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3 公爵夫人とは
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その日の夜、お父様に呼び出されたため、執務室に向かうと、婚約者が決まったと報告された。
「そうなのですね」
大して驚くことなく頷くと、執務机の椅子に座っている、お父様は鼻の下にたくわえている髭をさわりながら、不機嫌そうな顔をする。
「なぜ驚かぬのだ?」
「……いえ、先にバカード様から教えていただいておりましたので」
本来ならば、バカードに様など付けたくないけれど、付けなければお父様がうるさいので、お父様と話す時は様をつけるようにしている。
「バカードが? なぜ、あいつが知っておるのだ?」
「わかりません。本人にお聞きになってはどうでしょうか? ちなみにバカード様が私にどうこう言われたと仰られてもそれは嘘です。そのことについては、メイ伯爵夫人が証言してくださいます」
「……わかった。とにかく、10日後、ボルバー氏と会うのだ。いいな?」
「メイド服で行けばよろしいでしょうか?」
尋ねると、お父様は不機嫌そうな顔で私を睨む。
若い頃は整っていた顔立ちのお父様だけれど、年を重ねるにつれて太っていき、今では丸顔で小太りの中年男性で、侯爵としての威厳が見られない。
だからだろうか。
睨まれても怖いとは感じなかった。
「普通の服でいけばいいだろう! 何が言いたいのだ!?」
「普通の服を買っていただいた覚えはないのですが?」
普段は屋敷内から出ないので、メイド服でいいし、寝間着などは冬のものだけ、メイド仲間が着なくなった分をもらって重ね着して眠っている。
下着に関しては、家庭教師の二人がこっそり買ってくれるので、ありがたく頂戴している。
最初はもらえないと断わっていたけれど、二人に言わせれば、家庭教師としてもらっている金額からすると安いから受け取ってくれと言われた。
アクセサリーに関しては、何一つ持っていない。
以前、メイド仲間から誕生日に手作りアクセサリーをもらって、付けた姿を見せてほしいと言われて付けていたら、アフォーレに見つかり、奪われた挙げ句に、目の前で踏み潰されてしまい、もう二度とアクセサリーはつけないと誓った。
だから、ドレスだけではなく、デートやパーティーなどに行く時に必要なものは何一つ持っていない。
それにしても、お父様は自分が私に何か買ってやったという覚えがないということも覚えていないのかしら。
すると、お父様が口を開く。
「まあ、お前には必要ないものだったからな。わかった。必要経費として買ってやろう。貴族のドレスを中古で安く買えるようになっているから、そこで買うように伝えておいてやろう」
貴族のドレスなんてオーダーメイドだから、着てみないと私に合うかどうかもわからないのに好き勝手するものね。
ちなみに、お父様が言っているのは質屋のことだと思う。
最近は天候が悪いせいで作物が育たず、物価も高騰している。
そのせいで没落している貴族も多い。
この家の財務状況がわからないけれど、お父様の側近が管理しているようだから、何とかなると思っている、というか、思っていたい。
「承知しました。また、詳しいことがわかれば、メイド長を介してでかまいませんのでお知らせください」
長居は無用なので、一礼して部屋から出ていこうとすると、お父様が珍しく呼び止めてきた。
「おい」
「……何でしょうか?」
「この婚約が破談になった場合、お前を追い出すからな。十七歳になるまで育ててやったのだ。これ以上、お前の面倒を見てやる必要もなかろう」
「……今までのように働かせてもくれないということですか?」
「お前の代わりなんぞ、いくらでもおるからな」
お父様がまた、髭をさわりながら、にやりと笑った。
「それは間違っておりませんね」
「そうだろう。今まで置いてやっていたことを有り難く思うんだな」
その時、頭痛がした。
何か、危険を察知しているような、そんな頭痛だった。
思い出さないといけないような、思い出さないほうがいいような……。
「おい、何をしている! 早く行け!」
「承知しました」
お父様の部屋から出て、廊下を歩きながら考える。
それにしてもお父様はいつだって私を捨てられたはずなのに、どうして捨てなかったのかしら?
私に、何か使い道があったりする?
使用人達がお母様とのことを話したがらないことに何か関係があるの?
