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番外編
サラの悩み
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サラは浮かない顔でラ・レーヌ学園の植物研究室に向かっている。
(結局、ラファエル様には止められてしまいましたわね)
軽くため息をつくサラ。
ダゴーベール達の企みを聞き、それを阻止して彼らを追放する予定だったサラ。しかし、追放に関しては婚約者のラファエルに反対されてしまった。
(ラファエル様は、お優しくて少し甘い部分があるわ。だけど……)
『それに、サラ嬢のやり方は他者の恨みを買ってしまうよ。恨みに支配された人間は、何をしでかすか分からない。それこそ、サラ嬢に復讐してくるかもしれない。僕は……サラ嬢が危険な目に遭うのは嫌だよ』
サラはラファエルの言葉を思い出す。
(ラファエル様は、心から他者のことを思えるお方。私とは大違いね)
サラは自嘲する。
(優しく、少し甘く、真っ直ぐで……太陽のように眩しい。私はそんな彼を……)
サラは植物研究室の扉を開ける。
するとそこには予想外の人物がいた。
「女大公閣下……! 何故こちらにいらっしゃるのでございますか?」
植物学の論文を熟読するルナの姿に、サラはアクアマリンの目を大きく見開いた。
「あら、サラでしたか。新たに発見された植物の薬学的効能を改めて確認しておりましたの。会議が早く終わったので」
ルナは品よく微笑んだ。
「左様でございましたか」
サラはすぐに冷静になった。そしてミラベルが調香した香水のサンプルを丁寧に手に取る。
「サラ、浮かない顔をしておりますが、何かありましたの?」
ルナは優しく微笑んでいる。
「え……? 私、そんなに顔に出ておりましたのね……」
サラは少し俯いた。
ルナは上品にふふっと微笑む。
「普通のお方なら、気が付かないでしょう。ですが、私には分かりますわ。些細な表情の変化から情報を読み取るのは得意ですので」
ルナのアメジストの目は、何でもお見通しと言うかのようである。今でこそ生前退位して少しのんびりした生活を送っているが、伊達に女王としてナルフェック王国を治めていたわけではない。
「流石は元女王陛下であられる女大公閣下には敵いませんね」
サラは諦めたように微笑んだ。
「実は先程、私の婚約者であるラファエル様とこのようなことがございまして……」
サラはルナに洗いざらい話す。ルナは黙ってサラの話を聞いていた。
「ラファエル様は……少し甘さはございますが、損得考えず他者を思いやれる心の持ち主でございます。……私とは大違い。あのお方の眩しさに、少し引け目を感じてしまいますわ」
サラはため息をつき、ミラベルの香水サンプルをそっと実験台に置いた。
「サラ、貴女は私に似ておりますわ。そしてラファエルは私の夫のシャルル様に似ております」
ルナは懐かしむようにアメジストの目を細めた。
「私が女大公閣下に? そんな畏れ多いことでございます」
サラは少し恐縮した。
ルナは上品にクスッと微笑む。
「私も、サラの立場だったら貴女と同じことを考えましたわ。友人、そして未来の領地や領民を守る為に害となる者は確実に排除する選択肢を選びますわ。それに……」
ルナは昔を思い出し、懐かしげにアメジストの目を細めた。
「私は僅か十五歳でこの国の女王として即位しました。他国と比べて若過ぎる年齢での即位でしたので、侮られないよう必死でしたわ。今でこそ、孫のウジェーヌはニサップ王国の王家に婿入りして王配になりますが、当時はニサップ王国との関係は不安定でしたわ。それに、ドレンダレン王国では悪徳貴族によるクーデターが起き、情勢は不安定。それだけでなく、ナルフェック王国内でも私を女王の座から引き摺り下ろそうとする輩もおりましたわ」
ルナはここで一呼吸置く。サラは黙ってルナの話を傾聴している。
「私に課せられた役目は、この国の民を守り、この国を強く豊かにすること。その為なら、私は手段を選びませんでしたわ。とは言っても、あからさまに恨みを買うようなことをして私に何かあれば、それこそ国が混乱いたしますので、それは極力避けましたが。国内外にこの国を害そうとする不穏な芽があれば、育つ前に相手が自ら破滅する道を選ばせておりましたわ」
ルナはふふっと茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「それが最善だと存じます」
