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第十二章 ラミア迎撃戦

12-7 決戦の場へ――

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 それからのリュート様たちの行動は早かった。
 私たちが話し合いをしている最中、砦周辺の守護に当たっていたクリスタルスライムたちを回収し、黒の騎士団は最後のバリスタが設置されている場所へ向かったのである。
 そして、私は――幽閉や隔離をされることなく、リュート様が首からさげているポーチの中にいた。
 揺れないように固定されたポーチの中、私が暴れ出したら従魔のクリスタルスライムが私を回収し、砦へ戻る事になっている。
 本当にそれで良いのかと、全員に確認を取ったのだが、万が一の時はリュート様以外対処が難しいだろうという事。
 それに、リュート様が「大変なことになるのは判るが、大切なルナの事だからこそ自分が側で見ている」と言ってくれたのが決め手となったのである。

「そろそろ目的地に到着するぞ。全員、配置につけ」

 イルカムで連絡を取りながら指示を出すリュート様の声に頷き、元クラスメイトたちは散開する。
 黒の騎士団とマリアベルという、主戦力が敵の本拠地へ乗り込む作戦は、相手にもバレているだろう。
 しかし、それでもリュート様は作戦を大きく変更しなかった。
 追加したことと言えば、私に大量のスムージーを頼んだだけである。
 大量のスムージーをアイテムボックスへ収納したリュート様は、明らかに何かを企んでいた。
 言葉にしなくても、大体のことを察しているらしい元クラスメイトたちの余裕そうな様子が、少しだけ羨ましくあった。

「リュート様、全員配置につきました。参謀の方も配置完了のようです」
「判った。ロン兄が突撃して、相手の注意がそれたのを確認してから展開する。全員、従魔にシッカリサポートしてもらえよ?」
「了解!」

 まるで悪戯を考えている子供のような顔つきで、全員がニヤニヤしている。
 戦いの前に見せる顔ではないが、此方までなんだか楽しみになってきた。
 これから一体、何が起こるというのだろうか……

「リュート様……何を考えているのですか?」
「んー? ルナに面白い物を見せてやるよ。アイツらでも一回しか見たことねー魔法だから、楽しみにしてると良い」
「そうなのですか?」

 魔法……どんな魔法なのだろうか、想像も付かない。
 大量のスムージーを頼んでいたのだから、大がかりな魔法なのだろうとは思うが、リュート様の魔法全てが規格外なのだ。
 想像出来る範疇を超えている。

「しかし、結構深い谷だな……此方からの入り口は、あの天然の細い石橋みたいなものだけ……まあ、馬鹿正直に渡ったら死ぬだけだよな」
「でも、侵入経路は、あの部分しか……」

 此方から、最後のバリスタが設置された場所へ行くには、リュート様が言う通り、天然の細い石橋を渡るしか無い。
 白い岩肌が目立ち、周囲には木や草が無く、丸見えの状態だ。
 深い谷へ降りて登ることも出来ないのだし、どうするのだろうとリュート様を見上げるのだが、彼はタイミングを見計らうために、ロン兄様たちが突入するであろう敵本拠地の裏側を注視していた。

 その裏側とて、一気に押し寄せることが出来ない切り立った岩山に邪魔をされており、襲撃する場所は限られている。
 相手にとっては、二箇所のみを気にしていれば良いのだ。
 これほど立地条件の良い、天然の要塞はないだろう。

「ロン兄が仕掛けたな……もう少ししたら出るぞ」

 イルカムで連絡を取ったリュート様は、ロン兄様の突撃を確認して魔王の微笑みを浮かべる。

「ルナに面白い魔法――フィールド魔法を見せてやろう」
「……フィールド魔法?」
「まあ、俺が勝手に命名しているだけだけど……それだけ規模がデカイ。魔力の消費量も馬鹿にならねーが……まあ、相手にとっちゃ絶望を覚える規模の魔法だ。ルナの料理があるから実現可能な魔法だから、俺とルナの合作魔法だな」
「リュート様と……私の魔法……」
「アイツらはナメたマネをしてくれたんだ。人間をナメたらどうなるか、身をもって知ってもらおうか」

