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第二章:「帝国の大手術」

・2-7 第17話:「大掃除:4」

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・2-7 第17話:「大掃除:4」

 自発的に持ち込まれる[つけ届け]。
 地位を得た者の既得権益として、従来から黙認されて来た、帝国の法律においては[賄賂]と位置づけられることのない、罪に問われないグレーゾーンの行為。
 それを理由に罷免(ひめん)されるという理屈を、マルセルは理解できない様子だった。

「マルセル殿。貴殿の行為は、確かに我が帝国の国法で罪にあたるものとはされていない。しかしながら、カール十一世はお嘆きであったのだ」
「陛下が? それは、なぜに……? 」
「国政が、そなたのような権力者に持ち込まれる[つけ届け]の多寡(たか)によって左右される、ということに、心を痛めておいでだったのだ」

 ———既得権益を得るのは、当たり前。
 そんな、タウゼント帝国の貴族階級では疑問を持たれることさえない認識を持っていることに内心で呆れつつも、エドゥアルドははっきりと、それがなぜダメなのかを教えてやる。
 それは、これから行われる自身の治世では、こうした悪しき伝統にも踏み込み、あらためていくと、そう宣言する行為でもあった。

「マルセル。貴殿の政務能力は、確かなものだ。そなたが指摘する通り、これまでの統治で、国家宰相の誤りによる混乱が起こったことはない。その実務能力、調整能力は、稀(まれ)なものと、余もそう思う。しかし、そなたの治世においては、物事は[つけ届け]の額によって左右されてしまう」
「そ、それの、なにが問題なのでございましょうか……? 」
「力ある者の要求は通り、力なき者の願いは、通らない。それを、陛下は問題視し、心を痛めておいでであった」

 そこで一旦言葉を区切り、マルセルが話についてきていることを確認すると、「今さら言うまでもないことだが」と、代皇帝は言葉を続けた。

「我が帝国は、我々のような貴族や、資産を持った資本家、広大な土地を有する地主だけでできているわけではない。財産を持たない民衆もまた、国家を形成する重要な存在なのだ。彼らが耕作しなければいったい、どんな作物が育つだろうか? 彼らが働かなければ、どんな産物が生産されるだろうか。物を作るだけではない。彼らが日々、懸命に働いているからこそ、帝国の隅々にまで物産が行き渡り、国家が生存することができるのだ」
「は、はぁ……? それは、確かにおっしゃる通りではございますが、それとこれとは、どう結びつくのでございましょうか? 」
「マルセル殿。そなたの治世では、そうした力なき民衆の声は、消えてしまうのだ」

 まだわからないのか。
 そう怒鳴りつけたい気持ちを抑え、エドゥアルドは淡々と言葉を続ける。

「財産を持たない民衆は、そなたが満足するつけ届けなどできるはずがない。なにか思うところがあったとしても、彼らは自身の声が上に聞き入れられることなどないと知っているから、みな口をつぐんでしまうのだ。マルセル殿、そなたが国家宰相であった間、確かに帝国領においては何の問題もなく統治が行われていた。しかしそれは、何か問題があったとしても民衆が口をつぐみ、そもそも表面化することがなかったせいなのだ。陛下は、そのことを憂いておいでであった。そして、余の統治においてそのような治世を望まぬのであれば、断腸の思いで罷免(ひめん)せよと、そうおっしゃったのだ。……詳しいことは、すべてその手紙に書かれておる。陛下と貴殿との交友の深さを配慮し、特別に、そなた自身の手で、目で読むことを許そう」

 そう言われたマルセルは、慌てて手紙に目を通していった。
 ———カール十一世の、友情と、国家元首としての理想との間の葛藤。
 その心情に感銘し、落涙して、未だ目を覚まさない皇帝に詫びを入れるというのを想像していたのだが、しかし、マルセルの反応はそれとは違っていた。

「まさか、カール十一世陛下も、エドゥアルド陛下も、あの不埒(ふらち)な共和主義者どもに、たぶらかされなさったか! 」

 顔をあげたマルセルの顔に浮かんでいたのは、軽蔑(けいべつ)の表情。

「お言葉ですが、陛下。民衆が貧しいのは、その無能なためでございます。彼らが生まれながらの境遇故に富裕になれないのだ、愚かなのだと考えるのは、誤っております。なぜなら、平民が平民として生まれ、我ら貴族が貴族として生まれるのは、すべて、神の采配だからでございます。それに、力ある者の助力を得ずして、どうやって国家を正しく導いていくことができましょうか。生まれながらにして愚かであることを定められているのですから、平民どもの言葉など、聞く価値もございますまい」
「我らはその、平民の打ち立てた国家に敗れたのだ! 」

 ここまで堂々と持論を展開されては、もはや、エドゥアルドとしても長年国家宰相を務めた重臣への敬意や、年長者への尊重など、考慮する必要もなかった。
 イスから立ち上がり、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく人差し指を突きつける。

「そして今や、アルエット共和国はムナール将軍の下、五十万を数える軍勢を編制するのに至ったのだ! 聞けば、すでにその鋭鋒の前にバ・メール王国は敗北し、掃討戦の最中であると聞く。王国が終われば、その矛先は我が帝国へと向けられるのだぞ!? 」
「何をご案じなさる。我が帝国には、神の恩寵(おんちょう)がございまする」
「恩寵(おんちょう)だと!? では、なぜバ・メール王国に、神は手を差し伸べては下されなかったのか!? かの王国と我が国とは、縁戚関係を持つ親類でもあったのだぞ!? 」

 その言葉にマルセルは口をつぐみ、ただ軽く会釈(えしゃく)するように頭を下げただけだった。
 代皇帝の指摘に反論できなかったのか、あるいは何を言っても無駄だと、そう思ったのかはわからない。
 ただ一つ確実に言えるのは、エドゥアルドとこの経験豊富な国家宰相との関係は、これで完全に破綻し、妥協の余地なく手切れとなったということだけだった。

「余の作る新しい帝国に、そなたらのような臣下は要らぬ」

 数回深呼吸をしてやや気持ちを落ち着け、だが収まりきらずに乱暴にイスに腰かけ直すと、代皇帝はあらためて命じる。

「そなたらが横領し、私腹を肥やした財産については、ギルベルトに命じ、あらためて徹底的に精査した後、没収とする! ……しかし、そなたらが先祖代々受け継いできた門地、爵位については、剥奪(はくだつ)せず残そう。それは、貴殿らが父祖らから受け継いだ、帝国貴族としての正当な権利であるからだ。せいぜい祖先に感謝し、余の前から去るが良い! さぁ、憲兵たちよ! この三名を連れ出せ! 」

 貴族としての地位を奪われはしないと知って安心したものの、がっくりとうなだれたままのハーゲンとバルナバスが、憲兵たちに伴われてすごすごと去っていく。
 マルセルは、差し出された憲兵の手を不愉快そうに振り払った。そして一度エドゥアルドの方を振り返ると、侮蔑(ぶべつ)を隠そうともしない視線で言い放つ。

「エドゥアルド陛下。……きっと、後悔いたしますぞ」

 そして、旧態依然とした帝国の貴族社会を煮詰めて具現化したような男は、大股で、颯爽(さっそう)と肩で風を切り、謁見(えっけん)の間を退出していった。
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