サラは共感するように頷く。
「ただ、やはり全てを選び取ることは出来ませんでしたわ。私の手段では、不穏なことを企む貴族の領地の領民や、他国の平民が何らかの犠牲を払うことになってしまいました。当時の私は、それを仕方がないことだと割り切っておりましたわ。ただ……シャルル様は違いました。シャルル様は、犠牲にならざるを得なかった方々に心を痛めておりましたわ。その時、私はこのお方には敵わないと感じましたわ。恐らく、今のサラと同じ状況でしょう」
ルナはアメジストの目を真っ直ぐサラに向ける。
「……確かに、女大公閣下の仰る通りでございます。ラファエル様は、大公配閣下と似ている……。……女大公閣下は、そういった感情をどのように乗り越えたのでございますか?」
サラは素直に聞いてみた。
「乗り越えたというか……素直にシャルル様に本音で話し、頼ることにしたのでます」
ルナは悟りを開いたような笑みである。
「え……?」
サラは意外そうにアクアマリンの目を見開いた。
「全てを望み全てを救おうとしたら、逆に全てを失う可能性すらあります。ですから、私はシャルル様のような甘さを持てませんでしたわ。それが国を揺るがす致命的なミスになりかねませんから。だから、私が出来ないこと、持っていない部分に関しては、シャルル様にお任せすることにしましたの」
目から鱗だった。確かに、サラは自身とルナが似ていると感じてはいたが、ルナのその考えには至らなかったのだ。
「私も、ラファエル様をもっと頼ればいいと……」
ルナは「そうですわ」と頷く。そして言葉を続ける。
「サラの場合、まずはラファエルに自分の気持ちを素直に打ち明けることからですわね」
ルナは優しく微笑んだ。
(ラファエル様に素直に……)
サラの心は少し楽になった。
「女大公閣下、本当にありがとうございます」
サラは少しスッキリとした笑みを浮かべている。
その時、植物研究室の扉が開く。
「ルナ様、こちらにいらしたのですね」
太陽の光に染まったようなブロンドの髪に、年老いてもなお溌剌として若々しいサファイアのような青い目の男性が入って来た。
「シャルル様」
ルナはアメジストの目を嬉しそうに細める。この男性がルナの夫で大公配であるシャルル・イヴォン・ピエール・ド・ロベールなのだ。
「おや、サラ嬢も来ていたのですね」
シャルルはサラを見て微笑んだ。
「ご機嫌麗しゅう、大公配閣下」
サラはシャルルに軽く挨拶をした。
その後、ルナとシャルルは軽く談笑している。ルナは気負わず肩の力が抜けているように見えた。
(……私は、力仕事はともかく、一人で友人や領民を守ろうと必死になっていたのかもしれないわ。ラファエル様とは今後も末永い付き合いになるというのに、一人で背負って、勝手にラファエル様に憧れや少しの対抗意識を抱いていたのね)
サラはルナとシャルルの様子を見て柔らかい笑みを浮かべた。
その時、サラはルナが指でさり気なく実験台を軽く叩いていることに気付く。コンコンと響く音は、規則性がないように聞こえるが……。
(モールス符号ね)
サラはシャルルと談笑中のルナがモールス信号で自分に何かを伝えようとしていることに気が付いた。
『サラ、貴女はきっと今の私のようになれますわ』
ルナはサラをみて優しく頬んだ。
サラも指で軽く机を叩き、モールス信号で伝える。
『ありがとうございます』
サラはルナを真っ直ぐ見ていた。
「あれ? ルナ様もサラ嬢も、どうかしたのですか?」
シャルルはアイコンタクトを取った二人に気付き、首を傾げている。
「何でもありませんわ、シャルル様」
ルナはクスッと悪戯っぽく微笑んだ。
「ええ……本当ですか? 少し気になります」
シャルルは苦笑する。
「女大公閣下、大公配閣下、私はそろそろ失礼いたしますわ」
サラはそのまま植物研究室を後にした。ルナと話したことで、サラの心は晴れやかになっていた。すると、とある人物に出会す。
「あ、ザーラ嬢、じゃなかった。サラ嬢」
ラファエルである。ラファエルは少しガーメニー語訛りが入ってしまっている。
思わぬ時にラファエルに出会したサラは、クスッと笑う。
(これは、女大公閣下が仰ったように、ラファエル様に素直に話しなさいということね)
「サラ嬢? ……そんなに見つめられると照れるよ」
ラファエルはペリドットの目を少し逸らし、頬を赤く染めていた。
「ラファエル様、お話ししたいことがございますの」
