国のことはよく分かる。相手が隠そうとするようなことも見えてくるからだ。

皇帝はそれを聞いて若かりし頃の自分を思い出していた。帝国内の現状を把握するために皇帝も若い頃はお忍びで町中に行っていたのだ。落ち込んでいた気持ちが薄れ、浮き立つような気持になっていた。

「それなら儂も一緒に行こう!」

ノーマンは予想外の皇帝の反応に驚いた。

「えっ、いや、それはさすがに……」

「何を言う! 若い頃は儂もお忍びで街中に行ったのじゃ。慣れているから安心するがよい! ワハハハ」

焦るノーマンを気にせず皇帝はそこまで言うと着替えに部屋に向かってしまった。

ノーマンは混乱する頭で、国で聞いていたことを思い出していた。

皇帝が皇子だった頃にお忍びで街中に行ったことは聞いていた。しかし、揉め事を起こしては皇子であることを明かして、騒ぎを大きくしていたとも聞いていたのだ。

ノーマンは他国でそんなことはやめてほしいと思ったが、言い出したら止まらない皇帝の性格を思い出し、自分の迂闊な行動を反省するのであった。
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