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第十一章 命を背負う覚悟

11-3 お帰りなさい

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「はい、こういうときはダイナスさんが責任を持って報告してくださいね」
「は、はい!」

 私はニッコリ笑っただけなのに、何故数歩下がるのだろう。
 解せぬ……と考えていたら、恐る恐るといった様子でダイナスさんは口を開いた。

「えーと……リュート様がすごくお怒りモードで……気を静めるため、外に居るようです」
「お怒りモード? リュート様が?」

 リュート様が引きずるような怒り方をしたところを、今までに見たことがない。
 それは、リュート様が本気で怒っていないからだと考えている。
 真白とのやり取りを見ていてわかることだが、怒ったフリはするが本気であったことは無い。
 いや、陰険教師や恋の女神様のように、誰かを傷つけるような行動や発言をする人に対しては、厳しかったか……と思い出す。
 つまり……そういう類いのことをした人が現れたと言うことなのだろう。

「魔法科の連中が、リュート様にいらないことをして、此方へ移動する妨害をしたんです。それでリュート様が珍しくキレちゃって……」
「俺たちもわかるんですよね……リュート様が言いたいこと……」
「いや、アレは普通にキレて当然だろ」

 ダイナスさんが報告してくれたことを皮切りに、他の元クラスメイトたちも次々に何があったか話してくれた。
 どうやら、急いで移動する重要性がわからなかった魔法科の一部がリュート様に食ってかかったらしく、最初は丁寧に対応していたのだが、彼らの全体を巻き込む危険性がある反発に耐えかねて激しい口論になったそうだ。
 その後、出発が大幅に遅れた事もあり、ラミアの襲撃を受けることになったため、全力で応戦していたのに、不用意な魔法の使用で味方に怪我人を出すところであったが、何とか無事に切り抜けた――という話である。
 話を聞き終えた私は、眩暈を覚えてしまった。
 リュート様は、どんな気持ちでその場を治めようとしたのだろう。
 彼は行き場の無い怒りを抱えて、それでも全員の安全を確保するために耐え、必死に守りながら帰ってきてくれたのだ。
 彼は今……独りで様々な気持ちを抱えている。
 怒り、哀しみ、呆れ……そういった負の感情だ。
 彼を一人にしてはいけない。
 そう感じた私は、躊躇うことなくイルカムに触れてリュート様へ通信をつなげた。
 いま彼に何が必要なのか、そんなことを考えながら……

『ルナ? 何かあったのか?』

 平静を装っているが、若干声のトーンが違う。
 いつものリュート様では無い。
 本当に困った人だ……そう思いながら、私は口を開いた。

「はい、とても困ったことが起きました」
『なんだ? まさか……魔法科の連中がまた……』
「いいえ、そちらはアクセン先生をはじめとした教師陣が対応してくださっているので、何ら問題はございません」
『え……あ、そう?』
「とーっても、問題なのは……帰ってこないのです」
『……帰ってこない?』
「一番顔を見たい人が帰ってこないのです。無事だと確認したいのに居ないのです。早く帰ってくると約束した人が……目の前にいないのです。これは大問題です」
『……ルナ』

 私の言葉を聞いたリュート様の声が揺れる。
 一人で抱えようとしていた感情が、揺れ動いている証拠だ。
 もう……一人で抱え込むなんて水くさいことを言わないでください。
 私が隣にいるのですから――

「何があったか聞きました。リュート様が怒って当然です。ですが、怒っている姿を見せたくないと、私から遠ざかるのは話が違います。これからも、そうやって笑っている姿しか見せたくないとおっしゃるつもりですか?」
『……いや、でも……困るだろ?』
「一人で抱えているリュート様のそばにいられない事のほうが困ります。もし、私が怒っているからとリュート様から離れたら、どう思われますか?」
『困る……そんな寂しいことは言わないで欲しい……』
「同じです。私も、同じなのです」
『…………』

 長い沈黙が流れる。
 自分に当てはめて考えてみて、矛盾しているのだと気づいたのだろう。

「リュート様が我慢強いのは知っています。だからといって、一人で抱えるのは違います。これまでそうしてきたかもしれませんが、今は私がいます。チェリシュも真白も心配していますし、元クラスメイトの方々も心配してソワソワしっぱなしです。子供達も帰りを待っているのですよ?」
『子供達……?』
「リュート様に見せたい物があるそうです。ですから、戻ってきてください。笑顔でなくてもいいのです。無事な姿を見せて、安心させてください」
『……わかった』

 その通話が終わってすぐ、風を切るような音がした。
 ガサリと葉が音を立て、次の瞬間には私の少し前にリュート様が着地する。
 全身の武装は解いていないのか、顔はアイギスに覆われたままで表情を見ることは出来ない。
 その場から、どうしたら良いのかわからずに戸惑っている彼――本当に困った人だと苦笑しながら、えいっ! と、ばかりに抱きついた。

