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第一章
【第四話】「愛があれば、盗聴じみた行為も好意の一環です」③
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何か買わないと、せめて最低限の物だけでも。そう思うのに何を買うべきか決められず、どの店の前も通り過ぎてしまう。
どうしよう、どうしたらいい?
唯一の財産となってしまった鞄を大事に抱き締め、ぼぉっとそればかり考えて歩いていると、私の足は自然とセフィルさんの店に向かっていたみたいだ。気が付いた時には、縋るような気持ちで、彼の店の前に立っていた。
私が出てすぐに消えたはずの店内照明が今は灯っていて、窓から見えるシャンデリアから溢れるオレンジ色が、とても温かそうだ。
硝子窓の奥にはセフィルさんの立ち姿が薄っすらと見え、どこかへ電話をかけているみたいだった。
「こんな時間にお邪魔したら、迷惑かな…… 」
不安になり、足がこれ以上進まなくなる。迷惑をかけたくない思いから俯いていると、店のドアが内側からゆっくりと開き、中からセフィルさんが声を掛けてくれた。
「そんな場所に居ては冷えますよ。さぁ、中へ」
柔らかな笑みを浮かべ、セフィルさんが手招きしてくれる。
「…… でも、お邪魔では?」
怖気ずき、一歩後ろに下がってしまった私に向かい、セフィルさんは手を差し出してきた。
「貴女を邪魔だと思った事は一度も無いですよ。何を怖がるのです?」
可笑しな事を言うものだと言いたげな顔をされ、少し気が緩む。叔母の早紀さんのように、私を拒否しないでくれた事も嬉しくて、私は恐る恐る店の入口へと歩き出した。
「…… おかえりなさい」
外と店内の境界線で止まってしまった私の背中に手を添えてを、セフィルさんが中へと促す。かけてくれた言葉も、ここが私の戻って来て良い場所なのだと言われたみたいで嬉しかった。
「店はもう閉めますから、居住スペースの方へ行きましょう」
ドアを閉め、店の鍵をかける。店内の照明を消すと、セフィルさんが私の背に軽く触れた。
「さぁ、こちらです」
セフィルさんが私の隣を歩き、私室へと案内してくれる。幼い頃から何度も通ったお店だが、プライベートな空間へ入れてくれようとするのはこれが初めてだ。
「お店にまだセフィルさんが居てよかったです」
私はホッとし、安堵を隠す事なく彼に伝えた。
家の電話番号も住んでいる場所が店と同じ位置だという事も何もかも知らなかったので、すれ違い、会えない事も充分にあったのだ。
「心配いりませんよ。貴女が来るのに私が気が付かない事など、あり得ませんから」
綺麗な顔を私へと向け、セフィルさんが言う。
私を安心させる為にオーバーに言ってくれているのかな?と思い、笑顔で応えた。
「こちらです」
店内の奥にある扉をセフィルさんが開ける。その中に入ると、吹き抜けになった六角形の薄暗い空間があり、蔦をイメージしたデザインのシックな螺旋階段が上下へとつながっていた。
「二階へ行きますよ」
店の奥にこんな場所があったのか。
キョロキョロと周囲を見渡す私の背を、セフィルさんが軽く押す。
「お洒落な階段ですね」
「気に入ってくれたのなら嬉しいです」
階段の一段一段が仄かに光り、足元を照らしている。鉄製の細い蔦の上には所々に小さな梟が並び、それらの目も微かに光っていた。
アンティークなデザインの階段だけど、LEDでライトアップしているのかな?と考えながら上へとあがって行った。
二階へ辿り着くと、これまた古風な、ステンドグラスをあしらった美しい扉が目に入った。
「ここへ入ったら引き返せませんが、それでも中へ入りますか?」
「…… ?」
どういう事だろう?と首を傾げる私に向かい、セフィルさんが微笑みながら「今の貴女に対しては、愚問でしたね」と言いながら、私の返事を待つ事なく扉を開け、私を中へと導いた。
「…… お邪魔します」
鞄をギュッと抱きしめ、室内へと進む。
