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課金令嬢はしかし傍観者でいたい
約束のお茶会2
しおりを挟むシャルロッタは予想以上にアイスミルクコーヒーが気に入ったようで、少しずつ口にしながら上から覗き、横から覗きと、様々な角度からグラスを眺めていた。ロイは共にお茶会に出席しているものの、特に割って入ることはなく優雅にコーヒーの香りを嗅いでいる。なんで来た。
最初は王子であるロイに対する気配りが見えたシャルロッタだが、ストローのくだりから完全に存在を忘れているようだ。もはやアイスミルクコーヒーしか見えていない。
「飲み物を冷やすためには、この氷が必要になりますわね。氷を生み出すことは、水属性を発展させられる者でなければ不可能です。かといって、寒い地域から氷を輸入することはさらに困難。さらにシルベニアを出れば、精霊はほとんどおりません。ティスニーではどのようにしているのでしょうか?」
シャルロッタが僅かに身を乗り出して訪ねる。
「それはね、ティスニーには冷凍庫があるのよ」
「レイトウコ?また知らない言葉が出てきましたわ」
私がティスニーに生まれたメリットは、恐らくこれだろう。ティスニーは元々他国よりも技術の発展が著しく、新しい製品の開発にも積極的である。こういうものがあったらいいな、なんて具体的な例を上げれば、翌日にはお父様が必要な技師を呼んで私に説明をする機会を設けてくれた。
幸いにもこの世界はしっかり電力の供給があり、冷蔵庫やドライヤーなど、ある程度の家電はすでに一般的に使用されていた。私はそれを補填するように電子レンジやミキサー、掃除機や暖房便座など、あったらいいな、を形にしていった。
現在ティスニーでは生産が追い付いていないなどの問題はあれど、ある程度前世の生活水準に近付けている。
こうして私が開発した商品を一つずつ説明していく中で、シャルロッタに話を持ちかけたのは正解だったと感じた。彼女は未知のものに強い関心を抱く。これが例えばどのような珍しい宝石だろうと、どれほど有名なデザイナーのドレスだろうと、周囲の令嬢より優位に立つことに興味のないシャルロッタの心は動かなかったであろう。
「とても有意義なお話でしたわ。マナリエル様はとても豊かな発想をお持ちですのね。いつか実物を見させていただきたいですわ」
「と、仰るかと思いまして……今回シャルロッタにこちらをご用意させていただきました!」
時間の兼ね合いで調理過程をショートカットする料理番組のように、どこからともなく小さな瓶を数本差し出す。今まで静かに見守ってたロイも姿勢を変えてこちらを向いた。
「これは初めて見るな」
幼なじみであるロイは様々な発明を目の当たりにしてきたが、これを見せるのは初めてである。興味深そうに瓶を見つめていた。
「ふふ、これはね、髪に使うものなの。こっちがシャンプー、こっちがトリートメント、そしてこれがヘアオイルね」
「とても美しい瓶ですわね」
シャルロッタの頬が自然と緩む。
「今回のお茶会でどうしてもシャルロッタにプレゼントしたかったの。間に合って良かったわ」
この世界で驚いたこと。それは全身を石鹸で洗うことである。髪も顔も体も、全て同じと知った時には衝撃を受けた。もちろん良い品質のものを使わせてもらっていたが、やはりどうにも違和感が拭えず、こうして開発に踏み切ったのだ。けれどこれに関しては成分の組み合わせなどが難しく、商品化にとても時間を要してしまった。
「まずはシャンプーで汚れを落とす。これは今までの石鹸と同じで、しっかり泡立ててね。洗い流したあとはトリートメントで髪を補修して、また洗い流す。最後は髪を乾かす前にこのオイルを使ってみて欲しいの」
「分かりました。マナリエル様もこちらを使っていらっしゃるのですね。最近髪の輝きが増したと生徒間で話題になっておりましたの」
「そうなの!気付いてもらえたなら成功ね」
さて、ここからが本題である。
「私ね、お店をオープンしようと思っているの」
「お店を……なるほど。これらを販売するということですね」
意外な反応が返ってきた。シャルロッタのことだから、次期王妃としてもっと他に必要な教養を~なんて小言が入るかと予想していた。もしくは、ただ驚くか。
一般的な貴族の令嬢なら、自らお金を稼ごうとするという発想に至ることはない。シャルロッタの目指すものは、恐らくそうではないのだろう。やはり、彼女とは気が合いそうだ。