「お帰りなさいませ、リュート様!」
「リュー、遅い……なの!」
「真白ちゃんも待ってたのに、寄り道なんてひどーい!」

 一気に賑やかになった周囲に驚き、リュート様は固まっているようだ。
 全く……目を離すとすぐに傷ついて帰ってくる……心配で仕方が無い。
 こんなに優しい人を怒らせて傷つけるなんて、言語道断だ。

「この鎧は抱きついたら痛いだろう? 少し離れた方が良い」
「きーこーえーまーせーんー」
「ルナ……」
「リュート、特別に嫌なヤツの名前を真白ちゃんに教えていいよー! 黒焦げにしてくるからねー!」
「ヤメロ。お前のは冗談に聞こえねーから」
「ヤダなー、本気だよ!」
「一生教えねー」
「ケチー!」

 ぎゃーぎゃー文句を言っている真白と一緒になって、チェリシュまで「チェリシュに教えていいよーなの!」と言い出す始末である。
 この子達は……と苦笑していたら、リュート様から微かな笑い声が漏れた。
 それでも、頑なにフルフェイスの装備を解除しない。

「リュート様、往生際が悪いですよ? 観念して解除してください」
「あー……でも……」
「リュート様? お帰りなさいができませんから……ね?」
「ん? どういう意味だ?」
「解除したら、教えてさしあげます」

 私の言葉で渋々装備を解除したリュート様は、何とも言えない複雑な表情をしていた。
 奥底にくすぶっている怒りと、哀しみ。
 そして、私たちに感じる様々な感情――
 それを、出来ることなら隠して欲しくは無い。

「はい、チェリシュ、真白、お帰りなさいをしましょうね」
「あいっ!」
「はーい!」

 周囲の目は気になるが、そんなことは言っていられない。
 少しだけ戸惑った私の行動から全てを察してか、聖泉の女神ディードリンテ様が水の膜でカーテンを作ってくれた。
 これなら、中の様子がハッキリとは見えないだろう。
 心の中で聖泉の女神ディードリンテ様にお礼を言いつつ、私はリュート様の首筋に腕を回す。
 頭上の真白と私の背中に移動していたチェリシュとともに、私たちは一斉に抱きついた。
 そして、彼の心の傷が少しでも癒えるように願いを込めて、強ばっている頬に口づけたのである。
 私は右、チェリシュが左、私の頭に乗っている真白は額に――
 私たちがバランスを崩さないように腕を回してくれていたリュート様は、放心状態で此方を見ている。
 沈黙が続き、少し大胆だったかな……と、考えながらも「元気が出ましたか?」と耳元で囁いた瞬間、彼は真っ赤になってしまった。
 それは、物の見事な赤に此方の方が驚いてしまう。

「あー! リューが……」
「ベリリなのー! だよねー!」
「そうなの! ベリリなのー!」

 チェリシュと真白の声が筒抜けなので、大体を察したのだろう、水のカーテンからうっすらと見える元クラスメイトたちが動き出し、周囲の人々を遠ざけるようにバリケードを作り始めた。
 こういう時の動きは超一流である。
 本当に、リュート様の事が好きなんだなぁ……と考えていたら、肩に重みがかかった。
 チェリシュはいつの間にか彼の背中に移動しており、満足げに笑っている。
 つまり……それが間近で見える状態であると言うことは、リュート様が私の肩に頭を預けたのだろうと察することが出来た。

「本当にルナってさ……すげーよな」
「そうですか?」
「ああ……マジですげーわ……俺のテンションを上げる天才か」
「そういう天才はいいですね」
「そうだな……チェリシュも真白もありがとうな」
「あい!」
「真白ちゃんの心のこもった、お帰りちゅーだよ! オーディナルにも今度してあげようかな……その前に、紫黒とベオルフだよね!」
「やめとけ……お前のは痛いだけだから。ヘタすると血が出るぞ」
「……そういうことをいうリュートの額に穴を空けてやるー!」
「やれるもんならやってみやがれ」
「何をー!」

 いつもの調子に戻って、リュート様と真白が言い合いを始めてしまい、チェリシュと顔を見合わせて苦笑してしまう。
 本当に賑やかなことだ。
 でも、いつものリュート様が戻ってきたことにホッとした。
 いつものように、真白を捕まえて『もにもに』していたリュート様は、此方を見たかと思うと、柔らかく微笑む。

「ただいま。遅くなってごめん」
「お帰りなさいませ。今度は、寄り道をせずに帰ってきてくださいね?」
「ああ、必ず真っ直ぐ帰るよ」
「一番に顔を見たいのですから、絶対ですよ?」
「ん……ありがとうな、ルナ」

 元気になって良かった……微笑むリュート様を見つめ、私は心からそう思うのであった。



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