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第三章

3-16 ポジティブキングに刺さる言葉

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 ニャーナが説明をしようとしたタイミングで、にわかにギルドハウスの外が騒がしくなる。
 何事かと、ゴーリアトが何の気なしに扉の外を確認した。
 扉の外には、男が二人。
 いや、少し離れて従者らしき者もいた。
 どうやら、ギルドハウスの前で口論になったようだ。
 面倒ごとに巻き込まれる前に扉を閉めようとする彼の手を、いつの間にかやって来たキスケが止めた。

「ソータと……どうやら、件の貴族みたいだね」

 相手が誰であるか確認していなかったゴーリアトは、改めて二人を見る。
 一人はどこにでもいる青年というイメージを抱くソータ。
 そして、その胸ぐらを掴んでいるのは、先程帰ったとばかり思っていたサイサリス・メーラーと名乗っているランドールである。

「厄介だな」

 平民のソータが相手にして無事で済む相手ではない。
 しかし、彼は負けていなかった。
 胸ぐらを掴まれていても平然とした表情で、顔だけを二人へ向けて言い放つ。

「喜助さんは中へ入っていてください。こいつは俺が……」
「キスケ……? まさか……!」
「俺のハンター仲間で、竜円りゅうえん 喜助きすけさんだよ。俺たちの先生って、あんなに筋骨隆々だったか?」
「あの教師も鍛えていたが……あそこまでではないし、あんなに整った顔をしていないな……別人か」

 どうやら、ランドールはソータの言葉に納得したようだ。
 しかし、これに疑問を覚えたのはユスティティアであった。
 黙って二人を眺めるキスケへ視線を向けるが、その姿は学園の頃から変わっていない。
 強いて言うなら、仮面を外したことで、とんでもないイケメンだと知ったくらいの変化しかなかった。
 小首を傾げているユスティティアに気づいたキスケは、無言で戻ってくる。
 そして、頭を悩ませている問題を解決べく、彼女しか聞こえないような小さな声で種明かしをした。

「あの仮面には様々な効果があってね。簡単に言うと、俺だと判らないように幻術っぽいものがかけられているんだ。ただ、キミにはあまり効果がなかったようだけどね」
「なるほど……私だけ、先生は先生として見えていたわけですね」
「そういうこと。人によっては別人に見えていたはずだ。彼はどうやら、術がかかりすぎたようだけど……」

 元々、王族には絶対に認識できないよう、特別指定で強い効果が得られる細工を施していた。
 王族に会うときは絶対にあの仮面をつけていたのだから、彼らが今のキスケを見て別人だと認識しても、なんらおかしくはない。
 ただ……その細工が人間にできるのかと問われたら、また別だ。
 それこそ、おおっぴらには言えない力が影響する仮面なので、デザインはアレだが重宝していたのである。
 しかし、そこまで詳しく語る気は無いのだろう。
 納得して頷くユスティティアに微笑み返す。

「マジで勘弁してくれよ……お前よりも怖い人がいるんだから、大人しくしておいた方が身のためだぞ?」
「ただ会わせてくれと言っているだけなのに、何故頑なに拒否するのだ!」
「お前だからダメだって言ってんだよ!」
「問題などないだろう」
「大ありだから嫌だって拒否してんだろっ!? 理解しろよ」
「お前……元クラスメイトだからと思って大目に見ていたが……私に向かってそんな口をきいてもいいのか?」
「どうとでも言えよ。俺はもうこの国の人間じゃ無いから、あまり意味ないと思うけど?」
「は?」

 意外な言葉にランドールは驚きを隠せなかったようだ。
 理解が追いつかずにたじろいでいる。

「卒業して……まだそれほど経っていないのに……?」
「それくらい『加護』ってのは、色々と人生を変えるんだよ。お前が一番良く判っているはずだろ? あの方と婚約破棄をしたばかりか、身勝手に追い出したんだからさ」

 ユスティティアには聞かせたくないのだろう。
 ソータはできるだけ小さな声で、呟くように話している。
 耳の良いキスケには話の内容が筒抜けだが、ユスティティアは心配そうにソータのいる方を見ているだけで、特に反応は無い。
 さすがに痛いところを突かれたのか、ランドールが急に大人しくなった。
 ようやく諦めたか……と、ソータが胸をなで下ろしたタイミングを見計らい、ランドールはソータにタックルを食らわせるようにして、無理矢理ギルドハウスの中へ入ってくる。
 これには、中に居た全員――いや、彼の従者達も驚いた。
 慌てて全員がギルドハウスの中へ入り、扉がバタリと閉められる。
 一連の騒動を見ていた町の人たちは「触らぬ神にたたり無し」といった様子で、何事も無かったように平常に戻った。
 しかし、ギルドハウスの中は、そうもいかない。

