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第三章:「課題山積」
・3-10 第29話:「国家再建:2」
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・3-10 第29話:「国家再建:2」
代皇帝となったエドゥアルドは、その治世の最初の数か月間のほとんどをツフリーデン宮殿で過ごした。
まずは、足場固めの人事から。
自身の統治を支援し適切な進言を示し、そして手足となって構想を確実に実行してくれるのは、誰なのか。
カール十一世から託された手紙に名があげられていた者を中心に、そうした人物たちの意見や推薦なども参考にしながら新たな体制を構築していった。
それから、国家の大方針の決定。
臣下から提案を求めつつ、自身の望みを取り入れて、この旧い国家をどのような形で再建していくのかを話し合う。
帝国の威光を、あまねく大陸中に広める。
以前の帝国は、明文化されてはいない曖昧な機運ではあったものの、そういう方針を取っていた。
国威を発揚し、諸外国から相応の敬意を集める。そのためには武力を用いてその威光を思い知らせることも厭(いと)わない。
極端な拡張主義ではなかったものの、取れる時には遠慮なく領土を奪って来たし、一昨年には「貴族の統治に反旗を翻し、王族を弑(しい)した平民に懲罰を加える」という、まったく実利のからまない目的で二十万もの大軍を動員したりもした。
それは、自分たちがより大きく強ければその分他から優越でき[気分よく]いられるからという思いもあってのことだが、より強力な国家とならなければそもそも生存できない、という節理もある。
弱肉強食は、国家間においても成立する。
国内の政治事情を打破するために領土拡張を目的とした外征が行われることはごくありふれた出来事であったし、その際、標的になるのは[制圧が可能に見える相手]、すなわち自国よりも弱い国家、あるいはつけ入ることのできる隙を見せた国家だ。
相応に国力のある国は変な失敗をしなければまず安泰でいられるが、弱小国家は、なんらかの工夫を施さなければより強大な相手に捕食される運命にある。
もちろん、強勢を誇った大国であろうともなにかのきっかけで衰弱すれば、他に食われる。
そうした栄枯盛衰が、このヘルデン大陸でくり返されて来た歴史だった。
産業革命が始まる以前においては、国力とは国土の広さ、そしてそこに居住している人々の多さに、ほぼ比例するものだった。
どこでも「人間ができる範疇(はんちゅう)」が限界で、せいぜい家畜や風車、水車を用いた限定的な動力による補助を行える程度だから、技術に大きな差異は生じず、このために質での勝負にはなりにくかった。
多少の優劣は、量によって容易にくつがえすことができたからだ。
より大きな国家になることが、強くなることと同義と言えた。
だからタウゼント帝国もさほど旺盛(おうせい)ではなかったものの拡張主義を取っていたし、自己の力を示し他国に捕食対象と見なされないようにするため、帝国の威光を示そうと常に機会をうかがっていたのだ。
しかし、時代は大きく変わりつつあった。
海の向こうの隣国、イーンスラ王国で始まった産業革命と呼ばれる事象。
それは、既存の、国土の広さ、人口の大きさに依存した[国力]の推し量り方を大きく変えた。
小さな国土、少数の人口しかない国家であっても、優れた技術を有すれば、そうでない国家、たとえそれが大国であったとしても、経済力、生産力で優越することが可能になりつつあるのだ。
蒸気機関を始めとする動力源の誕生により、それまで人力、あるいは家畜の力が限界であった制約が取り払われた。
今までには考えられなかったような大掛かりな機械を動かすことが可能となり、そして、その性能を高めることによって、従来では達成できなかった大量生産、大量輸送が可能となりつつある。
これは、これまでのように常に対外拡張を志さずとも、自国内の発展に努めることで国力を大幅に増強できる時代が到来した、ということでもある。
自身が継承した小国、ノルトハーフェン公国で富国強兵政策を推し進め、産業化を試みて来たエドゥアルドは、その変化を肌で理解していた。
だとするならば、新しいタウゼント帝国の方針は、これまでとって来た拡大主義でなくともかまわない。
いや、むしろ、国土の拡張のために過度に力を注ぎこむのは、愚策とさえ言えるかもしれなかった。
この世界に存在する資源というのは地域で偏りが存在するから、領土が広い方が有利になるというのは間違いないだろう。
