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ポッコチーヌ様のお世話係

最後の日②

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 父の姿を見て足を止めたマクシミリアンに、看守が説明をする。父は、食事に殆ど手をつけていないという。夜も良く眠れないようで、壁に凭れ、鉄格子の嵌った高窓をずっと見上げているらしい。
 マクシミリアンは檻の中で膝を抱える父に声をかける。ガルシア侯爵は三度目の呼び掛けで、漸く顔を向けた。

「マクシミリアン……何をしに来た」
「何も召し上がってらっしゃらないとか。お身体に障りますよ」
「……私など居なくなってしまえば良いのだろう。それがお前たちの望みである筈だ。カトリーヌにはそう言われた」
「俺は思っておりません。姉上も本気ではありませんよ」
「私はもう外へは出なくても良い。……もう疲れた。あんなに出たかったのに、結局ここへまた戻ってきてしまった」

 父の言う『ここ』がどこを指すか、解ってしまい、マクシミリアンは目を伏せる。この牢屋はあの場所によく似ていた。

「父上も、お爺様に折檻をされていたのですね」
「……折檻などとは思っていなかった。当然の事なのだと思っていた。だからお前にも同じようにした。跡継ぎの教育は使命であると信じていたから」

 ガルシア家筆頭として華々しくデビューした父は、祖父から施された教育を僅かも疑わなかった。己の美しさに酔い、崇め立てられる世界に浸る日々。擦り寄ってくる人々を心の中で小馬鹿にし、思うように操った。ナタリアを妻に選んだのも、肩書き見た目とも遜色なかったからだ。それだけが理由だったという。

「ナタリアはガルシア家の跡継ぎを産む者としては最適だった」
「母上を愛してはいなかったのですか」

 父は、少し黙ったあと、ぽつりと答えた。

「私はナタリアが怖かった」

 その意外な答えにマクシミリアンはたじろぐも、その先を聞き漏らさぬようにと鉄の棒を掴んだ。

「全てを見透かすような目をしていた。ガルシア家の教えを頑なに拒否し、染まることをしなかった。けれど、決して私を責めなかった。悲しい表情を浮かべることはあっても、私の前では決して泣かなかった」

 父は顔を上げて窓を見る。鉄格子越しの空は早朝の淡い水色だ。眩しげに目を細め、父は告白する。

「あの目が、いつしか嫌悪の色に染まるのを恐れた。怖くて怖くて、私はナタリアから、向き合うことから逃げ続けた。……だから、ナタリアが顔に傷を作った時、ホッとしたのさ」

 マクシミリアンは言葉をなくし、冷たい床に座り込む薄汚れた男を見つめた。

「ナタリアから逃げることが出来る。やっと、ナタリアをあの家から逃がすことが出来ると思った」




 話し終わったマクシミリアンは、ベッドに仰向けのまま目を瞑り、胸の上で手を組んだ。ゲルダはその上に手を重ねる。

「……父上をお許しになられるのですか」
「わからない。けれど、あの人はもうガルシア家には戻らないと言った。家督は俺に譲ると」
「後悔をしていらっしゃいますか?」
「……いや、まったく。けど、そうだな。もっと早く勇気を出して父を止めていれば違う結末もあったのかもしれない。そう思うと悔やまれる」
「……時間が必要だったんですよ。きっと」

 マクシミリアンは目を開き、ゲルダを見た。

「ゲルダが現れたからだ。見るに見兼ねて神が俺にゲルダを遣わしてくれたのだ」

 その場合、神はニコライということになる。ゲルダは眉をひそめた。

「ハナクソ神かぁ、ちょっと嫌だなぁ」
「ハナクソ?……まあ、良い。ゲルダ」

 マクシミリアンはゲルダの手を掴み引き寄せる。

「一緒に寝てくれ。お前の存在をもっと感じたい」

 ゲルダはマクシミリアンの隣に横たわる。指を絡めて手を繋ぎ、顔を見合せた。

「俺は真の美しさを知った。この先も決して揺らがないだろう」
「団長はこれからもっとたくさんのものを見るでしょう。世界は更に美しく輝いて見えるはずです。楽しみですね」
「そうだな……でも、その中でもお前が一等美しい……ずっと……それは、変わらない……」

 長いまつ毛が蕩けるエメラルドを覆う。すぅすぅと静かな寝息を立て始めた凜々しい顔を堪能し、ゲルダは微笑む。
 マクシミリアンはもう大丈夫だ。
 ガルシア家の呪縛から解き放たれて、自らの意思で生きていける。

 雛鳥は巣立った。

 そして、ゲルダは世話役の任務を終えたのだ。
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