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第十章 森の泉に住まう者

10-33 食卓を囲んで食べましょう

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 キャットシー族が総出でお手伝いをしてくれたのだが、テーブルと椅子のセッティングには苦労しているようであった。
 何せ、年老いたキャットシーと幼い子が多いのだ。
 年配の方々はまだ良いのだが、小さい子たちは大人しく椅子に座っていることが難しい。 母親が面倒を見ているようだが、兄弟姉妹が多いために手が回らないようで、一同揃って頭を悩ませていた。
 そこに、各所に連絡を終えて戻ってきたリュート様が「どうした?」と声をかけてくれたのである。
 小さい子供達が椅子に座っている間、落ちたりしないか心配して面倒をみている親が大変なのだと説明すると、彼は一つ頷いてから辺りを見渡した。
 それから、比較的平らな地面を探しているようで、聖泉の女神ディードリンテ様に手を加えても良いかと尋ねるのだが、彼女は少しだけ困ったような様子を見せた。

「ディードリンテ……貴女は結界を維持できるだけの力がもう残っていないし、俺がここに居る間は代わって上げるヨ」
「しかし……」
「ルナちゃんが料理をしてくれるカラ、力が有り余っているんだよネ」

 そう言った時空神様は、聖泉の女神ディードリンテ様が張っている結界の更に広範囲をカバーするような結界を敷設する。
 何と言うか……視覚で違いがわかるほど、厚みも輝きも違うのだ。
 そう簡単に突破できそうにない結界を目の当たりにした彼女は、頭を垂れて時空神様に結界の維持をお願いした。

「んじゃあ、この辺りを平らにしてもいいか?」
「大丈夫ダヨ。細かく聞きたい時は、ルナちゃんに範囲を聞けば良いカナ」
「あ、はい、えーっと……この辺りまで大丈夫ですー!」

 結界のギリギリの範囲まで歩いて移動して手を上げる。
 すると、彼はわかったと頷いて私以外の全員に下がるよう言い、魔法を発動させた。
 私を綺麗に避けたのは風魔法なのだろうか、草を綺麗に刈り取ってしまう。
 それから土魔法が発動したと同時にモコモコと大地が動き、職人が整地でもしたように平らになっていく。
 整地された場所を見てみると、でこぼこした石なども見当たらず、裸足で歩いても怪我をしないような出来映えだ。
 リュート様って、魔法の力で何でもやってのけていませんかっ!?

「地属性を極めた魔術師でも、ここまでやるには時間がかかるのにネ」

 とんでもないなぁと呆れた様子を見せる時空神様に、聖泉の女神ディードリンテ様も苦笑を浮かべて頷いていた。
 二神の様子から察するに、とんでもないレベルのことを短時間でやってのけているのだろう。
 おそらく、リュート様の頭の中には完成形があって、それを目指して必要な工程を組み立てているのではないだろうか。
 彼の頭の中にある完成形は、ほぼ日本で見てきた物ばかりなのだから、自ずとクオリティーも高い物になってしまうという話だ。

「さて、ここにコレを敷いて、テーブルはこの高さでいいか」

 準備が終わったとばかりに手をパンパンと払ったリュート様は、続いてアイテムボックスから大きな敷物を取り出した。
 ヤンさんはリュート様が手に持っている敷物を見て自分がやることを察したのか、敷物を広げた彼が次に出し始めた座卓や座椅子を運んで並べ始める。

「え、えっと……リュート様?」
「ヤンはいつものだから勝手がわかるだろう? 他のも頼む」
「わかりました」

 座椅子を設置し、敷物に隣接した場所に厚みのある板を置いているのだが、動きに迷いが無い。

「騎士科に居た頃から使っているんだが、ちょっと休憩する時に出していたんだ。小麦のわらで編んだ敷物だから、足を怪我することも無いし、洗浄石で綺麗にしているから寝そべっても問題ない。これなら、子供が椅子から落ちないか心配する必要もないだろう? まあ、子供用の椅子を用意できれば良かったんだが、そういう物は持って無くてさ……」

 さすがに考えていなかった……と、リュート様は少し落ち込んだように肩を落とす。

「い、いえ、リュート様は子供がいないのですし、チェリシュはお利口さんなので、ずっと椅子に座っていても平気ですもの。そういう場面に遭遇しなかっただけで、リュート様の落ち度ではございません!」

 これを落ち度だというのなら、彼は完璧主義が過ぎる。

「グーちゃんの時に作った椅子は……無理……なの?」
「あー、アレはグレンタールが協力してくれているから出来たことだしな。無機質な椅子に施すのは難しいんだ」
「なかなか大変……なの」

 確かに、グレンタールに騎乗したときには落ちないようにシートが変形したが、アレはグレンタールの力によるところが大きい。
 今回、訓練と言うこともありお留守番なのだが、この光景を見たら、子供好きのグレンタールは遊べなかったことを嘆くことだろう。