店の真上にあるはずなのに意外に中は広く、ワンルームの空間にキッチンや寝室らしいスペースなどが全てあり、半透明のパーテーションでそれらが仕切られている。天井はとても高く、三階のあるべき空間まで吹き抜けになっていた。
窓は高い位置にしか無く、一面壁のみだ。
照明の類は全て壁にあるカフェ風のブランケットライトと床に置かれた円形のルームライトのみで、ちょっと薄暗い。直射日光の入るような明るい空間は、もしかしたらあまり好きではないのかもしれない。
部屋の中心には大きなレトロデザインのソファーが置かれ、側にはガラス製の四角いセンターテーブルと丸いサイドテーブルが置かれている。すぐ横には背の高い植木鉢もあり、その中には太めのとまり木とミカンサイズの梟が留まっていた。
「まずはソファーにでもどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
素直に頷き、ソファーへと腰掛ける。抱えていた鞄は足元へと置き、背もたれに寄りかかると、やっと一息つけた。
この子は作り物かな?可愛いなぁ。
すぐ隣にある植木に留まる梟を、ついじっと見てしまう。人の物なので勝手に触る事は出来ないが、あまりにリアルで気になってしょうがない。
キッチンへと向かったセフィルさんが「触っても構いませんよ、彼は噛みませんから」と言ったので、この子は本物なのか!と私は少し驚いた。
「アカスズメフクロウという種類です。可愛いでしょう?他にも沢山いますが、今日はその子だけにしておきました」
「沢山⁈」
部屋はこの一室しか無いように見えるのだが、上の階にでも梟の部屋があるんだろうか?と考え、見える訳もないのに私は天井を見上げた。
「えぇ、彼等は知恵の象徴ですからね。使役する者達の中で一番のお気に入りなんですよ」
「…… へぇ」
しえきって何の事だろう?また日本語の言い間違いかな?
不思議に思いながらも、適当に返事をした。
ビックリさせぬようゆっくりと梟へと近づく。私の気配を近くで感じたからなのか、梟はクワッと大きな目を開けると、小さな梟は息急きた様子ではあったが、私の肩へと飛び乗ってくれた。
「ふあぁぁぁっ!」
私が変な声を出して喜んでいる隙にセフィルさんがお茶を淹れ、センターテーブルへと置いてくれる。
「ほうじ茶にしてみましたが、他に飲みたいものがあれば遠慮なく言って下さいね。貴女の為なら何でも用意出来ますから」
「ありがとうございます。…… えっと、私は動いても平気ですかね?」
肩に梟を乗せた事など無いので、どうしていいのかわからない。
「平気ですよ。落ちても飛べますしね」
「あ、そっか。えっと…… じゃあ、いただきます」
出してもらったほうじ茶を飲み、ふぅと息を吐き出す。やっぱりセフィルさんの淹れてくれるものはいつだって美味しいなぁと考えていると、おにぎりと沢庵がのったお皿をそっとテーブルの上に差し出された。
「空腹ではないでしょうが、何か食べておいた方がいいですよ。お菓子だけでは体調を崩してしまいますからね」
こんな遅い時間に私が来た事で、セフィルさんは何か察しているのかもしれない。
「何から何まですみません」
項垂れる私の耳に、梟が頭を擦り付けてくる。慰めてくれているのだろうか?
「…… 私の役目を取ると、閉じ込めますよ」
驚く程冷めた声が聞こえたことで私が慌てて顔を上げると、梟は肩から飛び立ち、即座にとまり木へと帰ってしまった。
残念に思いながら梟の姿を目で追っていると、セフィルさんが追加で豆腐とワカメのお味噌汁まで出してくれた。
「冷めないうちにどうぞ。お味噌汁もありますよ」
あれ?いつの間に?
セフィルさんが立ち上がった気配など無かったのだが、確かに存在するお味噌汁を前に私は首を傾げた。
狐につままれたような気分になりながらも、出してくれたご飯に手を伸ばす。
いつも食べさせてくれるお菓子も美味しいが、お味噌汁も絶品で、空腹ではないお腹でもあっさりと頂けてしまった。
どうしよう、どうしたらいい?
