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突然ですが、私こと佐橋雪乃さはしゆきのは、アイドルのマネージャーをしております。

大学卒業後に入社した会社はごく普通の企業だったのですが、そろそろ部署異動がありそうだなというタイミングで新規事業の立ち上げがあり、私はなぜかそちらのアイドル部門に配属されました。
その場所で私は、担当するアイドルである彼に出会ったのです。
彼――太陽こと、本名・月丘あさひくんは私よりもいくつか年下の男性で、背が高く顔立ちも整っており、かもし出す柔和な雰囲気から『王子様系アイドル』として売り出しているのですが……。

「雪乃さん、明日の予定を確認したいんだけど」
仕事からの帰り道、彼の自宅付近に到達した頃、後部座席に乗せた太陽が話しかけてきました。
「少し待ってくださいね」
駐車場に入ってから車を止め、私は鞄の中から手帳を取り出します。
ページを開けば予定を綴る文字がびっしり詰まっていて、太陽も忙しくなったものだなと感慨深くなってしまいました。
これまでの道のりに思いを馳せそうになり、小さく首を振って思考を現在に戻します。
「明日は……午後からAスタジオでの収録、その後にインタビューがニ件。終了時刻は夜の九時予定です」
「了解。じゃあ明日の朝はゆっくりできるんだね」
ありがたいことに何の仕事も入らなかった数年前とは違い、太陽はそこそこ依頼を貰えるようになっていました。
それこそ連日睡眠時間が足りなくなり、移動中の車で目をつむって睡眠を補うような事も多々ありました。
「最近は特に忙しかったので、今夜くらいはゆっくり休んでください」
「久しぶりの半休かぁ。嬉しいな」
太陽は狭い車内の中だというのに嬉しそうに腕を上げ、背を伸ばしています。
以前は仕事を貰う為に色んな場所を二人で駆けずり回っていましたが、今となってはそんなことをせずとも案件が舞い込んでくるので、少し寂しいような気もしていました。

彼を自宅まで送り届けたので、私も本日の仕事はそろそろ終了となります。 
「それでは私はこれで。明日また迎えに来ます」
手帳を鞄に戻しながら言うと、太陽はきょとんとした声を出しました。
「え、なんで?」
「おかしいことでも言いましたか」
突っかかってくるような言葉は放っていないはずです。
一体何の問題があるのかと振り向くと、彼は私の肩に手を置き、見惚れそうになるほど綺麗な笑顔を浮かべました。
「雪乃さんは俺の家に泊まるんだよ」
「……そんな予定は組んでいませんが?」
予想外の言葉を掛けられ、私は思わず眉を寄せました。
「だって今決めたから。急ぎの仕事もないんでしょ?」
確かに急ぎで終わらせる仕事はなく、今晩やることといえば仕事のメールの確認くらいだったので、別に出先にいてもできるものでした。
とはいえ、簡単に頷くわけにはいきません。
なぜなら彼と私は、アイドルとマネージャーであり、恋人でも夫婦でもないのですから。
「泊まりの準備もしていませんし」
どうにか言い訳を作って断ろうとしたのですが、
「前に泊まっていった時の服と化粧品は置いたままにしてあるよ。服は洗濯もしてあるし、スキンケアは確か俺と同じものを使ってるよね。ほら、前に俺がCMに出た時に貰った商品」
太陽は先回りをして逃げ道を塞いできました。
彼の言う通り、私は以前にも彼の部屋に泊まっていて、身だしなみを整える一式を置いたままにしていました。
スキンケアについてはなぜ自分の愛用品が筒抜けになっているのか疑問でしたが、太陽がイメージモデルとして起用された商品を使っていたのは確かなので、貸してもらえるなら正直助かります。
「ほら、こんなところで話してても時間がもったいないよ。行こう?」
彼はそう告げ、車から私の荷物を持って降りていってしまいました。
太陽の中には、私が自宅へ帰るという選択肢は存在しないようです。

私は渋々彼についていくことにしました。
優れているのは見た目だけで、こちらの言い分などほとんど聞いてくれない強引な性格。
まったく、こんな男のどこが王子様なのか……。
まあ、裏の顔を出さず、ファンにきちんと夢を見せているところは評価されるべきとは思いますが。


太陽がシャワーを浴びている間にメールの確認をし、時間が余ったので彼の記事が掲載された雑誌を眺めていると、肩にタオルをかけた本人が戻ってきました。
水分を吸収しきれていないらしく、髪の先からはぽたりと雫が落ちています。
日頃のトレーニングによって引き締まった裸体は、薄暗い間接照明に照らされて生々しく光っていました。
こういう姿も色気があっていいのかもしれない。
次の撮影で提案してみよう。
などと考えていると、太陽が私を見ました。
「スタッフさんから貰った入浴剤があるんだけど、使う?」
「いえ、結構です」
私は断りを入れ、この後の準備をする為にバスルームへ向かいました。

私がこの部屋を訪れ、彼と二人きりの場所ですることといえば、決まっているのです。
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