「地面に座るの……ですか?」

 戸惑いに満ちた聖泉の女神ディードリンテ様の目の前を横切った時空神様は、もう座って良いのかと尋ねてくる。
 リュート様が頷くのを見て、もう我慢できないといった様子で別途準備していた板の上で靴を脱ぐ。
 すぐさまヤンさんが洗浄石で足を綺麗にしてくれたので礼を言い、慣れた様子で敷物の上を歩く。
 そして、座椅子に座る事無く、余っているスペースにゴロリと寝転がったのだ。
 時空神様……見事な大の字ですね。

「はー……やっぱりイイネ……この感覚! 畳じゃないのが惜しいくらいダヨ」
「もうちょい厚みを持たせた方が良いか」
「いや、地面が良い感じに柔らかいから、すごくイイ!」
「そりゃ良かった」

 時空神様の姿を見た幼子達は、顔を見合わせ期待に満ちた瞳をヤンさんへ向ける。
 入って良いのかとそわそわしている子供達へ、リュート様が声をかけた。

「板の間で靴を脱いで、ヤンが洗浄石を使ってくれるから、足を綺麗にしたら上がって良いぞ。ただし、暴れるなよ?」
「はーい!」
「やったー! いこう、いこうー!」
「おにーたん、はあくー」

 一気に小さい子達に囲まれたヤンさんは、慌てながらもなんとか対処しているようだ。
 しかし……時空神様は、慣れていますね。
 もしかしたら、うちの実家の和室でも、こうやって寛いでいるのかもしれない。
 客室が和室なので、あり得る話だと苦笑してしまった。

「地べたに座る敷物……なるほどのぅ、昔はこうして生活していたと聞いたことがあるが……なかなか良いものですにゃぁ」

 長老も気に入ったようで、座椅子に深く腰掛けてほぅと息をついている。
 他のキャットシー族や聖泉の女神ディードリンテ様も、ぎこちなくではあるが、それぞれの席に着いたようだ。
 子供達には高さが足りないので、リュート様は更にクッションを出している。
 彼のアイテムボックスの中身を本格的に確認したくなったが、見たら最後、膨大なアイテム数に眩暈を起こしてしまいそうな気がする。
 さて、私は……と、皆で作ったプリンを運び始める。
 リュート様やヤンさんも手伝ってくれたので、瞬く間に長方形の大きな座卓にはプリンとコーヒーが並べられていく。
 色とりどりのプリンは見た目も鮮やかであったため、興味を引かれたキャットシー族たちは身を乗り出して観察しているようだ。

「これが、ラエラエの卵で出来ているにゃ……」
「フルーツも色とりどりですにゃぁ」
「見ていてワクワクする料理とは……初めての体験ですにゃ!」
「クリームは見たことがないくらい滑らかですにゃ……技術力の差ですかにゃ?」

 料理をしているキャットシーらしい目線からの意見もあり、少し嬉しくなってしまう。
 やはり、料理が出来る人たちの意見は貴重なので、気になるところがあれば、もっと言って欲しいくらいだ。
 それが改善にも繋がるのだから――

「可愛いですにゃー!」
「食べるのが勿体ないですにゃぁんっ」

 小さな子供の面倒を見ながら声を上げる若いお母さんキャットシーは、クリームの真白もどきと、器の真白もどきに夢中だ。
 やはり、可愛い物が好きな人には刺さる仕様であったらしい。
 私とリュート様は顔を見合わせて笑い合ってしまった。

「しかし、これがプリン……ですにゃ? 知っているプリンとは違う気がしますにゃぁ」
「プリンは、火の通し方や卵の分量や手の加え方で食感が変わってきます。今回は、蒸し焼きとオーブン焼きと保温……いえ、どちらかと言えば低温調理ですね。その三種類の方法で火を通しました」
「て、低温……調理? 蒸し焼き?」

 ヤンさんが驚いたように此方を見て首を傾げる中、左右のキャットシーたちも同じように首を傾げていた。
 低温調理は想定内ですが――リュート様がスチーマーを作った時に感じていたが、やはり、蒸し焼きも一般的では無いらしい。

「はい。低い温度で時間をかけて火を通していく手法と、湯を沸かしたときに出る湯気で火を通す手法です」
「……そ、そんな手法があるのですにゃぁ」

 卵の器が蒸しプリン。
 プリンデコレーションケーキが低温調理。
 プリン・ア・ラ・モードが焼きプリン。
 目の前にあるプリンを早速食べようとしたリュート様たちを遮るように、彼の隣に座っている私へキャットシー族の大人達が質問をしはじめる。
 その勢いが凄かったので、さすがのリュート様ものけぞるように引いて私を見た。
 これは説明を聞いて納得するまで興奮が冷めやらないのだろうと判断し、各プリンの簡単な調理手順を説明する。
 私の説明を聞き、それほど難しく無い工程であるのに何故? と首を傾げていた大人達に、どうしたら良いのだろうかと考えていたら、「食べたらわかることもあるヨ」という時空神様の助け船が入った。
 それもそうかと一旦落ち着いた大人達にホッとして、リュート様や時空神様たちと共にプリンを食べようかと笑い合う。
 先ずは、それぞれの手元にあった真白に似せて作った卵の器を手に取った。