唯一の財産となってしまった鞄を大事に抱き締め、ぼぉっとそればかり考えて歩いていると、私の足は自然とセフィルさんの店に向かっていたみたいだ。気が付いた時には、縋るような気持ちで、彼の店の前に立っていた。
私が出てすぐに消えたはずの店内照明が今は灯っていて、窓から見えるシャンデリアから溢れるオレンジ色が、とても温かそうだ。
硝子窓の奥にはセフィルさんの立ち姿が薄っすらと見え、どこかへ電話をかけているみたいだった。
「こんな時間にお邪魔したら、迷惑かな…… 」
不安になり、足がこれ以上進まなくなる。迷惑をかけたくない思いから俯いていると、店のドアが内側からゆっくりと開き、中からセフィルさんが声を掛けてくれた。
「そんな場所に居ては冷えますよ。さぁ、中へ」
柔らかな笑みを浮かべ、セフィルさんが手招きしてくれる。
「…… でも、お邪魔では?」
怖気ずき、一歩後ろに下がってしまった私に向かい、セフィルさんは手を差し出してきた。
「貴女を邪魔だと思った事は一度も無いですよ。何を怖がるのです?」
可笑しな事を言うものだと言いたげな顔をされ、少し気が緩む。叔母の早紀さんのように、私を拒否しないでくれた事も嬉しくて、私は恐る恐る店の入口へと歩き出した。
「…… おかえりなさい」
外と店内の境界線で止まってしまった私の背中に手を添えてを、セフィルさんが中へと促す。かけてくれた言葉も、ここが私の戻って来て良い場所なのだと言われたみたいで嬉しかった。
「店はもう閉めますから、居住スペースの方へ行きましょう」
ドアを閉め、店の鍵をかける。店内の照明を消すと、セフィルさんが私の背に軽く触れた。
「さぁ、こちらです」
セフィルさんが私の隣を歩き、私室へと案内してくれる。幼い頃から何度も通ったお店だが、プライベートな空間へ入れてくれようとするのはこれが初めてだ。
「お店にまだセフィルさんが居てよかったです」
私はホッとし、安堵を隠す事なく彼に伝えた。
家の電話番号も住んでいる場所が店と同じ位置だという事も何もかも知らなかったので、すれ違い、会えない事も充分にあったのだ。
「心配いりませんよ。貴女が来るのに私が気が付かない事など、あり得ませんから」
綺麗な顔を私へと向け、セフィルさんが言う。
私を安心させる為にオーバーに言ってくれているのかな?と思い、笑顔で応えた。
「こちらです」
店内の奥にある扉をセフィルさんが開ける。その中に入ると、吹き抜けになった六角形の薄暗い空間があり、蔦をイメージしたデザインのシックな螺旋階段が上下へとつながっていた。
「二階へ行きますよ」
店の奥にこんな場所があったのか。
キョロキョロと周囲を見渡す私の背を、セフィルさんが軽く押す。
「お洒落な階段ですね」
「気に入ってくれたのなら嬉しいです」
階段の一段一段が仄かに光り、足元を照らしている。鉄製の細い蔦の上には所々に小さな梟が並び、それらの目も微かに光っていた。
アンティークなデザインの階段だけど、LEDでライトアップしているのかな?と考えながら上へとあがって行った。
二階へ辿り着くと、これまた古風な、ステンドグラスをあしらった美しい扉が目に入った。
「ここへ入ったら引き返せませんが、それでも中へ入りますか?」
「…… ?」
どういう事だろう?と首を傾げる私に向かい、セフィルさんが微笑みながら「今の貴女に対しては、愚問でしたね」と言いながら、私の返事を待つ事なく扉を開け、私を中へと導いた。
「…… お邪魔します」
鞄をギュッと抱きしめ、室内へと進む。
店の真上にあるはずなのに意外に中は広く、ワンルームの空間にキッチンや寝室らしいスペースなどが全てあり、半透明のパーテーションでそれらが仕切られている。天井はとても高く、三階のあるべき空間まで吹き抜けになっていた。
窓は高い位置にしか無く、一面壁のみだ。
