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武虎
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――――…
月のモノが終わり、その一週間後には次の通学先が決まった。今度は男子校だった。前回、男子に襲われたとはいえ俺の中では女子の方が恐ろしかったからか、共学でない方が選ばれた。ああ、良かったと、内心安堵していた。
いつもと同じように、羽柴さんも学生として通ってくれることになった。俺より早く転入し、既にクラスの中心となっていた。
毎度、すごいことだと感心するけれど、それよりもすごいと思うのはその見た目。髪型を変えて学ランを着る姿は十代の男子そのもの。俺と出会った頃から歳をとった様子を見せないでいる羽柴さんは、実は不老不死なんじゃないかと密かに思っている。
対して、後から無事に転入を果たした俺はやっぱり読書好きなインドア男子として友人を作らないこと二週間。静かで穏やかな日々を過ごしている。今回は平和な学園生活を送りたいもんだね。
そんな月曜日の朝。シキが朝食のスクランブルエッグを食べながら俺に言った。
「滴もそろそろ二十歳だね」
「はたち……」
はたち。はて、何だったっけ? はたち、はたち……あ、二十歳か。
「今、気づいたって顔をするね」
シキがクスクスと笑った。未だに与えられた誕生日というものが覚えられない。毎年、シキに言われて歳をとることに気づかされる。
そっか。俺ももう、二十歳なのか。二十歳だと……ああ、お酒が飲めるなぁ。
「お祝いをしないといけませんね。何か欲しい物はありますか?」
バターをたっぷりと塗ったトーストを噛りながら未知の飲み物を思い浮かべていると、シキのテーブルへおかわり分のトーストを用意する羽柴さんが俺へ尋ねた。
欲しい物、といきなり言われてもな……。うーん、お酒はもしも飲めなかった時に勿体無いし。新しい眼鏡とか? それか寝巻き……あ、来月発売されるメリーゴーランド蜜月先生の新刊『隣の人妻の堕とし方』が読みたい。文体が独特で面白いんだよね。本は好きだし。うん。それにしよう。
俺の中で欲しい物が決まり口を開きかけたその時、トーストを掴んだシキが……
「そうだ。最近、郊外にある豪邸と土地を手に入れたんだけど、まとめてプレゼントしてあげようか」
なんて、大層なことをさらりと言うものだから、手にしていた噛りかけのトーストを、バターを塗った面を下にして落としてしまった。軽くなった手元を見つめながら、しばし考えた後で「いらないかな」と短く答えた。
「そう。では羽柴にくれてやろう」
シキは特に気にした様子もなく、俺が床に落としたトーストを片づけてくれる羽柴さんに言葉だけを向けた。
羽柴さんも羽柴さんで、淡々とシキに答えた。
「ついでのように私に投げられても困ります、シキ」
「いずれ所帯を持つこともあるだろう。値のつく土地は持っていて損はない」
「では土地だけ、有り難く頂いておきます」
俺と違ってあっさりとした彼らの会話はそれで終わった。
この二人の関係は不思議だ。一見、羽柴さんはシキに対して忠実な部下のように見えるけれど、その実シキに遠慮がない。主従関係があるようで、それがない……って言ったら、怒られるかな。互いに興味のないような素振りを見せるのに、その空気は冷たくない。
いつから羽柴さんがシキの下で働いているのかわからない。でも、長い時間を共にしているんだろう。見えない信頼関係……って言うのかな。それが不思議と感じられる。
二人の出会いとかも少しだけ興味がある。いつか聞いてみたい、な。
それはそうと。シキの口から所帯という単語が出るとは意外だった。それが羽柴さんに向けられることも。
これまで六年、こうして暮らしているけれど、シキや羽柴さんに恋人とかの話は出たことがない。
羽柴さんは仕事だし、ここで出さないのが当たり前なのかもしれないけれど、まだまだ若いよね。実はいるんです、って言われたらびっくりだけど喜ばしいことなんだよね、たぶん。
それからシキも……シキはどうなんだろう? 俺はこれまでそういった人を見たことがない。そりゃそうだ。シキの家族すら知らないんだから。でもシキもいい歳なんだよね。今が三十三歳で、誕生日が来たら四になる。結婚の話がないことの方が不思議な筈なのに、全然イメージが湧かないのは何故だろう。
「滴。何を考えているの? 悩み事?」
考え込む俺にシキが声をかけた。端から見ればただぼーっとしているだけの俺の些細な反応によく気づくよね。
首を横に振っても意味がないと判断した俺は、羽柴さんに向かって尋ねた。
「羽柴さんは結婚の予定とかあるの?」
唐突な俺の質問に、羽柴さんは目を見開いてシキを見た。そしてシキもきょとんとした様子で羽柴さんを見る。
珍しく二人して顔を合わせるも、すぐに羽柴さんは俺に向かって微笑んだ。
「今のところはありませんよ。何故ですか?」
何故、と聞かれると何でだろう? 気になったとしか言えないな。
俺は羽柴さんに答えず、今度はシキに向かった。
「じゃあ、シキは?」
「私?」
「シキは結婚しないの?」
これがおかしかったのか。やっぱり二人は互いに顔を見合わせる。普段は顔すら合わせずにいるのに。
シキは羽柴さんから視線を外すとテーブル上で頬杖をしながら、不思議そうな表情を浮かべて俺に尋ねた。
「滴は私に結婚して欲しいの?」
結婚して欲しいのか。その質問に、俺は考えるように視線を上にした。
そして数秒経った後、俺はシキに向かって首を縦に振った。
「ふむ」
シキもまた何かを考えるように宙を見上げた。
