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第二章:「帝国の大手術」

・2-4 第14話:「大掃除:1」

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・2-4 第14話:「大掃除:1」

 エドゥアルドが玉座よりも一段低いところに用意したイスに腰かけて物思いにふけっていると、侍従たちに案内されて五人の男たちが姿をあらわした。
 壮年、中年で、いずれも帝国の重臣たちだ。
 まずやって来たのは、マルセル・フォン・ペギーアデ伯爵。五十歳の男性で、銀の長髪のかつらをかぶり、カイゼル髭を整え、右目にチェーンつきの単眼タイプの眼鏡をかけ、礼服である黒に近い色の濃紺のテールコート姿。
 彼は帝国の国家宰相であり、カール十一世の腹心だ。皇帝に選ばれる前、カールがアルトクローネ公爵であったころからの関係で、皇帝に代わって国政を担うという重責を果たして来た、行政能力に長けた人物としても知られている。
 続いたのは、ハーゲン・フォン・ケッツァー伯爵、四十八歳。頭頂部だけ頭髪のない禿頭で全体的に丸みを帯びた顔立ち。髭はなく、二重あごが見えている。恰幅の良い大柄な体格で、こちらは深い緑色のテールコートに身を包んでいる。
 ハーゲンも帝国の重臣で、財務大臣を務めており、その任について十年が経つ。
 三人目は、不健康そうな青白い顔をした、やや不気味な男性。ギルベルト・フォン・ケントニス伯爵。鋭い眼光とおとぎ話に出て来る悪い魔法使いのような鉤鼻を持ち、四十三歳という年齢にもかかわらず杖を突き、前かがみにヨタヨタと歩いて来る。若い頃の落馬事故による後遺症によるものであるらしい。こちらは、ワイン色のテールコート姿。
 ケントニス伯爵家は初代皇帝の時代から続いてきた、由緒正しい重臣の家柄だった。ギルベルトもまたカール十一世から任用されており、法務大臣として長年公務に就いている。頑固と陰口をたたかれるほど厳格で、手続きや規則にうるさいことで有名だった。
 次に入って来たのは、バルナバス・フォン・トイフェル伯爵。四十五歳の男性で、顔の横で三重のカールをつけられた銀髪のかつらを身に着けている。髭はなく、やや脂ぎった肌がさらされけ出されている。悪く言えば不潔、良く言えばエネルギッシュ。
 バルナバスもまた重臣だ。陸軍大臣として、帝国陸軍を統括している。アルエット共和国にタウゼント帝国が侵略を行い、ラパン・トルチェの会戦に惨憺(さんたん)たる敗北を喫した時からの大臣だが、作戦・指揮の責任は当時の陸軍大将で皇帝の名の下に軍を進退させたアントン・フォン・シュタム元伯爵が、補給の失敗の責任はその業務を担当していた者が取ったためにそのまま留任していた、悪運の強い人物だ。軍人なので当然、肋骨服を身に着けている。色は帝国を象徴する黒。
 最後に入って来たのは、マリアン・フォン・シルトクルーテ伯爵、四十八歳。でっぷりと大きく膨らんだ太鼓腹を持ち、何段もカールが連なった銀髪のカツラを被っている。優しくお人好しそうな印象の薄茶色の瞳を持つが、どこか生気がない。エドゥアルドはマリアンの姿を目にしてその太った体格から、ノルトハーフェン公国一の大商人・事業家であり、自身とは協力関係にあるオズヴァルト・ツー・ヘルシャフトのことを思い出していたが、すぐに、覇気と商魂と欲望にあふれたオズヴァルトと、どこか陰気なマリアンとは対照的だと思い直していた。
 彼は帝国の重臣ではあったが、日陰者だった。なぜなら海軍大臣だからだ。
 タウゼント帝国はヘルデン大陸の中央部に大きな国土を誇っている。北と南でそれぞれ海に面してはいるものの、典型的な陸軍国家であり、海軍は重視されてこなかった。このために海軍大臣とは[暇]で権限の小さな職務で、マリアンに生気がないのはそのせいなのかもしれない。白いシャツとズボンに、青いコート姿。
 この国家を支えている、五人の人物。
 彼らは侍従に案内されて静かに、厳かにエドゥアルドの眼前に進み出て来ると、マルセルを中央にして一列に並び、その場で跪いて代皇帝に敬意を示した。

「お初にお目にかかり申します。臣、マルセル、代皇帝陛下の思し召しにより、ただ今参上仕りました。……まずは一同を代表いたしまして、陛下の戦勝、お喜び申し上げたく存じ……」
「形式ばった言葉など、よい。僕、いや、余は急いでいるのだ」

 長々とした口上が始まりそうな気配を察し、ノルトハーフェン公爵、すでに代皇帝となった少年は、面倒くさそうな口調で割り込む。
 すると五人の重臣たちはかしこまって深々と頭を垂れた。

「貴殿らのことは、カール十一世陛下よりいろいろと聞いている。あらためて挨拶(あいさつ)などせずともかまわぬ。それより余は、まず、成すべきことを成さねばならぬ」
「はっ。大変、恐悦至極に存じ上げます。……して、代皇帝陛下。成さねばならぬこととは、いったい? もしよろしければ、私(わたくし)どもにご命じ下されば、誠心誠意お仕えいたしますが」
「ふん。よろしい」

 マルセルの畏(かしこ)まった言葉にやや高圧的にうなずくと、エドゥアルドは体の前で右手を横に払いながら命じた。

「ギルベルト伯爵と、マリアン伯爵は、もうよい。いったん下がりたまえ。侍従殿はギルベルト殿に手を貸して差し上げ、それから、かねてからの手筈通りにせよ」

 その言葉に、四人の重臣たちは跪いたまま、戸惑った様子でそれぞれの顔をうかがう。
 ただ一人、まったく動じることもなく平然としていたギルベルトは杖を頼りにして立ち上がり、代皇帝に命じられた侍従の手を借りて、無言のまま退出していく。その様子に気づいた海軍大臣のマリアンも、慌ててその後を追って行った。

「恐れながら、陛下。これはいったい、どういうことでございますか? 」

 顔をあげないまま、国家宰相のマルセルが不思議そうにたずねて来る。

「すぐにわかる」

 それに対し、エドゥアルドは不敵な笑みでそう答えただけだった。
 ———やがて、退出した者たちと入れ違いになって、十名ほどがドカドカと軍靴の音を鳴らしながらやって来た。
 先頭を進んで来るのは、ミヒャエル・フォン・オルドナンツ大尉。代皇帝の親衛隊の隊長を務めている士官。
 その隣には、帝国陸軍の軍服を身に着けた士官もいる。
 ただの軍人ではなかった。いわゆる、憲兵という存在だ。
 そして彼らは、突然やって来た軍人たちに驚いている三人の重臣をぐるりと包囲し、それから直立不動の体制を取ってエドゥアルドの方を向き直った。

「へ、陛下!? こ、これはいったい、なにごとなのでございましょうや!? 」

 物々しい雰囲気にいてもたってもいられなくなったのか、マルセルが許可も得ていないのに顔をあげ、冷や汗を浮かべた顔でたずねて来る。
 そんな彼に、代皇帝は冷笑を向けた。

「簡単なことだ。……マルセル、ハーゲン、バルナバス、余は貴殿ら三名を、本日、この時を持って罷免し、その職を解くことにしたのだ」
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