柔らかな笑みを浮かべるサラ。アクアマリンの目は、真っ直ぐラファエルを見つめていた。
(結局、ラファエル様には止められてしまいましたわね)
軽くため息をつくサラ。
ダゴーベール達の企みを聞き、それを阻止して彼らを追放する予定だったサラ。しかし、追放に関しては婚約者のラファエルに反対されてしまった。
(ラファエル様は、お優しくて少し甘い部分があるわ。だけど……)
『それに、サラ嬢のやり方は他者の恨みを買ってしまうよ。恨みに支配された人間は、何をしでかすか分からない。それこそ、サラ嬢に復讐してくるかもしれない。僕は……サラ嬢が危険な目に遭うのは嫌だよ』
サラはラファエルの言葉を思い出す。
(ラファエル様は、心から他者のことを思えるお方。私とは大違いね)
サラは自嘲する。
(優しく、少し甘く、真っ直ぐで……太陽のように眩しい。私はそんな彼を……)
サラは植物研究室の扉を開ける。
するとそこには予想外の人物がいた。
「女大公閣下……! 何故こちらにいらっしゃるのでございますか?」
植物学の論文を熟読するルナの姿に、サラはアクアマリンの目を大きく見開いた。
「あら、サラでしたか。新たに発見された植物の薬学的効能を改めて確認しておりましたの。会議が早く終わったので」
ルナは品よく微笑んだ。
「左様でございましたか」
サラはすぐに冷静になった。そしてミラベルが調香した香水のサンプルを丁寧に手に取る。
「サラ、浮かない顔をしておりますが、何かありましたの?」
ルナは優しく微笑んでいる。
「え……? 私、そんなに顔に出ておりましたのね……」
サラは少し俯いた。
ルナは上品にふふっと微笑む。
「普通のお方なら、気が付かないでしょう。ですが、私には分かりますわ。些細な表情の変化から情報を読み取るのは得意ですので」
ルナのアメジストの目は、何でもお見通しと言うかのようである。今でこそ生前退位して少しのんびりした生活を送っているが、伊達に女王としてナルフェック王国を治めていたわけではない。
「流石は元女王陛下であられる女大公閣下には敵いませんね」
サラは諦めたように微笑んだ。
「実は先程、私の婚約者であるラファエル様とこのようなことがございまして……」
サラはルナに洗いざらい話す。ルナは黙ってサラの話を聞いていた。
「ラファエル様は……少し甘さはございますが、損得考えず他者を思いやれる心の持ち主でございます。……私とは大違い。あのお方の眩しさに、少し引け目を感じてしまいますわ」
サラはため息をつき、ミラベルの香水サンプルをそっと実験台に置いた。
「サラ、貴女は私に似ておりますわ。そしてラファエルは私の夫のシャルル様に似ております」
ルナは懐かしむようにアメジストの目を細めた。
「私が女大公閣下に? そんな畏れ多いことでございます」
サラは少し恐縮した。
ルナは上品にクスッと微笑む。
「私も、サラの立場だったら貴女と同じことを考えましたわ。友人、そして未来の領地や領民を守る為に害となる者は確実に排除する選択肢を選びますわ。それに……」
ルナは昔を思い出し、懐かしげにアメジストの目を細めた。
「私は僅か十五歳でこの国の女王として即位しました。他国と比べて若過ぎる年齢での即位でしたので、侮られないよう必死でしたわ。今でこそ、孫のウジェーヌはニサップ王国の王家に婿入りして王配になりますが、当時はニサップ王国との関係は不安定でしたわ。それに、ドレンダレン王国では悪徳貴族によるクーデターが起き、情勢は不安定。それだけでなく、ナルフェック王国内でも私を女王の座から引き摺り下ろそうとする輩もおりましたわ」
ルナはここで一呼吸置く。サラは黙ってルナの話を傾聴している。
「私に課せられた役目は、この国の民を守り、この国を強く豊かにすること。その為なら、私は手段を選びませんでしたわ。とは言っても、あからさまに恨みを買うようなことをして私に何かあれば、それこそ国が混乱いたしますので、それは極力避けましたが。国内外にこの国を害そうとする不穏な芽があれば、育つ前に相手が自ら破滅する道を選ばせておりましたわ」
ルナはふふっと茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「それが最善だと存じます」
サラは共感するように頷く。