しかしそれは交易によって必要なものをやり取りすれば入手することは可能であると、交易が盛んだったノルトハーフェンの統治を通じて理解していたし、遠方まで軍隊を派遣することの大変さ、かかる費用の膨大さは、これまでの出征で痛感している。
それに、もし、どうしても対外拡張が必要になるのだとしても、国内で産業を育成し、より多くの物資を準備できるようになってからの方が、成功率はあげられる。
このまま産業革命が進展すれば、各国で激しい競争がくり広げられることだろう。
大量生産のためにはより多量の資源が必要となるから、多くの国々が拡張主義を取り、産業に必要な資源を求めて侵略をくり返すようになる。
そしてなにより、技術を持った者と、持たざる者との間に生じた大きな力の差が、これまでにない大規模な拡張を可能とするだろう。
その時にこの国を生き残らせるため、今は敢えて外に出ず、内政に注力して体力をつけさせておかなければならないはずだった。
将来必要だからと言って今のうちに対外拡張路線を取ってしまえば、振り分けられるリソースの分散をすることとなり、結果、拡張も、産業育成も、中途半端になって他国に後れを取ってしまうかもしれない。
強国であったはずのタウゼント帝国が、食われる側になってしまう。
———こうした考えから、エドゥアルドは新しいタウゼント帝国では対外拡張主義を取らない、という方針を主張した。
まずは自国の産業を育成し、将来、国際情勢がどのように変化したとしても乗り越えられるだけの体力をつけさせるのが狙いだ。
これは、新たに国家の重臣となった五人の臣下たち、国家宰相・ルドルフ・フォン・エーアリヒ、財務大臣・ディートリヒ・ツー・マルモア、法務大臣・ギルベルト・フォン・ケントニス、陸軍大臣・モーリッツ・ツー・ファーネ、海軍大臣・マリアン・フォン・シルトクルーテ、加えてノルトハーフェン公国軍の参謀総長から、新設されるタウゼント帝国軍の参謀総長に転身したアントン・フォン・シュタム、そしてエドゥアルドのブレーンであるヴィルヘルム・プロフェートのいずれからも異論は出なかった。
再建に着手したばかりの帝国にとって対外拡張などできるはずがない、というのもあるし、強引に領土を拡大せずとも産業化によって国家を発展させられるという話は、よほど頭が固い古いタイプの貴族でもなければ理解できる話だったからだ。
中でも、ディートリヒは大賛成だった。
その理由は、タウゼント帝国が抱えてきた、慢性的な財政難であった。
代皇帝となったエドゥアルドは、その治世の最初の数か月間のほとんどをツフリーデン宮殿で過ごした。
まずは、足場固めの人事から。
自身の統治を支援し適切な進言を示し、そして手足となって構想を確実に実行してくれるのは、誰なのか。
カール十一世から託された手紙に名があげられていた者を中心に、そうした人物たちの意見や推薦なども参考にしながら新たな体制を構築していった。
それから、国家の大方針の決定。
臣下から提案を求めつつ、自身の望みを取り入れて、この旧い国家をどのような形で再建していくのかを話し合う。
帝国の威光を、あまねく大陸中に広める。
以前の帝国は、明文化されてはいない曖昧な機運ではあったものの、そういう方針を取っていた。
国威を発揚し、諸外国から相応の敬意を集める。そのためには武力を用いてその威光を思い知らせることも厭(いと)わない。
極端な拡張主義ではなかったものの、取れる時には遠慮なく領土を奪って来たし、一昨年には「貴族の統治に反旗を翻し、王族を弑(しい)した平民に懲罰を加える」という、まったく実利のからまない目的で二十万もの大軍を動員したりもした。
それは、自分たちがより大きく強ければその分他から優越でき[気分よく]いられるからという思いもあってのことだが、より強力な国家とならなければそもそも生存できない、という節理もある。
弱肉強食は、国家間においても成立する。
国内の政治事情を打破するために領土拡張を目的とした外征が行われることはごくありふれた出来事であったし、その際、標的になるのは[制圧が可能に見える相手]、すなわち自国よりも弱い国家、あるいはつけ入ることのできる隙を見せた国家だ。
相応に国力のある国は変な失敗をしなければまず安泰でいられるが、弱小国家は、なんらかの工夫を施さなければより強大な相手に捕食される運命にある。
もちろん、強勢を誇った大国であろうともなにかのきっかけで衰弱すれば、他に食われる。
そうした栄枯盛衰が、このヘルデン大陸でくり返されて来た歴史だった。
産業革命が始まる以前においては、国力とは国土の広さ、そしてそこに居住している人々の多さに、ほぼ比例するものだった。