考えながら、調理場の近くまでやって来ると、ソワレを含むメイド仲間達が駆け寄ってきた。
「アーティア様、大丈夫でしたか? 旦那様から乱暴されたりとかは……」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう。ただ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
事情を説明すると、ソワレ達は婚約が決まったことには喜んてくれたけれど、相手を聞いてがっかりした顔になった。
「どうして、そんなお相手を……! ひどいです! 旦那様はどうしてそんなことをなさるのでしょう」
私と友達になってくれているメイド達は当たり前だけれど若くて、私が捨てられた時に、この家にはいない。
古くから残っているのは執事、メイド長、料理長、フットマン数人、庭師達で、その人達は誰かに口止めされているのか、お父様が私に対して冷たく当たる理由を教えてくれないから、後から入ってき使用人が知るわけもなかった。
「前から言っているでしょう? お父様は私のことが嫌いなのよ」
「……」
なんと返したら良いのか困った顔をしているソワレ達に笑いかける。
「気にしないで。もし、悪いと思ってくれるのなら、当日は見た目のチェックとかをお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです! お化粧もさせていただきます!」
化粧道具もメイ伯爵夫人達がプレゼントしてくれているから何とかなる。
あとは、これからどうするか考えないといけない。
婚約破棄されれば、私は、即、住む家がなくなってしまう。
かといって、結婚すれば、夫が浮気三昧の日々が待っている。
しかも、お金を持っていないから、離婚するにしても慰謝料ももらえない!
相手の夫から慰謝料請求される恐れもある。
とにかく、会ってから考えようと思い、当日、レモンズ家の馬車で、待ち合わせ場所に向かった。
容姿に関しては、メイ伯爵夫人にきいていたからわかるはず……。
そう思って、待ち合わせ場所のカフェで待っていると、約束の時間より10分遅れで、ボルバー様らしき人が現れた。
金色のストレートの長い髪を背中に垂らした、透き通るような青い瞳を持つ甘いマスクの長身痩躯の男性だった。
見た目が良い分、性格が悪くなったのかもしれない。
「よう、悪かったな。別に帰ってても良かったのに」
私の座っている席までやって来たのはいいけれど、謝りもしない上に、彼は女性を連れていた。
「あらぁ、可愛いお嬢さんじゃないの、嫉妬してしまうわ」
「何を言っているんだ、君のほうが可愛いよ」
噂通り年上好きのようで、彼の隣にいる濃紺のドレスに身を包んだ女性の顔を見てみると、50代のメイド長と変わらない年齢の女性に見えた。
女性がボルバー様の腕によりかかるようにして彼の二の腕あたりに頬を寄せると、ボルバー様は彼女の頭に自分の頬を寄せてから私を見る。
「彼女は俺の恋人のメルメル・オブリー公爵夫人だ」
「公爵夫人!?」
驚いて、挨拶しようとして立ち上がったのは良いものの、すぐに引っかかった。
……公爵夫人?
そういえば、既婚者が好きだとメイ伯爵夫人から教えてもらったんだったわ!
というか、公爵夫人を恋人扱いして大丈夫なの?
「そうなのですね」
大して驚くことなく頷くと、執務机の椅子に座っている、お父様は鼻の下にたくわえている髭をさわりながら、不機嫌そうな顔をする。
「なぜ驚かぬのだ?」
「……いえ、先にバカード様から教えていただいておりましたので」
本来ならば、バカードに様など付けたくないけれど、付けなければお父様がうるさいので、お父様と話す時は様をつけるようにしている。
「バカードが? なぜ、あいつが知っておるのだ?」
「わかりません。本人にお聞きになってはどうでしょうか? ちなみにバカード様が私にどうこう言われたと仰られてもそれは嘘です。そのことについては、メイ伯爵夫人が証言してくださいます」
「……わかった。とにかく、10日後、ボルバー氏と会うのだ。いいな?」
「メイド服で行けばよろしいでしょうか?」
尋ねると、お父様は不機嫌そうな顔で私を睨む。
若い頃は整っていた顔立ちのお父様だけれど、年を重ねるにつれて太っていき、今では丸顔で小太りの中年男性で、侯爵としての威厳が見られない。
だからだろうか。
睨まれても怖いとは感じなかった。
「普通の服でいけばいいだろう! 何が言いたいのだ!?」
「普通の服を買っていただいた覚えはないのですが?」
普段は屋敷内から出ないので、メイド服でいいし、寝間着などは冬のものだけ、メイド仲間が着なくなった分をもらって重ね着して眠っている。
下着に関しては、家庭教師の二人がこっそり買ってくれるので、ありがたく頂戴している。