そして俺に、柔らかく微笑んだ。
「考えておこうかな」
月のモノが終わり、その一週間後には次の通学先が決まった。今度は男子校だった。前回、男子に襲われたとはいえ俺の中では女子の方が恐ろしかったからか、共学でない方が選ばれた。ああ、良かったと、内心安堵していた。
いつもと同じように、羽柴さんも学生として通ってくれることになった。俺より早く転入し、既にクラスの中心となっていた。
毎度、すごいことだと感心するけれど、それよりもすごいと思うのはその見た目。髪型を変えて学ランを着る姿は十代の男子そのもの。俺と出会った頃から歳をとった様子を見せないでいる羽柴さんは、実は不老不死なんじゃないかと密かに思っている。
対して、後から無事に転入を果たした俺はやっぱり読書好きなインドア男子として友人を作らないこと二週間。静かで穏やかな日々を過ごしている。今回は平和な学園生活を送りたいもんだね。
そんな月曜日の朝。シキが朝食のスクランブルエッグを食べながら俺に言った。
「滴もそろそろ二十歳だね」
「はたち……」
はたち。はて、何だったっけ? はたち、はたち……あ、二十歳か。
「今、気づいたって顔をするね」
シキがクスクスと笑った。未だに与えられた誕生日というものが覚えられない。毎年、シキに言われて歳をとることに気づかされる。
そっか。俺ももう、二十歳なのか。二十歳だと……ああ、お酒が飲めるなぁ。
「お祝いをしないといけませんね。何か欲しい物はありますか?」
バターをたっぷりと塗ったトーストを噛りながら未知の飲み物を思い浮かべていると、シキのテーブルへおかわり分のトーストを用意する羽柴さんが俺へ尋ねた。
欲しい物、といきなり言われてもな……。うーん、お酒はもしも飲めなかった時に勿体無いし。新しい眼鏡とか? それか寝巻き……あ、来月発売されるメリーゴーランド蜜月先生の新刊『隣の人妻の堕とし方』が読みたい。文体が独特で面白いんだよね。本は好きだし。うん。それにしよう。
俺の中で欲しい物が決まり口を開きかけたその時、トーストを掴んだシキが……
「そうだ。最近、郊外にある豪邸と土地を手に入れたんだけど、まとめてプレゼントしてあげようか」
なんて、大層なことをさらりと言うものだから、手にしていた噛りかけのトーストを、バターを塗った面を下にして落としてしまった。軽くなった手元を見つめながら、しばし考えた後で「いらないかな」と短く答えた。
「そう。では羽柴にくれてやろう」
シキは特に気にした様子もなく、俺が床に落としたトーストを片づけてくれる羽柴さんに言葉だけを向けた。
羽柴さんも羽柴さんで、淡々とシキに答えた。
「ついでのように私に投げられても困ります、シキ」
「いずれ所帯を持つこともあるだろう。値のつく土地は持っていて損はない」
「では土地だけ、有り難く頂いておきます」
俺と違ってあっさりとした彼らの会話はそれで終わった。
この二人の関係は不思議だ。一見、羽柴さんはシキに対して忠実な部下のように見えるけれど、その実シキに遠慮がない。主従関係があるようで、それがない……って言ったら、怒られるかな。互いに興味のないような素振りを見せるのに、その空気は冷たくない。
いつから羽柴さんがシキの下で働いているのかわからない。でも、長い時間を共にしているんだろう。見えない信頼関係……って言うのかな。それが不思議と感じられる。
二人の出会いとかも少しだけ興味がある。いつか聞いてみたい、な。
それはそうと。シキの口から所帯という単語が出るとは意外だった。それが羽柴さんに向けられることも。
これまで六年、こうして暮らしているけれど、シキや羽柴さんに恋人とかの話は出たことがない。
羽柴さんは仕事だし、ここで出さないのが当たり前なのかもしれないけれど、まだまだ若いよね。実はいるんです、って言われたらびっくりだけど喜ばしいことなんだよね、たぶん。
それからシキも……シキはどうなんだろう? 俺はこれまでそういった人を見たことがない。そりゃそうだ。シキの家族すら知らないんだから。でもシキもいい歳なんだよね。今が三十三歳で、誕生日が来たら四になる。結婚の話がないことの方が不思議な筈なのに、全然イメージが湧かないのは何故だろう。
「滴。何を考えているの? 悩み事?」
考え込む俺にシキが声をかけた。端から見ればただぼーっとしているだけの俺の些細な反応によく気づくよね。
首を横に振っても意味がないと判断した俺は、羽柴さんに向かって尋ねた。
「羽柴さんは結婚の予定とかあるの?」
唐突な俺の質問に、羽柴さんは目を見開いてシキを見た。そしてシキもきょとんとした様子で羽柴さんを見る。
珍しく二人して顔を合わせるも、すぐに羽柴さんは俺に向かって微笑んだ。
「今のところはありませんよ。何故ですか?」
何故、と聞かれると何でだろう? 気になったとしか言えないな。
俺は羽柴さんに答えず、今度はシキに向かった。
「じゃあ、シキは?」
「私?」
「シキは結婚しないの?」
これがおかしかったのか。やっぱり二人は互いに顔を見合わせる。普段は顔すら合わせずにいるのに。
シキは羽柴さんから視線を外すとテーブル上で頬杖をしながら、不思議そうな表情を浮かべて俺に尋ねた。
「滴は私に結婚して欲しいの?」
結婚して欲しいのか。その質問に、俺は考えるように視線を上にした。
そして数秒経った後、俺はシキに向かって首を縦に振った。
「ふむ」
シキもまた何かを考えるように宙を見上げた。
そして俺に、柔らかく微笑んだ。
「考えておこうかな」
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