気弱な令嬢ではありませんので、やられた分はやり返します

風見ゆうみ

文字の大きさ
6 / 52

第5話  話を持ち帰らせる

しおりを挟む
「申し訳ございません。本来ならルーベン様がいらっしゃらなければならないところでしたが、体調不良の為、ホットラード家の執事であるリチバットが代わりに馳せ参じました」

 黒の執事服に身を包んだ中肉中背、黒い髪をオールバックにした、見た目が少しやんちゃそうなリチバットさんは深々と頭を下げた。

 別に無理して代理人を寄越さなくても今日は行けません、でいいんじゃない?
 と思ったけれど、ただ、この家に来たくないだけかもしれないわね。
 まあ、いいわ。
 この人も命令されて来ているんだろうし。

 何だっけ?
 ルーベン・ホットラードだっけ?
 その男の顔が見られなかったのは残念だけど、話が通じない相手と話すよりかは、話が通じる相手と話をする方が楽だわ。

「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。ルーベン様? の体調が優れないのでしたら、しょうがないですわ。元々、頭の具合が悪いようですし、お医者様に診てもらうついでに、そちらも一緒に診てもらった方が良いと思いますとお伝え下さいませ。そして、お大事にして下さいとも」
「え? あ、はあ…。あ、ありがとうございます」

 リチバットさんは困惑の表情を浮かべたけれど、私が応接のソファーに座る様に促すと「失礼します」と言ってから、腰を下ろした。

 お茶を入れてくれるようにメイドに頼むと、私の変貌ぶりを知っているメイドは、私の様子を伺いながら、お茶を入れて、なぜか私の所にお茶の入ったカップを置く際には手が震えて、カップとソーサーとスプーンがぶつかり合って、カチャカチャとうるさい音を立てていた。

 そこまで怯えなくてもいいでしょうに。
 私に悪霊でも憑いてるとでも思ってるのかしら…。
 本当のアリスにしてみれば、私は悪霊かもしれないけど。

「で、本日の用件ですが、婚約の解消の話でよろしかったでしょうか?」

 メイドが部屋から出ていったので早速本題に入ると、リチバットさんは持ってきていた茶色の大きなカバンからA4サイズの紙を取り出した。

「婚約の解消についての書類でございます。ご両親とご確認いただきましてからサインをお願いしたいのですが…」
「拝見させていただきます」

 紙を受け取って、内容に目を通してみると、訳のわからない内容が書かれていたので、リチバットさんに確認する。

「あの、ルーベン様が浮気したんですよね?」
「は、はい…。そうでございます。誠に申し訳ございませんでした」

 リチバットさんが申し訳無さげに頭を下げる。

「この紙に書かれてある内容はリチバットさんはご覧になられました?」
「え、ええ。はい。その、作成を任されたのは私ですので、その際に目を通させてはいただきましたが…」
「では、お聞きしますが、浮気された側が慰謝料を払う事になっている事についてはどう思われます?」
「おかしいとは思いましたが、旦那様の指示でございまして…」
 
 リチバットさんはシャツのポケットから白いハンカチを取り出して、額に流れた汗を拭いた。

「おかしいとは思っていらしたんですね?」
「もちろんでございます。旦那様にもその旨はお伝え致しました」
「何と仰っていたんです?」
「息子を浮気させる様な相手なのだから、その責任を取らせると…」

 息子が馬鹿なだけかと思ったら、親が馬鹿だったわけね。
 
「弁明するわけではございませんが、奥様はホットラード家側が払うべきだと仰っておられます」
「まともな人がいて良かったです」

 家族全員、馬鹿だったらどうしようかと思ったわ。

「では、書類を書き直してから改めてご連絡いただけませんでしょうか?」
「…と言いますと…?」
「どうしても慰謝料という明記が必要であれば、ホットラード家がキュレル家に支払うという内容に変更して下さい」
「で…ですが…」
「常識的に考えて下さい。こんな事がまかり通ったらおかしいと思いませんか?」

 笑顔で尋ねると、リチバットさんは苦しそうな顔になった。
 私の言う事はわかるけれど、主人に何て言えば良いのかというところかしら?