「えらく強引だな……何考えてんだよ」
「お前が会わせてくれないのなら、無理矢理でも会うまでだ」
「女が絡むとコレだ……もっと違う方向にその努力と根性を向けられないのか?」

 ソータの辛辣な言葉にランドールはムッとした様子を見せるが、後ろの従者たちは言葉も無く何度も頷く。
 それが見えていないランドールは、文句を言おうと口を開き――見事に固まった。
 彼の視線の先に何があるのか、聞かなくても判ったソータは「あちゃー」と呟き、額を左手で押さえる。
 同時に感じる黒いオーラ……破滅を呼ぶ混沌のようにも感じられるソレは、ソータに絶望を与えた。

(だーかーらー、厄介な人が居るって言ったのに! 先生……自覚してからのほうが厄介なんだから、刺激するなよな!)

 今までは完全に保護者ムーブだったキスケであるが、最近は、時々男の顔が見え隠れするようになったのだ。
 幸いなことに、親しい人が見れば何となくわかる程度でしかない変化だ。
 竜人族に詳しいモルトが言うには、穏やかで理性的に加え、人間に近い感覚を持っていて、竜人族の男性では極めて珍しいタイプとのことである。
 しかし、だからといって、絶対に安全安心な相手でもない。
 怒らせれば国一つ滅ぼすなどワケないのだ。

「オイ、お前……もういいから、帰れ……」
「なんと美しい人だ!」
「始まった……」

 ランドールの病気――と、心の中でソータは呟く。
 学園でも、こういう姿を幾度となく見た事があった彼は、口説き文句もワンパターンなランドールに辟易する。

「こんな美しい人が、この世界にいたとは……私はどれほどの時間を無駄にしてきたのだろう。全ては貴女に出会うための試練! その試練の先に辿り着いた美しき貴女は、我が国の至宝!」

 キスケもこの言葉は何度か耳にしていたのだろう。
 怒るより先に呆れたのか、軽く首を左右に振っている。

「バリエーション少な……口説き文句を一つしか知らないんだな……」

 ソータの呟きは、ランドールの女性を讃える声にかき消され、言われている本人はと言えば、薄気味悪そうに相手を見て若干……いや、かなり引き気味だ。
 完全に一人の世界に入っているランドールは、ソータを押しのけ、ユスティティアへ向かって手を伸ばす。
 その手を握り、なおも熱く語る。

「私はこれほどまでに美しい女性に、これまで出会ったことが無い。これはまさしく運命! 滑らかな肌、艶やかな髪、神秘的な瞳――全てが芸術品のようだ!」

 いつもの口説き文句であるからか、口は滑らかに動き、言葉を紡ぐ。

(ピッタリと貼り付いた衣類で体のラインがわかるが……あの胸の大きさは奇跡の代物! 最高級の大きさと形を誇る宝玉が二つ……是非とも我が物としたい!)

 口で述べている言葉とは違い、頭の中の下品な煩悩を聞く者がいたら、彼は間違いなくこの場で命を失っていただろう。
 下心満載の彼は、自分の世界に酔いしれ、全く周囲が見えていない。
 まあ――彼女の手に狙いすまして手を伸ばした瞬間から、目を閉じているのだから当たり前だ。
 だからこそ、彼は気づかなかった。
 周囲の微妙な反応と空気感に――。

「あのさ……」

 たまらず口を開いたのはキスケだった。
 殺気をみなぎらせていると思いきや、彼は呆れて毒気すら抜かれてしまったのか、言葉に力が無い。
 それでは大した妨害にもならず、ランドールの言葉は続く。

「この手も素晴らしくすべすべ……ん? いや、ゴツゴツして大きいな。しかし、ハンターをしているのなら、それも致し方ないはず!」

 ベダベタと撫で回す手の大きさとゴツゴツとした感触に、彼は一瞬首を傾げるが、ポジティブに『ハンターだから仕方が無い』と考えて納得したように手の甲へ口づけようとした瞬間、ゴリッと額に硬い物が押し当てられる。

「誰の手を握っているの? いいかげん……離してくれない?」

 その場に怒りが満ちていた。
 周囲の気温を一気に下げるような、硬くて冷たい女性の声――。
 さすがに驚いたランドールは目を開いた。
 そして、自分の額に押し当てられている物を見る。
 ランドールには、ソレが何か判らなかったようだが、紛れもなくユスティティアの愛銃である【蒼き双銃シエル・レガリアント】だ。
 彼女は怒りの青い炎を燃え上がらせた瞳でランドールを睨み付けている。
 そんな姿も美しいと悦に浸っていた彼だったが、彼女の立ち位置がおかしいことに気づいた。
 握っている手の角度から考えて、横にずれているのだ。

(あれ? じゃあ……この手は……?)

