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第一章

1-8 黒歴史の二つ名

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 彼女が選んだゲーム【蒼星のレガリア】は、フルダイブ型ゲームで知らない者が居ないほど有名になった【ロード・オブ・ファンタジア】と同じゲーム会社が開発した生活密着型MMORPGである。
 前作では乏しかった建築に力を入れており、マイホームを夢見る夫婦がイメージで自分の好きな家を創り上げて実際に数日過ごし、自分たちが満足いく家を建てたとネットニュースで話題になったほど、完成度が高い建築を構築することが出来るのだ。
 それこそ、玄関の扉だけでも素材からこだわりぬくことが出来て、木製、鉄製は勿論のこと、果ては現実にあり得ない伝説の鉱物や強化クリスタル製なども存在する。
 平和なエリアでは芸術性重視、魔物やプレイヤーから狙われる危険地帯は耐久度重視という建築をしているプレイヤーが多かった。

 戦闘は二の次三の次というプレイヤーが多い中、前世のユスティティアが操るメル・キュールは、少々プレイスタイルが特殊であった。
 そんな彼女は一部の人たちには名が知られており、それが原因で、ちょっとした事件から、とんでもない二つ名を与えられてしまったという黒歴史まで存在する。

「マスター、ダウンロードには、あと10分ほどかかりそうです」
「データが多いものね。でもまあ……折角の『storm』なのに、新しいゲームを探して購入することができないのは残念だわ」
「年末セールや季節ごとのセール時に、このフロアで知らない人たちが集まって、どのゲームがお買い得だと討論をしあう姿は……もう、見られないんですね」
「そうね……私一人のためには……なんの恩恵もないフロアになっちゃったわ」

 今は何もないガランとした空間が広がっているが、本来ならテーブルや椅子、雰囲気を楽しむためのドリンクや軽食などを扱う店も併設されていた。
 勿論、このロビーを経由せずに直接ゲームへアクセスできるが、何となく集まる。
 そんな、気軽に立ち寄れる憩いの場所であったのだ。
 それ全てが夢の跡だというように、綺麗さっぱり消えているのが哀愁を誘う。

「ログインしてまずは、ここにみんな来ていたのにな……」

 違うゲームをしていても顔見知りがいたり、今は遠く離れていた友人に出会うこともあった場所だけに、寂しさを覚えた彼女は少しだけ遠くを見つめる。
 もう、会うことの無い仲間達が脳裏を過り、ユスティティアは目を伏せた。

「でも、マスターが【蒼星のレガリア】を選ぶのは意外でした」

 そんな空気を変えるように、比較的明るい声で豆太郎が話し出す。
 
「どうして?」
「え……だって、マスター……『舞い降りる混沌』の称号を嫌がって……」
「あああぁぁぁぁぁっ……わ、忘れて、お豆さん、忘れて。それは忘れなさい!」
「無理です。データとしてシッカリ残ってます」
「何故それを残したあああぁぁぁっ!」

 彼女は絶叫する。
 彼女にとっての黒歴史を思い出してしまったからだ。
 問答無用で豆太郎のおなかに顔をうずめて顔をぐりぐりしはじめ、豆太郎はくすぐったくて笑い声を上げる平和な光景だが、彼女の内心は穏やかではない。

「うぅぅ……違うのよぉ……アレは不可抗力だったのよ……まさか……まさか、全員を攻撃対象にしてしまうなんて……」
「問答無用で瞬殺しちゃいましたよね」

 前世のユスティティアが操るメル・キュールは、様々な建築物を見学するのが好きだった。
 だからこそ、その建築を邪魔する人が許せず、素材収集をするキャラクターの用心棒みたいなことをしていたのだ。
 しかも、ガチ建築勢が多い中で戦闘をメインに活動しているため、ひっきりなしに仕事が入ってくるという状態であった。
 そのうち、素材集めをしているプレイヤーを狙うプレイヤーとも戦う事になり、どんどん実力を付け――ガチ建築勢は、一人の化け物を爆誕させてしまったのだ。

 彼らにとって、戦闘に必要なレシピやアイテムは価値がない。
 だが、護衛をしてくれるメル・キュールには必要だと、どんどん格安で流してくれるようになり、彼女の装備はとんでもないことになっていく。
 そこへ、本人もハマっていたため、課金アイテムで更に強化し――結果、襲いかかってきたPKプレイヤー・キラー集団を一人で返り討ちにしてしまったのである。
 しかも、その登場の仕方が素晴らしく、建物を飛び越えて天空から舞い降り、抜き放った武器で一掃した姿は神がかっていた。
 故に、敵や味方など関係無く、それを目撃した人たちからも称賛と畏怖の意味を込めて『舞い降りる混沌』と名付けられたのである。
 
「今でも、伝説として語り継がれているのでしょうか」
「もう忘れて欲しい……まさかのオートターゲット機能がついていたとは……あのレジェンド武器、絶対にヤバイ……」
「でも、あの武器はマスターの代名詞ですよね。【蒼き双銃シエル・レガリアント】は、マスターしか所持していませんでしたし」
「双銃は私だけだけど、他の武器にもマスターはいたわ。でも……あの武器は、みんなの想いが詰まっているから……ね」
「そうですね。みんなが部品を一つずつ出し合って、マスターにプレゼントしてくれたんですよね」
「うん……私の宝物だよ。残っていたら良いんだけど……難しいかなぁ」