照明の類は全て壁にあるカフェ風のブランケットライトと床に置かれた円形のルームライトのみで、ちょっと薄暗い。直射日光の入るような明るい空間は、もしかしたらあまり好きではないのかもしれない。
部屋の中心には大きなレトロデザインのソファーが置かれ、側にはガラス製の四角いセンターテーブルと丸いサイドテーブルが置かれている。すぐ横には背の高い植木鉢もあり、その中には太めのとまり木とミカンサイズの梟が留まっていた。
「まずはソファーにでもどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
素直に頷き、ソファーへと腰掛ける。抱えていた鞄は足元へと置き、背もたれに寄りかかると、やっと一息つけた。
この子は作り物かな?可愛いなぁ。
すぐ隣にある植木に留まる梟を、ついじっと見てしまう。人の物なので勝手に触る事は出来ないが、あまりにリアルで気になってしょうがない。
キッチンへと向かったセフィルさんが「触っても構いませんよ、彼は噛みませんから」と言ったので、この子は本物なのか!と私は少し驚いた。
「アカスズメフクロウという種類です。可愛いでしょう?他にも沢山いますが、今日はその子だけにしておきました」
「沢山⁈」
部屋はこの一室しか無いように見えるのだが、上の階にでも梟の部屋があるんだろうか?と考え、見える訳もないのに私は天井を見上げた。
「えぇ、彼等は知恵の象徴ですからね。使役する者達の中で一番のお気に入りなんですよ」
「…… へぇ」
しえきって何の事だろう?また日本語の言い間違いかな?
不思議に思いながらも、適当に返事をした。
ビックリさせぬようゆっくりと梟へと近づく。私の気配を近くで感じたからなのか、梟はクワッと大きな目を開けると、小さな梟は息急きた様子ではあったが、私の肩へと飛び乗ってくれた。
「ふあぁぁぁっ!」
私が変な声を出して喜んでいる隙にセフィルさんがお茶を淹れ、センターテーブルへと置いてくれる。
「ほうじ茶にしてみましたが、他に飲みたいものがあれば遠慮なく言って下さいね。貴女の為なら何でも用意出来ますから」
「ありがとうございます。…… えっと、私は動いても平気ですかね?」
肩に梟を乗せた事など無いので、どうしていいのかわからない。
「平気ですよ。落ちても飛べますしね」
「あ、そっか。えっと…… じゃあ、いただきます」
出してもらったほうじ茶を飲み、ふぅと息を吐き出す。やっぱりセフィルさんの淹れてくれるものはいつだって美味しいなぁと考えていると、おにぎりと沢庵がのったお皿をそっとテーブルの上に差し出された。
「空腹ではないでしょうが、何か食べておいた方がいいですよ。お菓子だけでは体調を崩してしまいますからね」
こんな遅い時間に私が来た事で、セフィルさんは何か察しているのかもしれない。
「何から何まですみません」
項垂れる私の耳に、梟が頭を擦り付けてくる。慰めてくれているのだろうか?
「…… 私の役目を取ると、閉じ込めますよ」
驚く程冷めた声が聞こえたことで私が慌てて顔を上げると、梟は肩から飛び立ち、即座にとまり木へと帰ってしまった。
残念に思いながら梟の姿を目で追っていると、セフィルさんが追加で豆腐とワカメのお味噌汁まで出してくれた。
「冷めないうちにどうぞ。お味噌汁もありますよ」
あれ?いつの間に?
セフィルさんが立ち上がった気配など無かったのだが、確かに存在するお味噌汁を前に私は首を傾げた。
狐につままれたような気分になりながらも、出してくれたご飯に手を伸ばす。
いつも食べさせてくれるお菓子も美味しいが、お味噌汁も絶品で、空腹ではないお腹でもあっさりと頂けてしまった。
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