「こ、これはどう食べたら……」
「あー、これは、こうやって食べるんだ」

 キャットシー族の長老の言葉に、リュート様が手本を見せるように真白に似せた卵型の器を手に取る。
 そして……いわゆる、真白の頭をスプーンの裏面でコンッとたたき割ると、指でつまんで殻を取り除いた。

「無慈悲!」

 まあ、そうなりますよね……黙っているはずがありませんよね……と、私たちは苦笑を浮かべてしまう。
 リュート様に「酷いー! 可愛い真白ちゃんの分身がー!」とぴーぴー文句を言い出す真白をリュート様は慣れた様子であしらった。

「うるせーよ。こうやって割らないと食べられねーだろ」
「殻は入りませんか?」
「ああ、ラエラエの卵が飛び散らないのは、卵を割っているのを見たらわかったからさ」

 そういえば、奇妙なくらい綺麗にパックリと割れていたように思う。
 細かい殻が入らないか気にする必要も無かった。
 さすがはリュート様……ちゃんと見ているのだなぁと感心してしまう。
 リュート様の食べ方を見て学んだ一同は卵の殻を割り、木製のスプーンでひと掬い。
 ぴーぴー文句を言っている真白のプリンの殻も割っていたリュート様は、真白を宥めながらスプーンに掬ったプリンを見せて「食べないのか?」と尋ねる。
 食べさせて貰えることを瞬時に理解した真白は、文句を言っていたことも忘れて、リュート様のスプーンにあるプリンを嬉しそうについばんだ。

「真白は困った子ですねぇ」
「ん? ルナも?」
「いいえ! わ、私は自分で食べられますから!」
「はいはい、ルナちゃんも食べようネ」

 いつの間にか私のプリンを食べられるようにした時空神様が、問答無用でプリンを掬ったスプーンを私の口へ放り込む。
 ベオルフ様がしそうなことを……と考えてジトリと見つめる。

「ベオルフの代わりにしてあげたんダヨ」

 ニッコリ笑われたのだが、そう言われたら反論が出来ない。
 確かに、彼ならやるだろう。
 文句を言えば、器を手に持ち次のプリンを放り込めるようにスタンバイするに違いない。
 それを時空神様がやろうとしているのであればマズイと、私は一口目をまともに味わえないままに飲み込み、自分の分を死守することにした。
 自分のペースで食べたいですもの!
 ベオルフ様はそのペースも把握しておりますが、時空神様は自分のペースでやりそうというか……面白がりそうなので危険です。
 それよりも真白に食べさせているリュート様が食べられないので、私がフォローしなくては!
 そう考えていたのに、既に愛娘であるチェリシュが「あーんなの!」と、フォローに回っていた。
 さ……さすがはリュート様の愛娘。
 賑やかに食べている私たちとは違い、周囲が妙に静かであることに気づいて、私は動きを止める。
 よくよく見てみると、キャットシー族の大人達はプリンを口の中に入れ、誰もが押し黙っていた。
 あ、あの……リアクションが無いのは怖いのですがっ!?

「もう口の中に無いにゃ……」
「口に入れた瞬間、ぷるんとしてふわっと……したにゃ?」
「知っているプリンと違う……にゃ?」

 大人達がざわめく中、子供達は素直に「おいしー!」「あまーい」と素直な感想を伝えてくれる。
 こういう言葉が素直に心に響いて嬉しい。

「蒸しプリンはプルンッとして旨いなぁ……しかも、ルナが作るプリンはキメが細かくてざらついた食感が無いから、舌に引っかかることもねーな」

 そんな中、やはり一番嬉しいのは、リュート様の言葉で――ご満足いただけているようで、良かった!

「裏ごしをシッカリしておりますから」
「このカラメルも絶妙ダネ。甘みと苦みのバランスが良いヨ」
「良かった……リュート様は、もう少し苦いほうが、お好みですか?」
「んー、確かにそうかも?」
「だと思いました。今度リュート様の分を作るときは、カラメルに気をつけますね」
「いや、手間がかかるだろう?」
「何をおっしゃいますか。リュート様が美味しく食べてくださるのが、私には一番なのですから」
「ルナ……サンキューな」

 滲むような幸せを醸し出す笑みを浮かべるリュート様に満足して、えへへと笑う。
 やはり、リュート様はもう少しビターな感じが好きだったのだと、自分の予想が正しかったことが嬉しい。

「もっと……にがにが……なの?」
「ええ、これも火の通し加減で甘みと苦みのバランスが変化します。チェリシュにはちょっと苦かったですか?」
「丁度良かったの! チェリシュも『にがにがさん』がわかるお年頃なの」
「真白ちゃんもわかっちゃったもんねー!」

 それは良かったとチェリシュと真白の頭を撫でる。
 おそらく、今度リュート様の為に作るだろう苦みのあるプリンを口にしそうなお子様組を、どうやって止めようか――今からそんなことを考えて、少し悩んでしまうのであった。

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