「お互いの幸せのためにも婚約の解消を早く進めましょうとお伝えくださいませ。もちろん、慰謝料をこちら側に払えと言うのであれば、婚約の解消は出来ませんと」
「……お気持ちが変わることはないと…?」
「気持ちが変わることなんてありえます? 浮気したくせに私のせいだという人ですよ? しかも、慰謝料を払えっておかしいでしょう? 婚約の解消をしたいという気持ちは変わりませんし、慰謝料を払わないという気持ちも一切変えるつもりはございません」
「そ…、それは、そうだとは思いますが…」

 可哀想に。
 まさか、ここまで私が言い返すとは予想していなかったのか、リチバットさんは焦った表情でオロオロしている。

 この人にはお気の毒だけど、言いたい事は言わせてもらわないと。
 この国には貴族制度があって、子爵よりも伯爵の方が上らしくて、アリスの婚約者は伯爵家だ。
 だから、相手の方が格上らしいけれど、ホットラード家は落ちぶれた伯爵家で、逆にキュレル家は子爵家だけれど繁栄していて貴族の中でも顔が広いから、ホットラード家がゴネる様なら何とかしてくれると言ってくれていた。

 この縁談も元々は向こうからだったらしい。
 それなのに浮気するってどうなのよ…。

 普通に婚約を解消したのではお金が入らないから、慰謝料をくれ、と言ってきてるんでしょうけど、訳がわからないし、そっちがその気なら、こっちも慰謝料を請求させてもらわなくちゃ。

「では、よろしくお願いいたしますね」

 渡された紙を笑顔で返すと、リチバットさんは諦めた様な顔をして受け取ると立ち上がり、深々と頭を下げる。

「本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。もし、この件であなたがクビになったりする様なら、仕事を紹介してもらえる様に、父に話をしますから連絡して下さい」

 あまりにも浮かない顔をしていたから心配になって言うと、リチバットさんは表情を輝かせて、何度も何度も私にお礼を言って帰っていった。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

婚約者の命令で外れない仮面を着けた私は婚約破棄を受けたから、仮面を外すことにしました

天宮有
恋愛
婚約者バルターに魔法が上達すると言われて、伯爵令嬢の私シエルは顔の半分が隠れる仮面を着けることとなっていた。 魔法は上達するけど仮面は外れず、私達は魔法学園に入学する。 仮面のせいで周囲から恐れられていた私は、バルターから婚約破棄を受けてしまう。 その後、私を恐れていなかった伯爵令息のロランが、仮面の外し方を教えてくれる。 仮面を外しても魔法の実力はそのままで、私の評判が大きく変わることとなっていた。

婚約破棄された私。大嫌いなアイツと婚約することに。大嫌い!だったはずなのに……。

さくしゃ
恋愛
「婚約破棄だ!」 素直であるが故に嘘と見栄で塗り固められた貴族社会で嫌われ孤立していた"主人公「セシル」"は、そんな自分を初めて受け入れてくれた婚約者から捨てられた。 唯一自分を照らしてくれた光を失い絶望感に苛まれるセシルだったが、家の繁栄のためには次の婚約相手を見つけなければならず……しかし断られ続ける日々。 そんなある日、ようやく縁談が決まり乗り気ではなかったが指定されたレストランへ行くとそこには、、、 「れ、レント!」 「せ、セシル!」 大嫌いなアイツがいた。抵抗するが半ば強制的に婚約することになってしまい不服だった。不服だったのに……この気持ちはなんなの? 大嫌いから始まるかなり笑いが入っている不器用なヒロインと王子による恋物語。 15歳という子供から大人へ変わり始める時期は素直になりたいけど大人に見られたいが故に背伸びをして強がったりして素直になれないものーーそんな感じの物語です^_^

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】女王と婚約破棄して義妹を選んだ公爵には、痛い目を見てもらいます。女王の私は田舎でのんびりするので、よろしくお願いしますね。

五月ふう
恋愛
「シアラ。お前とは婚約破棄させてもらう。」 オークリィ公爵がシアラ女王に婚約破棄を要求したのは、結婚式の一週間前のことだった。 シアラからオークリィを奪ったのは、妹のボニー。彼女はシアラが苦しんでいる姿を見て、楽しそうに笑う。 ここは南の小国ルカドル国。シアラは御年25歳。 彼女には前世の記憶があった。 (どうなってるのよ?!)   ルカドル国は現在、崩壊の危機にある。女王にも関わらず、彼女に使える使用人は二人だけ。賃金が払えないからと、他のものは皆解雇されていた。 (貧乏女王に転生するなんて、、、。) 婚約破棄された女王シアラは、頭を抱えた。前世で散々な目にあった彼女は、今回こそは幸せになりたいと強く望んでいる。 (ひどすぎるよ、、、神様。金髪碧眼の、誰からも愛されるお姫様に転生させてって言ったじゃないですか、、、。) 幸せになれなかった前世の分を取り返すため、女王シアラは全力でのんびりしようと心に決めた。 最低な元婚約者も、継妹も知ったこっちゃない。 (もう婚約破棄なんてされずに、幸せに過ごすんだーー。)

処理中です...