 大きく迂回して敵陣の後方へ回り込んだロン兄様とモンドさんの部隊がラミアたちに攻撃を開始し、その実力に翻弄されて浮き足立っているのが見える。
 リュート様は、此方側の注意がおろそかになってきたタイミングを見計らい、朗々と詠唱を開始した。

「清き流れを止め 永劫なる静寂にその身を置きし者 銀の大地を駆ける氷狼を従え 氷のつぶてを種に大輪の花を咲かせよ 舞う氷の花弁 白き綿毛 地平線を覆い尽くす白に染め その冷たき腕にて全てを包み込め!」

 リュート様の魔力が辺り一帯を埋め尽くし、凄まじい冷気が一瞬にして大地を駆けた。
 彼が一番苦手としている氷魔法であるというのに、何もかもを包み込むような真っ白な雪が天から舞い降り、全ての音が無へ帰す。
 雪がしんしんと降り積もる様を思い出すが、まさにそんな感じだ。
 騒音が消え、静寂に包まれる。
 
 フィールド魔法……確かにそうだと思う。
 まだ春だというのに、この場所にだけ冬が訪れたと言われても納得出来るほどに、雪が降り積もっているのだ。
 だが、それだけではない。
 白い大地の下で眠っていた種が芽吹き、パキパキという音を立てながら氷の植物が成長し、ラミアたちがいる天然の要塞を包囲していく。
 大きなつぼみが花開き、ダリヤのような大きな氷の花が白き花粉のような雪を大量にまき散らした。
 一瞬にして、雪に覆われる茎と葉で出来た台座の上に、全てを理解していた元クラスメイトたちが立っている。
 このときを、彼らは待っていたのだ。

「フィールド魔法、雪花氷原の展開完了! お前ら! 行ってこい!」
「いくぞ! 迅速に行動しろ!」
「おっしゃー! 久しぶりだけど、体はしっかり覚えてるっての!」
「俺たちの女神を虐めて、うちのリュート様を怒らせた罰だ! テメーら、覚悟しろっ!」

 ダイナスさんの指示により、元クラスメイトたちが一気に雪化粧を施された氷の台座を滑り降りる。
 その足元には、彼らの従魔となったクリスタルスライムが、スノーボードに変化してサポートをしていた。

「え……あの子達も、変化出来るのですか?」
「あれくらいなら出来るらしい」
「板、出来る。鳥、できない」
「なるほど……複雑な形は無理ということですね?」

 リュート様の頭上を陣取っているクリスタルスライムは、ウンウンと頷く。

「リュート様が作った、スキー場ですね」
「スノーボードに最適な角度だし、どうせ見つかるなら、一気に雪崩れ込めばいいって発想だ。よし、俺たちも行くぞ!」

 スムージーを数本飲み干したリュート様は、気合い十分と言った様子でクリスタルスライムが変化したスノーボードに乗り込み、元クラスメイトたちよりも華麗な滑りを見せて、敵陣地へ突撃する。
 す、すごい……私には絶対にマネ出来ない滑り!
 うわぁ……は、はやーい!

 問題になっている谷底も、氷で覆い尽くせば問題にもならない。
 湿気の多い場所だからこそ、氷魔法が展開しやすかったと笑うリュート様は、相手の得意な属性を使って苦手な属性を押しつけたのだ。
 ラミアは寒さに弱い。
 途端に動きが鈍くなるラミアに対し、元クラスメイトたちは一方的な攻撃を開始していた。

 ロン兄様とモンドさんたちが気を引いていてくれたとは言え、あまりにも凄まじい速度で展開した雪原のフィールドに、相手は驚愕したのだろう。
 明らかな動揺が広がっている。

「エキドナと例のアイツがいないな……」
「最後のバリスタが設置されている海岸付近の崖沿いに、奇妙な力が見えます。おそらく、そこにいるかと……」
「了解。俺とダイナスで向かう! 他の連中は、ここを殲滅しろ! クリスタルスライムたちは、【混沌結晶カオスクリスタル】を回収しておいてくれ!」

