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第六話 ルイ様と離れて過ごす一日 6

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「はあ、楽しかった……」

 ダンスの後は立食パーティとなり、マルディラムさんが用意してくれたたくさんの料理をみんなで談笑しながら味わった。秘蔵のワインも出してくれたので、嗜む程度にいただいた。ミーシャお姉様は飲みすぎてマルディラムさんに叱られていた。泥酔してケタケタ笑いながら服を脱ぎ始めたあたりでウェインさんに強制退場させられていた。

 その様子をやれやれと呆れ顔で見送ったルイ様が、くるりと私に向き合った。

「アリエッタも少し飲んでいただろう。酔い覚ましに夜風にあたりに行かないか?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 笑顔で快諾すると、ルイ様はフッと笑みを漏らして流れる所作で私の手を取り中庭へと向かった。

 すっかり日が落ちた中庭には夜風が吹き込み、程よい涼しさで心地が良い。熱った身体を優しく冷ましてくれる。
 以前ルイ様と湖に行った時より随分高い位置に月が出ている。魔界に来て半年以上が経つものね、季節は冬に向かっている。

「アリエッタ、今日はゆっくり過ごせたか?」
「はい。おかげさまで、楽しい一日を過ごすことができました。でも……」

 ルイ様の労りの言葉に、私はゆっくり頷いた。

 今日はミーシャお姉様を始め、みんなが私のためにおもてなしをしてくれた。どれも嬉しくて楽しくて、魔界に来て良かったと改めて感じることができた。けれど、どこかぽっかり胸に穴が空いたような、何かが足りないような、そんな気持ちをずっと抱えていた。

 その理由は、ルイ様に会ってようやく分かった。

「ルイ様がいないと、アリエッタはダメみたいです」

 ヘラッと頬を綻ばせて伝えれば、ルイ様は金色の瞳でジッと私を見つめてくれる。
 暗くて表情は読めないけれど、真剣な雰囲気が滲んでいて、少しドキドキと心臓が騒めいている。

「アリエッタ……」
「は、はい……」
「余も、今日一日アリエッタと離れて過ごして、改めてアリエッタの大切さが分かった。ウェインには悪いが、やはりアリエッタの声に起こされて、一緒に勉強をして魔法の特訓をして、フェリックスと遊んで……一日離れただけでこうも恋しくなるとは思わなかった。もはやアリエッタは余の生活の一部になっているのだ」
「ルイ様……えへへ、ありがとうございます。光栄です」

 静かにルイ様が紡ぐ言葉が、じんわりと胸に染み入っていく。


 ああ、なんだか、無性に――


「アリエッタ、その、少し……抱きしめてもいいだろうか?」
「えっ⁉︎」
「だ、だめか?」

 思わず口に出してしまったのかと思ったけれど、その言葉を発したのはルイ様だった。
 私が素っ頓狂な声をあげてしまったため、しゅん、と少し項垂れて上目遣いで懇願してくる。んぎゅううう! 愛おしすぎて心臓が捩れる!

「い、いいえ! その、私も同じことを考えていたので驚いて……あっ」

 慌てて弁明したために、うっかり口を滑らせた私はパッと両手で口元を覆う。恥ずかしい!
 目を瞬きながら、挙動不審な私を見つめていたルイ様は、フハッと可愛い笑みを漏らして私の両手首を優しく掴んだ。

「そうか、嬉しいぞ」
「あ……」

 グイッと両手を下に引かれ、よろけた私はルイ様の肩にぽふんと顔を沈めてしまう。
 身長差があるので、私が屈む不恰好な形となってしまったけれど、しっかりと背中に回された腕はしっかりと私を捉えて離さない。身じろぎしようにも、意外と力が強いルイ様から逃れることができない。
 出会った頃はまだまだ幼くて、可愛い弟のように思っていたけれど、いつの間にかすっかり男の子に成長していたのだと実感する。途端に、ぶわりと身体が熱くなる。

「あ、あの、ルイ様っ」

 恥ずかしさの限界が来て、トントンと背中を叩くと名残惜しそうにルイ様が腕を解いた。

「すまない、痛かったか?」
「い、いえ! ちょっと、心臓が持ちそうになくって」
「ん? どういうことだ?」
「気にしないでください!」

 キョトンと真意を尋ねるルイ様はやっぱりまだまだ子供だ。私はブンブン両手を振る。

「さあ、そろそろおやすみの時間ですよ。アリエッタがお手伝いしますのでお部屋に帰りましょう」
「ああ、ありがとう」

 再び手を繋いで中庭を出て、ルイ様のお部屋へと向かう。お着替えと湯浴みを手伝って、就寝準備が整った。

 姿が見えないと思っていたら、フェリックスはすでにルイ様のベッドで一足早く夢の世界に旅立っていたらしい。
 プピピ、と可愛く寝息を立てていて、二人で顔を合わせて笑ってしまった。

「では、ルイ様。明日からまたよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 さて、今日は盛りだくさんの一日だったので、私も早く部屋に戻って明日に備えて眠らないと――
 ルイ様がベッドに潜り込んでいる間にそんなことを考えていると、やけに視線を感じてベッドに顔を向ける。

「ど、どうかされましたか?」

 ルイ様はベッドに座ったまま、ジッと私の顔を見ていた。それはもう、穴が開きそうなぐらいに。

「アリエッタはいつも可愛いが、今日は特段美しいな」
「へえっ⁉︎」

 ボンッと顔が真っ赤になり、狼狽えているうちに、ルイ様は素早く立ち上がると目一杯背伸びをして――
 フニッと柔らかな感触が頬に広がった。

「おやすみ、アリエッタ」

 至近距離で蕩ける笑顔を向けられて、頬に手を添えたまま立ち尽くす私を置いて、ルイ様はそそくさとベッドに潜り込んでしまった。
 間も無く規則正しい寝息が聞こえてきて、ようやくそこで私は深く息を吐き出した。

「び、びっくりした……」

 へなへなとその場にへたり込んだ私は、ウェインさんやマルディラムさんがルイ様の寝顔を拝みに訪れるまで魂が抜けたように放心していた。
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