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第十四章 大地母神マーテル
14-4 良い報告は小さな粒
しおりを挟むとりあえず、黒狼の主ハティが残した物から見えてきたことが多すぎて、混乱する頭の中を整理していた。
有益な情報を取りこぼさないように記憶するだけで必死だ。
おそらく、リュート様の助言があれば、ベオルフ様の負担は目に見えて減るだろう。
そんな強力なカードをくれた彼に感謝の気持ちをこめて、私はポーチの中にある母から託された物を取り出した。
「ん? 他にもあったのか?」
「いえ……今度のコレは良い報告になる品です。リュート様、中身を確認してください」
「お、おう」
戸惑いながら私から麻袋を受け取った彼は、簡素な紐を引っ張って口を開いた袋の中にある粒を見つめて息を詰める。
良い報告だというのに、リュート様の反応がおかしいからか、ロン兄様たちが訝しげに彼を見つめた。
「マジ……か……? え? コレって……小豆?」
「はい。私が幼い頃、両親に無理を言って買って貰ったそうです。それから、領地の一角で育てていた物なのですが……綺麗な小豆でしょう?」
「……ああ、すげーな……こんなに綺麗な小豆……本当に……」
こみ上げてくる何かを堪えているからか、声は掠れていた。
油断すれば昂ぶりそうな感情を、必死に抑えている様子がうかがえる。
だが、すぐに彼は違うことへ意識が向いたのか、ハッとしたような表情を浮かべて私を見た。
「え? 幼い頃に……無理を言って?」
「やっぱり、リュート様はすぐに気づいてしまいましたか……」
「つまり……それって――」
彼の中では答えは出ているのに、私に確認を取ってくれる。
こういうところが好きだな……と、思いつつ小さく頷いた。
「とはいえ、今の私に当時の記憶はありません。ですが、幼少期の私は前世の記憶を持っていた……だから、懐かしい……日本に繋がる物を欲したんだと思います」
「現在はオーディナルが、それも含めて封じている……と?」
「おそらく……」
「なるほど……そういうことか。だから、ルナは不自然な……まるで、パズルのピースを1つずつ手元に取り戻すように、断片的な記憶しか持ってねーんだな」
「私たちの目的に必要な物、もしくは、下手に取り戻さない方がいい記憶は、オーディナル様が厳重に封じているのだと思います。現に、私はベオルフ様と出会った頃や、いつどこで過ごしてきたかに関しての詳しい記憶は欠片も残っていないのです」
「出会った頃……」
「多分……かなり衝撃的であったのだと思います。記憶は無いのに、胸が締め付けられるのです。ただ、寄り添っていた。その間に、何を見てきたのかは判りませんが、私たちは……変えたい未来を知ったのだと――」
「それが、今のルナとベオルフの原動力になっているんだよな」
「はい。私たちは、それを変えるための覚悟をして、オーディナル様の庇護から飛び出したんです。今判っているのは、それくらいですね」
「十分だろ……ルナとベオルフらしいよ。だからさ、俺も……その手助けをしたいわけだ。今回みたいに相談してくれたら、知恵や知識を貸すこともできる。だから、下手な遠慮はしないでくれよ?」
「ありがとうございます。リュート様」
「おう!」
ニカッと笑ったリュート様は改めて手の中にある小豆を数粒テーブルの上へ転がした。
コレにすぐさま飛びついたのは真白だ。
つついて転がしていた間は好きにさせていたが、食べようとしたところでリュート様に掴まれる。
「おーまーえーなー!」
「美味しそうな匂いだったから……つ、つい!」
「俺だって、すぐに食いたいけど我慢してんだぞっ!? まずは、見本としてキュステに渡して調査依頼。次に、コレを育ててくれる農家の確保! 数を増やさなければ、安定して食えないだろうが!」
「……リュートがガチだったー」
「コレをな、甘く煮詰めるとあんこってのができるんだ。すげー旨くて甘い、俺の前世の故郷にある甘味なの。わかるか? 勝手に食うな」
「りょ……了解しました……」
本気のトーンで怒られていると理解した真白は、コクコクと何度も頷く。
手のひらに取って粒を見ていたロン兄様たちも、このリュート様には驚いたようで、そんなに大事な物なのかと小豆を眺める。
「前世のうちの婆さんがさ……正月とお彼岸の時にあんこを煮て、正月にはぜんざいを、お彼岸の時はおはぎを作ってくれたんだ。どっちも旨くて……妹とよく取り合いをしたな」
懐かしんで目を細めるリュート様の言葉を聞きながら、それは是非とも作らなければと意気込む。
しかし、リュート様の言うように数が少ないのだ。
一回だけ楽しむ分としては十分だが、その後はない。
「むー……春に種まきするタイプなの。でも、収穫は夏か秋なの」
意外にも真剣に小豆を見て分析をしていたのはチェリシュだ。
可愛らしい頬を高揚感からか、ほんのりと桜色に染め、珍しく眉間に皺を刻んで呟いている。
目元はリュート様の真似だろうか。一生懸命鋭くしようとしているけれども、目を細めているだけに見えて、それが反対に可愛らしい。
「チェリシュには、わかっちゃっている……なの!」
先程のリュート様をコピーするように格好良く言ったつもりだが、どこかズレているから全体的に可愛らしい。
愛らしさが先行するため、その違和感というか……『必死に真似をしています感』が出てしまい、見ている此方は笑いを堪えるだけで必死になる。
可愛い! 可愛すぎます!