 まだダウンロード中なので、確認は出来ないが、さすがにアイテムデータまで残っていないだろうと、半ば諦めている状態だ。
 思い入れが人一倍強かった武器なので、それがなくなるのは痛いし悲しいが、仕方が無いと彼女は嘆息した。

「マスター、ダウンロードが完了しました。起動しますか?」
「お願い。あ、引き続きナビゲーションは、お豆さんで設定しておいて」
「了解しました」

 ゲームを快適にプレイするためのナビゲーションシステムは、それぞれのゲームに存在する。
 しかし、そのナビゲーションをゲーム内AIナビにするのか、『storm』内AIナビにするかの選択権はプレイヤーに委ねられていた。
 基本的にどちらを選んでも、参照するデータが同じなので性能差は無い。
 だが、ユスティティアの【ゲームの加護】が作用しているからか、豆太郎の性能は格段に上がっているように見えた。
 より、人間に近づいていると言えばいいのだろうか。
 その証拠に、豆太郎との会話で疑問を覚えることが無く、此方のことをよく見て把握していると、ユスティティアは感じていた。
 
「ユーザーID照合完了。ゲームを起動します――起動成功、【蒼星のレガリア】を展開します」

 周囲の空気が変わった。
 ユスティティアが目を開くと、見慣れたUIユーザーインターフェースが目に入る。
 それまで単なる大自然としか捉えていなかった風景が、今では素材の宝庫に早変わりだ。
 石、枝、木、草……言われてみたら確かにそうだと思える表記であるが、これは全て、彼女のクラフト素材として有効な物であるから表示されている。
 しかも、淡く発光しているから間違いようもない。
 ご丁寧に、その物質に対する名称と説明も出てくるので、説明いらずである。

「なるほど……ゲーム画面と同じ感じになるのね」
「現在は【蒼星のレガリア】を起動しているのですから、適用されていても不思議では無いですよね」
「まあ……確かにそうかも? あ、そうだ、アイテムを預けている倉庫はどう?」
「中身を確認しましたが……全て消えていました」
「あ……やっぱり……かぁ」

 みんなとの思い出が残っている品々が全て消えているのは、正直に言えば痛い。
 素材などは今から集めれば良いが、思い出の品は、そういうわけにもいかないのだ。

「寂しいけど……仕方ないよね。別の世界で創られたデータなんだもん……」
「――あ、待ってくださいマスター! 課金、課金アイテムボックスにアイテムが残ってます!」
「はい?」
「現時点で確認出来るアイテムは、外見変更用の装備だけですが……どうやら、課金用拡張ボックスの方に、アイテムが幾つか残っているみたいです」
「ほ、本当にっ!?」
「課金用拡張ボックスの解放はLv20からなので、今は確認出来ませんが……」
「あ……そういう条件があったわ……そっかLv20……って、レベルッ!?」

 慌てながらも慣れたように指を走らせ、自分の状態を確認するウィンドウを開く。
 アイテム欄には何も無いし、本人のレベルも1になっている。
 レベル制で自分の強さを表記されているのも驚きだが、【ゲームの加護】が反映されていると考えれば数値化されていてもおかしくは無い。

「当然よね。私はメル・キュールではないんだし……」
「ということは……マスターは、これからレベル上げなんですね」

 それもまた楽しみだと笑っていたユスティティアは、自分のステータス欄も確認する。
 さすがは【ゲームの加護】だと感心していたのだが、そこに見慣れない単語があることに気づいた。

「なに……この『奉献ポイント』って……今のところ、-5998ポイントなんだけど……文字からして、献上しているってこと?」
「おそらく、『加護』を与えてくださった神様に捧げるポイントではないかと思います」
「マイナススタート……? え? 前の『加護』を所持している人たちの分も加算されているのっ!? しかも、マイナスって……ま、まあ……わからなくはないけど……マイナスって……」

 そこで彼女は考えた。
 この世界での【ゲームの加護】の影響力を――

「そっか……だから……【治癒の加護】みたいに、判りやすい『加護』が人気で力が強いんだ。単純明快で人からも判りやすく貢献できる力。もしかしたら、このポイントで神様が地上に干渉できる度合いが違うのかもね」
「ポイント……ですか」
「多分、私の『加護』が【ゲームの加護】だから数値化されているだけで、本来は判らないんだと思う。この『加護』を考えた神様も、こうなるとは考えていなかったんじゃ無いかな」
「どうしてですか? マスターみたいな人に【ゲームの加護】を与えていたのでは……?」
「違うんだと思う。まだ考えがまとまっていないけど……【ゲームの加護】って、言葉の通りの『加護』ではないと思うの」

 授かって使い始めてからユスティティアの中に生まれた疑問は、時間が経てば立つほど違和感を抱く物となった。

「神官達の解釈違いっていう言葉……まさにその通りだったのかも……」

 ユスティティアは自分の手のひらを見つめ、自らの内側にある力の意味を、今一度考える。
 その答えは、既に自分の中にある――と、ユスティティアは感じていた。

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