 視線を辿り、自分が握っている手の持ち主を見ると、呆れた表情のキスケと視線がぶつかる。
 そう。今までユスティティア――いや、メル・キュールだと思って握っていたのに、その手の主は、二人の間に割って入っていたキスケの物だったのだ。
 あのタイミングで割って入る事が出来るスピードを持つ人がいるなど、全く考えてもいなかったのだろう。
 せめて、手を握った相手を確認していれば、こんな事故は防げたのだが――後の祭りである。
 その結果、キスケではなくユスティティアを怒らせてしまったのだから、目も当てられない。

「私が引き金を引かないうちに……手・を・離・せ」
「あ……は、はい……」

 ドスのきいたユスティティアの声に気圧され、ランドールは急いでキスケの手を解放した。
 ヤレヤレと、怒るタイミングを完全に失って溜め息をつくキスケは、手をぷらぷらさせていたのだが、その手を恭しくユスティティアが両手で包み込んだ。
 いつの間にやら、【蒼き双銃シエル・レガリアント】も消えている。
 さすがに驚いたキスケは、彼女に声をかけた。

「え? どうかしたのかい?」

 先程までの怒りはどこへやら、泣き出しそうになりながら、ユスティティアはキスケの手を握り、必死に擦る。

「うぅ……あんな変態に私の先生の手が穢された……」
「い、いや……それは語弊があるよ?」

 すかさず突っ込むキスケの言葉を無視して、ユスティティアは彼の手の隅々まで擦り続け、その様子に豆太郎とロワが呆れていたが、彼女には知ったことでは無いようだ。
 よほど嫌だったのだろう。
 目尻に涙が浮かんでいる。

「私が汚れを祓って消毒してあげますからね!」
「う……うん……まあ、それで気が済むなら……いいかな?」

 あまりにも必死に訴えかけられ、基本的にユスティティアに甘い彼は、それを承諾してしまう。
 ソータはキスケが怒るより先にユスティティアが怒ったことにも驚いたが、先程まで感じていたキスケの黒いオーラが微塵も感じられなくなっている事にも驚いた。

(さすがはユスティティア様……先生の扱いはお手の物だなぁ)

 無意識にしろ何にしろ、キスケの暴走を未然に防ぐ彼女は貴重な存在だ。
 この世界を破滅させると言われる【龍爪花の門リコリス・ゲート】から現れる異界の魔物と渡り合ってきた猛者を、目尻に浮かぶ涙だけで黙らせるのだから恐ろしい。

「絶対に許さないわ。まさかの先生狙いだなんて……先生は私が守る!」
「ち、違う! それは大いなる誤解で、私は貴女の手だと思って――」

 二人がとんでもない発言をしたため、場が凍り付く。
 どちらの言葉に突っ込めば良いのだろうと真剣に考えていたキスケの手を離したユスティティアは、無言で彼の背中へ隠れる。
 全員が見守る中。彼女はキスケの腰に抱きつきながらヒョッコリ顔を覗かせたかと思いきや、その可愛らしい顔を顰めた。

「本気でキモい」

 彼女の可憐な唇から零れ落ちる辛らつな言葉。
 さすがのポジティブキングなランドールも、彼女のストレートすぎる言葉を良い方向へねじ曲げる事ができなかったようで、あえなく撃沈する。
 むしろ、今まで女性から辛らつな言葉など投げかけられたことなど無かったのだろう。
 彼は頭の中に反芻する『キモい』という言葉にショックを隠しきれない様子だ。
 打ちひしがれたように床に跪くランドールと、キスケの腰にしがみついたまま冷たい視線を投げかけるユスティティア。
 この二人が少し前は、この国の未来を担う婚約者同士だったと誰が思うだろう。
 その真実を知るキスケとソータは互いに視線を交え、深く……それは深く溜め息をつくのであった。


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