それくらい、先程のリュート様はチェリシュの中に刺さったのだろう。
「ここは素直に手をかしていただきますなの! ねーね! チェリシュからの……お願いしますなの!」
そう宣言すると同時にチェリシュの手にあった数粒の小豆が発光したかと思いきや、いきなり消えた。
それは見事な速度で……見ていた此方が戸惑うほどだ。
「相変わらず末妹に甘いな……夏と秋の気配があった。このままだと冬が拗ねるぞ……アレは」
「だいじょーぶなの。ねーねたちで作業する時は監督が必要なの!」
「なるほど……基本的にチェリシュを取り合っている姉妹だから、そこそこ役割が決まっているのか」
リュート様とチェリシュの会話の端々に感じる、チェリシュの姉たちのとんでもエピソードに乾いた笑いがこぼれる。
チェリシュの小さな手に握られていた小豆は、跡形も無く消えているが、どうなってしまうのだろうか。
心配していた私に、チェリシュがポンッと自分の胸を叩いて「大丈夫なの」と言った。
「ねーねたちが、栽培してくれるの! 少ししたら、いっぱーいになるの!」
「どこの農家よりも強ぇな……最強だよな。しかも、本来は怒られるだろうが、今回はオーディナルが黙認しているから、誰も文句言わねーし」
「そうなの。じーじ公認なの!」
オーディナル様……と、私は頭を抱える。
何とも楽しげに笑っていたのは、このためだったのですね……。
何となく納得したが、母の想いが籠もった小豆を私やリュート様へ届けるためだけに、こんな大がかりなことをするだろうか。
いや……もしかして、何かの布石……?
その可能性はあり得る――と、私が考えていると、不意に大きな麻袋がテーブルへ落ちてきた。
かなりの重量物だったソレを持ってきたのは、他でもない時空神様だ。
「え……ど、どうしたのですか、この量は……」
「ルナちゃんのために、ご両親が貯蓄していた小豆ダヨ。持ち運べる量しか持っていなかったことを、ルナちゃんのお母さんが嘆いていてネ。あんなに喜ぶなら、もっと渡してあげたかったって言うカラ、持ってきてあげたヨ」
一抱えもある麻袋の中身は、とんでもない量の小豆がギッシリ詰まっていた。
こ……これは……煮詰めるしかないのではっ!?
私は思わずリュート様と顔を見合わせる。
「ルナ……できるか? こっちの……お母さんが持たせてくれた麻袋の方は、ルナのお守りにしてもいんだぞ?」
「いいえ、そっちはキュステさんに渡して、農家と契約を結ぶか、此方にある小豆を探してください」
「しかし……」
リュート様は、この小豆にこめられた母の想いを汲んでくれたのだろう。
しかし、その必要は無いのだ。
今の私は、瞼を閉じれば、両親や新しい弟の笑顔を思い描くことができるのだから。
「私は既に、もっと大事な物をいただきましたし、母の想いが沢山の人に幸せを……口福を運ぶのなら、これほど嬉しい事はありません」
「ルナ……」
「それに、彼方の世界の食べ物は魔力の回復が少なく、リュート様にとって意味がありませんので……」
「あ、そっか。そういう事情があるんだな」
「チェリシュのお姉様方が創ってくださる物も凄いでしょうが、此方で栽培されている小豆を探し出して契約農家さんを作れば、他の地域へ供給できるようになると思います」
「それは助かる。とりあえず、キュステに相談だな」
何だか自然な流れでキュステさんの仕事を増やしたような気がするけれども……気にしたら負けですよね?
少しだけ罪悪感を覚えながらも、終始ニコニコしているリュート様とチェリシュを見て、私は時空神様と笑った。
リュート様が喜ぶなら、キュステさんは文句を言わずに駆けずり回ることだろう。
何だかんだで、彼に一番甘い人だと思っているし、新しい甘味が店に大きな利益をもたらすことは間違いない。
それをスルーできる人では無いのだ。
リュート様はというと、これだけあるなら一粒くらい良いだろうという判断で啄んだ真白の説教に忙しいようだ。
いつものリュート様と真白の攻防戦。
それを眺めながら、興味津々でテーブルに転がる粒を見つめる蛍と六花だったが、気を利かせたお父様が小豆を手のひらに乗せ、見やすいようにしている。
おぉ……と驚く六花とは違い、どうにか驚いているジェスチャーを取ろうとしている蛍に、お父様は「判っているから安心しなさい」と優しい言葉をかけた。
こういうところが、リュート様と似ている。
やはり、親子なのだとしみじみと感じてしまう。
まあ……真白相手だと、リュート様は雑になる部分があるのだけれども……。
どこかの誰かさんが私を雑に扱うよりはマシ……いや、同じ……?
「解せぬ……」
私の呟きに時空神様が首を傾げるが、「真白みたいに暴れていないのに、ベオルフ様の私に対する扱いについてもの申したい」と言うわけにもいかず、曖昧に笑って誤魔化した。
ロン兄様とテオ兄様はというと、小豆が甘い食べ物になるという言葉からイメージを掴めなかったのだろう。
リュート様に質問しつつ、どういう食べ物なのか教えて貰っているようだ。
彼は紙にイラストを描いて説明しているのだけれども、本当に上手で……才能に溢れた人だと感心してしまった。
「そういえば、時空神様は幼い頃の私と会ったことがありますか?」
「勿論あるヨ。でも……話せないことが多いよネ」
「やっぱり……そこら辺は理解しておりますので、これ以上深掘りして聞くつもりはございません。それよりも、黒狼の主ハティについて面白いことが判ったのですが……」
「それは興味深いネ。そろそろベオルフの夢にお邪魔することも出来るだろうし、その時には陽輝も交えて話をしようカ」
小さく呟かれた言葉に頷く。
どうやら、兄のほうも色々と情報を掴んでいるらしい。
何かが大きく動き出す予感を抱えながら、リュート様の描いた『お重に詰められたおはぎ』のイラストを眺めるのであった。
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