どこでも「人間ができる範疇(はんちゅう)」が限界で、せいぜい家畜や風車、水車を用いた限定的な動力による補助を行える程度だから、技術に大きな差異は生じず、このために質での勝負にはなりにくかった。
多少の優劣は、量によって容易にくつがえすことができたからだ。
より大きな国家になることが、強くなることと同義と言えた。
だからタウゼント帝国もさほど旺盛(おうせい)ではなかったものの拡張主義を取っていたし、自己の力を示し他国に捕食対象と見なされないようにするため、帝国の威光を示そうと常に機会をうかがっていたのだ。
しかし、時代は大きく変わりつつあった。
海の向こうの隣国、イーンスラ王国で始まった産業革命と呼ばれる事象。
それは、既存の、国土の広さ、人口の大きさに依存した[国力]の推し量り方を大きく変えた。
小さな国土、少数の人口しかない国家であっても、優れた技術を有すれば、そうでない国家、たとえそれが大国であったとしても、経済力、生産力で優越することが可能になりつつあるのだ。
蒸気機関を始めとする動力源の誕生により、それまで人力、あるいは家畜の力が限界であった制約が取り払われた。
今までには考えられなかったような大掛かりな機械を動かすことが可能となり、そして、その性能を高めることによって、従来では達成できなかった大量生産、大量輸送が可能となりつつある。
これは、これまでのように常に対外拡張を志さずとも、自国内の発展に努めることで国力を大幅に増強できる時代が到来した、ということでもある。
自身が継承した小国、ノルトハーフェン公国で富国強兵政策を推し進め、産業化を試みて来たエドゥアルドは、その変化を肌で理解していた。
だとするならば、新しいタウゼント帝国の方針は、これまでとって来た拡大主義でなくともかまわない。
いや、むしろ、国土の拡張のために過度に力を注ぎこむのは、愚策とさえ言えるかもしれなかった。
この世界に存在する資源というのは地域で偏りが存在するから、領土が広い方が有利になるというのは間違いないだろう。
しかしそれは交易によって必要なものをやり取りすれば入手することは可能であると、交易が盛んだったノルトハーフェンの統治を通じて理解していたし、遠方まで軍隊を派遣することの大変さ、かかる費用の膨大さは、これまでの出征で痛感している。
それに、もし、どうしても対外拡張が必要になるのだとしても、国内で産業を育成し、より多くの物資を準備できるようになってからの方が、成功率はあげられる。
このまま産業革命が進展すれば、各国で激しい競争がくり広げられることだろう。
大量生産のためにはより多量の資源が必要となるから、多くの国々が拡張主義を取り、産業に必要な資源を求めて侵略をくり返すようになる。
そしてなにより、技術を持った者と、持たざる者との間に生じた大きな力の差が、これまでにない大規模な拡張を可能とするだろう。
その時にこの国を生き残らせるため、今は敢えて外に出ず、内政に注力して体力をつけさせておかなければならないはずだった。
将来必要だからと言って今のうちに対外拡張路線を取ってしまえば、振り分けられるリソースの分散をすることとなり、結果、拡張も、産業育成も、中途半端になって他国に後れを取ってしまうかもしれない。
強国であったはずのタウゼント帝国が、食われる側になってしまう。
———こうした考えから、エドゥアルドは新しいタウゼント帝国では対外拡張主義を取らない、という方針を主張した。
まずは自国の産業を育成し、将来、国際情勢がどのように変化したとしても乗り越えられるだけの体力をつけさせるのが狙いだ。
これは、新たに国家の重臣となった五人の臣下たち、国家宰相・ルドルフ・フォン・エーアリヒ、財務大臣・ディートリヒ・ツー・マルモア、法務大臣・ギルベルト・フォン・ケントニス、陸軍大臣・モーリッツ・ツー・ファーネ、海軍大臣・マリアン・フォン・シルトクルーテ、加えてノルトハーフェン公国軍の参謀総長から、新設されるタウゼント帝国軍の参謀総長に転身したアントン・フォン・シュタム、そしてエドゥアルドのブレーンであるヴィルヘルム・プロフェートのいずれからも異論は出なかった。
再建に着手したばかりの帝国にとって対外拡張などできるはずがない、というのもあるし、強引に領土を拡大せずとも産業化によって国家を発展させられるという話は、よほど頭が固い古いタイプの貴族でもなければ理解できる話だったからだ。
中でも、ディートリヒは大賛成だった。
その理由は、タウゼント帝国が抱えてきた、慢性的な財政難であった。
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