 全員がそれぞれの仕事をするために動き出す。
 それを阻止するために、ラミアたちも動き出したが、いかんせん、完全に此方のペースだ。
 凄まじい数のラミアだが、これなら問題にならないだろう。
 まだ、こんなにラミアがいたのかと驚かされるけれども、その中に混じって、この森に生息する魔物達も戦いに借り出されているようであった。

「エキドナには、他の魔物を従わせる何かがあるのかもな……」
「そうですね……厄介な能力です」
「全くだ」

 行く手を阻むラミア達を無表情で斬り捨て、確実にトドメを刺していくリュート様は、至って冷静である。
 魔物を殺すことになれているというよりも、感情を封じて、機械的に動いているようにも感じた。
 そうしなければ、優しい彼は動けなくなるのかも知れない。
 日本で教えられた『命の尊さ』というものが、彼を苦しめているのだろう。
 世界が変われば常識も変わる。
 だけれど、私たちの中にある日本人の記憶が、それを許してはくれない。

 今だって……直接手をかけていない私ですら、こんなにも心が痛むのだ。
 リュート様は、その比では無いだろう。
 知能ある魔物が、どれほど厄介か……今回、嫌というほど知った。
 そして、戦いの最中さなか
 死んだことすら気づかずに倒れる者もいるが、狂気をはらんだ瞳で襲いかかり、何時までも耳に残る呪いの言葉を吐いて絶命する者も多くいた。
 それが毒のように、精神を蝕む。
 血の赤と恨みのこもった瞳、呪詛の言葉。
 狂気に満ちた戦場は、ただただ恐ろしく、本能に訴えかけてくる恐怖に目を背けて耳を塞ぎたくなる。

「ルナ……辛いなら、目を閉じていろ」

 こんな時ですら優しさを忘れないリュート様に涙が出そうだ。
 だからこそ、私は首を横に振る。
 私は……リュート様の召喚獣。
 彼と共に歩む者なのだから――彼が背負うものを、私も背負うのだ。
 
「いいえ。私はリュート様の召喚獣です。同じ物を背負っていきます。その覚悟は出来ておりますから、お気遣い無く」
「……ルナは、本当に強ぇーな」

 リュート様は洗浄石を使って定期的に綺麗にしながら、血や脂で手が滑るのを防ぎ、三日月宗近・神打を振るっている。
 手元が狂えば、不必要に相手を苦しめる。
 迷いを捨て、魔物が相手であろうとも、苦しまないように一刀のもとに命を奪っていく。
 後ろに続くダイナスさんの部隊も、凄まじい戦いっぷりを見せつけ、ラミアを圧倒していた。
 統率がとれていても、リュート様の大規模な魔法で弱体化されたラミアでは、彼らを足止めすることすら出来ない。

 これが、人類最後の砦と言われるフォルディア王国が誇る黒の騎士団の実力であった。

「さて……さっきは好き勝手してくれてありがとうよ……ここらで決着をつけようか」

 最後のバリスタが設置されている岸壁沿い。
 そこに、エキドナと黒いローブの男がいた。
 エキドナが魔物を操るという能力を持っていることは判っているが、黒いローブの男は謎に包まれている。
 ヘタに突っ込むことはせず、リュート様は間合いを取ったままエキドナたちを睨み付けていた。
 
「あら、すぐに追いかけてきてくれるなんて嬉しいわ。でも、オーディナルの人形は邪魔ね。私は、貴方とゆっくりお話がしたいのだけど?」
「話す事なんざねーな」
「お前に無くても、俺にはあるんだよ。リュート・ラングレイ……お前のその鎧について、話を聞かせて貰おうか」

 エキドナの後ろにいた黒いローブの男が前へ歩み出る。
 先ほど、リュート様の時空間魔法すら物ともせずに破壊し、エキドナを連れ去った実力者だ。
 何が起こるか判らない。

 油断なく構えるリュート様たちを見据えながら、ローブの男はフードを取った。
 その顔に覚えがあった私は息を呑む。

『リュートとは相性が悪そうだから、会わずに済めば良いのだが……』

 不意に思い出されたのは、私に聞こえないように呟いていたベオルフ様の言葉。
 そうだ、この人は――

 私は胸を占める嫌な予感に、羽毛を膨らませてブルリと体を震わせた。
 
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