「オープンしてからも開発は続けていくわ。髪のケア以外にも、顔に使えるもの、爪に使えるもの、作りたい美容グッズはたくさんあるの。それでね、シャルロッタには私の製品を使って宣伝をしてほしいの」
「宣伝、ですか?何をすれば良いのでしょうか」
「何もする必要はないわ」
その返答に、シャルロッタは首を傾げる。
「シャルロッタは、ただ私の作った商品を使ってくれるだけでいいの。そしてその美しい髪を見た令嬢は必ず聞くわ。どちらのものをお使いですの?ってね。もちろん使用して気に入らなければ断ってくれてもいいけど、あなたが気に入ってくれることも、他の令嬢が質問したくなることも断言できる。そういうものを作れたと思っているわ」
「なるほど……やはり貴女様は崇拝に値する方です」
「す、崇拝?私のことを?」
「ええ」
シャルロッタがふわりと笑う。その妖艶たるや。同性なのに、思わず赤面してしまうほどである。これが異性ならイチコロだろう……て、どうしてロイは常に私を見ているんだ!シャルロッタの貴重な笑みを見てほしい。そして惚れればいい。
「じゃ、じゃぁこれはプレゼントするね!せっかくのお茶会なのに、こんな商売みたいなことをしてごめんなさい」
「謝る必要はございません。そもそもお茶会というものは、女性の政治的な場のようなものでございます。情報を交換したり、探りを入れたり、取引をしたり、そういうものでございますから。まぁ、普段はもう少しオブラートに包んで行われますが、私はハッキリした態度の方が好きですわ」
初めてのお茶会を汚してしまったと感じたが、どうやらこのやり方は間違っていないらしい。なるほど。元々お茶を飲んで楽しむためだけが目的じゃないのか、お茶会というものは。取引ね、取引……そうだ!
「シャルロッタ、それなら取引をしましょう!」
「取引、ですか?」
「そう、このままだと私ばかりが得をしてしまうわ。もっと細かいことを決めないと。そうね……売上に応じて報酬を支払うのはもちろんだけど、もっとシャルロッタの得になるようなことを……」
「私はただ商品を使用するだけですので、報酬は不要です。報酬をいただいてしまうと、金銭を得るために無理に勧めているように見られてしまいます」
それは一理あるが、だからといって何の得もないことをやらせるわけにはいかない。今後の新作も試してもらいたいのだ。これは長期的な取引をしておきたい。
私の渋る顔を見て、それならば、とシャルロッタは続けた。
「こういうのはいかがでしょうか。月に1度、こうしてお茶会を開催してお会いしたいです」
「え、それはシャルロッタの得になるの?」
「もちろんですわ。マナリエル様の圧倒的な美しさ、ティスニー随一の公爵家の令嬢、そして王太子の婚約者という肩書き。そのような方と定期的にお会いできる権利をいただけるということは、この上ない褒美です」
「でもでも、シャルロッタとこうして毎月会えるなんて、私にとってもご褒美になっちゃうよ」
「まぁ。そのお言葉すら、最高の褒美ですわ」
「じゃ、じゃぁ、私達友達になれたってこと?」
「それは違います」
ピシャリと真顔に戻るシャルロッタ。だんだん慣れてきたし、嫌いじゃないよ。
「私はマナリエル様の開発する商品に興味がありますので、一番に試せるという点が、まず第一の得でございます。そしてそれを皆に紹介するということで、他の者よりマナリエル様と親しい立場でいるという優越感もございます。これが二点目ですね。そして毎月お会いすることは、私にとってはもちろん得でございますし、マナリエル様にとっても得となるよう、有益な情報を提供できるよう尽力いたします」
いかがでしょうか、と首を傾げるシャルロッタに、何の不満もないと伝えるためにコクコクと勢いよく頷いた。それに返すように、シャルロッタも優しく微笑み頷いた。
「ありがとうシャルロッタ!これからもよろしくね!ねぇロイ!私にもできたよ!友達が!」
「おめでとうマナリエル。君のその笑顔を見ることができて私も幸せだよ」
満面の笑みでロイを見れば、彼もまた満足気に微笑み返してくれた。相変わらず取って付けたようなセリフだわ。
「友達ではございません」
シャルロッタの声は、今の私には聞こえない。彼女の手を掴み、ブンブンと上下に揺らした。
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