「ただ、やはり全てを選び取ることは出来ませんでしたわ。私の手段では、不穏なことを企む貴族の領地の領民や、他国の平民が何らかの犠牲を払うことになってしまいました。当時の私は、それを仕方がないことだと割り切っておりましたわ。ただ……シャルル様は違いました。シャルル様は、犠牲にならざるを得なかった方々に心を痛めておりましたわ。その時、私はこのお方には敵わないと感じましたわ。恐らく、今のサラと同じ状況でしょう」
ルナはアメジストの目を真っ直ぐサラに向ける。
「……確かに、女大公閣下の仰る通りでございます。ラファエル様は、大公配閣下と似ている……。……女大公閣下は、そういった感情をどのように乗り越えたのでございますか?」
サラは素直に聞いてみた。
「乗り越えたというか……素直にシャルル様に本音で話し、頼ることにしたのでます」
ルナは悟りを開いたような笑みである。
「え……?」
サラは意外そうにアクアマリンの目を見開いた。
「全てを望み全てを救おうとしたら、逆に全てを失う可能性すらあります。ですから、私はシャルル様のような甘さを持てませんでしたわ。それが国を揺るがす致命的なミスになりかねませんから。だから、私が出来ないこと、持っていない部分に関しては、シャルル様にお任せすることにしましたの」
目から鱗だった。確かに、サラは自身とルナが似ていると感じてはいたが、ルナのその考えには至らなかったのだ。
「私も、ラファエル様をもっと頼ればいいと……」
ルナは「そうですわ」と頷く。そして言葉を続ける。
「サラの場合、まずはラファエルに自分の気持ちを素直に打ち明けることからですわね」
ルナは優しく微笑んだ。
(ラファエル様に素直に……)
サラの心は少し楽になった。
「女大公閣下、本当にありがとうございます」
サラは少しスッキリとした笑みを浮かべている。
その時、植物研究室の扉が開く。
「ルナ様、こちらにいらしたのですね」
太陽の光に染まったようなブロンドの髪に、年老いてもなお溌剌として若々しいサファイアのような青い目の男性が入って来た。
「シャルル様」
ルナはアメジストの目を嬉しそうに細める。この男性がルナの夫で大公配であるシャルル・イヴォン・ピエール・ド・ロベールなのだ。
「おや、サラ嬢も来ていたのですね」
シャルルはサラを見て微笑んだ。
「ご機嫌麗しゅう、大公配閣下」
サラはシャルルに軽く挨拶をした。
その後、ルナとシャルルは軽く談笑している。ルナは気負わず肩の力が抜けているように見えた。
(……私は、力仕事はともかく、一人で友人や領民を守ろうと必死になっていたのかもしれないわ。ラファエル様とは今後も末永い付き合いになるというのに、一人で背負って、勝手にラファエル様に憧れや少しの対抗意識を抱いていたのね)
サラはルナとシャルルの様子を見て柔らかい笑みを浮かべた。
その時、サラはルナが指でさり気なく実験台を軽く叩いていることに気付く。コンコンと響く音は、規則性がないように聞こえるが……。
(モールス符号ね)
サラはシャルルと談笑中のルナがモールス信号で自分に何かを伝えようとしていることに気が付いた。
『サラ、貴女はきっと今の私のようになれますわ』
ルナはサラをみて優しく頬んだ。
サラも指で軽く机を叩き、モールス信号で伝える。
『ありがとうございます』
サラはルナを真っ直ぐ見ていた。
「あれ? ルナ様もサラ嬢も、どうかしたのですか?」
シャルルはアイコンタクトを取った二人に気付き、首を傾げている。
「何でもありませんわ、シャルル様」
ルナはクスッと悪戯っぽく微笑んだ。
「ええ……本当ですか? 少し気になります」
シャルルは苦笑する。
「女大公閣下、大公配閣下、私はそろそろ失礼いたしますわ」
サラはそのまま植物研究室を後にした。ルナと話したことで、サラの心は晴れやかになっていた。すると、とある人物に出会す。
「あ、ザーラ嬢、じゃなかった。サラ嬢」
ラファエルである。ラファエルは少しガーメニー語訛りが入ってしまっている。
思わぬ時にラファエルに出会したサラは、クスッと笑う。
(これは、女大公閣下が仰ったように、ラファエル様に素直に話しなさいということね)
「サラ嬢? ……そんなに見つめられると照れるよ」
ラファエルはペリドットの目を少し逸らし、頬を赤く染めていた。
「ラファエル様、お話ししたいことがございますの」
柔らかな笑みを浮かべるサラ。アクアマリンの目は、真っ直ぐラファエルを見つめていた。
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