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「生命の緑園、逆巻く天津風、焼き尽くす獄炎、深淵の裏側、我は全てを持つ者。冥界の門、煉獄への道、天界の祝福、我を導き、正しい道を示せ――」

私の義妹……腹違いの妹にして、現王妃の娘であるブレラ=コンセンティが、ピラピラとした聖衣を纏い、軍神を呼び出すための祝詞を読み上げる。
その姿に、軍神を呼び出すという歴史的な一場面を刻み込みたい貴族や大臣達が歓喜し、全員が彼女を見つめる。ブレラが祝詞を読み上げる際にわざとらしく手を翳したり、袖を振りながら一回りしたりする度に観衆は声を上げた。
……まるで魔法陣の中にいる私達が見えないかのように。

実の父親でさえ私を一瞥もせず、当然義理の母であり義妹であるブレラの実の母親はブレラしか見えていない。
二人共、ブレラの祝詞を唱える姿を見て、笑顔すら浮かべていた。


複数人のきっと魔力が高いのであろう奴隷の印を持つ者達や動物、軍神の触媒になるのであろう書物や作物、兵器などが巨大な魔法陣の上に居た。
私はあの後、グレンに別れを告げて部屋を出た。そして部屋の前で待ち構えていた王族直属の白騎士達に何一つ抵抗を見せることなく捕縛された。
そして後ろ手で両腕を拘束され、両足には数百キロの重りを付けられた上で魔法陣の上で膝立ちさせられている。
だからこそ周囲の異常さが分かった。
奴隷たちは何も情報が入ってこないように目を塞がれ、声を発して助けを呼べないように口を塞がれて寝かされている。動物たちは四肢をひとまとめにされて縛られた上でうるさいからと頭には黒い布が被せられている。
私達はその辺に置いてあるものと同じ、供物なのだ。

なんて残酷なのだろう、そして醜い風景なのだろう。
ブレラ=コンセンティという一人の女のによって、ここにいる命は奪われるのだ。
戦争が起きているわけでもない、国内で酷い災害が起きているわけでもない、軍神の力を借りなければならない程の一大事が今後起きるわけでもない。
様々な生命や触媒と言った犠牲を払ってまで召喚すべきではない状況なのだ。それなのに、召喚しようとしている。本当に醜くて、吐き気すら感じる。

本来であれば、まだ生きて存在し続けていたはずの生命、死ぬ事などまだまだ先であったはずの命。それがくだらない我が儘によって今、奪われようとしている。
そして奪う本人たちは楽しそうに、私達を足蹴にして生き続けようとしているのだ。

「我は汝の主となりし者、我が呼びかけに応じ、今姿を現せ――」

きっとこれは最終節。
段々と魔力も生命力も身体から抜けていくのを感じる。

死に瀕した時には走馬灯が見えると言われているが、アレは嘘なのだろう。だって私は今、既に身体に力が入らなくなって、倒れないようにするだけでもギリギリの瀕死状態になっているというのに、昔の幸せだった頃……母様がまだ生きていて、彼女とグレンと一緒に暮らしていた頃の記憶など再生されることがない。あるのはただ、この状況に対する怒りだけ。

「最強の軍神・アーサー!」

身体の下に敷かれた魔法陣から光が噴き出す。何も見えない程に眩しい光に身体全体が包まれるのを感じた。きっとこれで私の命は終焉を迎えるのだろう。
せめて約束通りにグレンだけは解放されて欲しい。そう最後の瞬間に感じながら、目を閉じた。

……のだが。次の瞬間も私は息をしていた。
恐る恐る目を開ける。死んだと自身でも自覚した私の目の前にあったのは、この世のものとは思えない程の美しい顔。
そして頬をいつの間にか包まれていたようで、そのかんばせが段々と近付いて来たかと思えば、私は唇に柔らかく口付けられていた。

「貴女に一目惚れしました。僕と伴侶の契約を結んでください」
「は……?」

予想外の事態に全体が静まり返る中、私の間抜けな疑問符だけが儀式の場に木霊していた。

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