最初はもらえないと断わっていたけれど、二人に言わせれば、家庭教師としてもらっている金額からすると安いから受け取ってくれと言われた。
アクセサリーに関しては、何一つ持っていない。
以前、メイド仲間から誕生日に手作りアクセサリーをもらって、付けた姿を見せてほしいと言われて付けていたら、アフォーレに見つかり、奪われた挙げ句に、目の前で踏み潰されてしまい、もう二度とアクセサリーはつけないと誓った。
だから、ドレスだけではなく、デートやパーティーなどに行く時に必要なものは何一つ持っていない。
それにしても、お父様は自分が私に何か買ってやったという覚えがないということも覚えていないのかしら。
すると、お父様が口を開く。
「まあ、お前には必要ないものだったからな。わかった。必要経費として買ってやろう。貴族のドレスを中古で安く買えるようになっているから、そこで買うように伝えておいてやろう」
貴族のドレスなんてオーダーメイドだから、着てみないと私に合うかどうかもわからないのに好き勝手するものね。
ちなみに、お父様が言っているのは質屋のことだと思う。
最近は天候が悪いせいで作物が育たず、物価も高騰している。
そのせいで没落している貴族も多い。
この家の財務状況がわからないけれど、お父様の側近が管理しているようだから、何とかなると思っている、というか、思っていたい。
「承知しました。また、詳しいことがわかれば、メイド長を介してでかまいませんのでお知らせください」
長居は無用なので、一礼して部屋から出ていこうとすると、お父様が珍しく呼び止めてきた。
「おい」
「……何でしょうか?」
「この婚約が破談になった場合、お前を追い出すからな。十七歳になるまで育ててやったのだ。これ以上、お前の面倒を見てやる必要もなかろう」
「……今までのように働かせてもくれないということですか?」
「お前の代わりなんぞ、いくらでもおるからな」
お父様がまた、髭をさわりながら、にやりと笑った。
「それは間違っておりませんね」
「そうだろう。今まで置いてやっていたことを有り難く思うんだな」
その時、頭痛がした。
何か、危険を察知しているような、そんな頭痛だった。
思い出さないといけないような、思い出さないほうがいいような……。
「おい、何をしている! 早く行け!」
「承知しました」
お父様の部屋から出て、廊下を歩きながら考える。
それにしてもお父様はいつだって私を捨てられたはずなのに、どうして捨てなかったのかしら?
私に、何か使い道があったりする?
使用人達がお母様とのことを話したがらないことに何か関係があるの?
考えながら、調理場の近くまでやって来ると、ソワレを含むメイド仲間達が駆け寄ってきた。
「アーティア様、大丈夫でしたか? 旦那様から乱暴されたりとかは……」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう。ただ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
事情を説明すると、ソワレ達は婚約が決まったことには喜んてくれたけれど、相手を聞いてがっかりした顔になった。
「どうして、そんなお相手を……! ひどいです! 旦那様はどうしてそんなことをなさるのでしょう」
私と友達になってくれているメイド達は当たり前だけれど若くて、私が捨てられた時に、この家にはいない。
古くから残っているのは執事、メイド長、料理長、フットマン数人、庭師達で、その人達は誰かに口止めされているのか、お父様が私に対して冷たく当たる理由を教えてくれないから、後から入ってき使用人が知るわけもなかった。
「前から言っているでしょう? お父様は私のことが嫌いなのよ」
「……」
なんと返したら良いのか困った顔をしているソワレ達に笑いかける。
「気にしないで。もし、悪いと思ってくれるのなら、当日は見た目のチェックとかをお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです! お化粧もさせていただきます!」
化粧道具もメイ伯爵夫人達がプレゼントしてくれているから何とかなる。
あとは、これからどうするか考えないといけない。
婚約破棄されれば、私は、即、住む家がなくなってしまう。
かといって、結婚すれば、夫が浮気三昧の日々が待っている。
しかも、お金を持っていないから、離婚するにしても慰謝料ももらえない!
相手の夫から慰謝料請求される恐れもある。
とにかく、会ってから考えようと思い、当日、レモンズ家の馬車で、待ち合わせ場所に向かった。
容姿に関しては、メイ伯爵夫人にきいていたからわかるはず……。
そう思って、待ち合わせ場所のカフェで待っていると、約束の時間より10分遅れで、ボルバー様らしき人が現れた。
金色のストレートの長い髪を背中に垂らした、透き通るような青い瞳を持つ甘いマスクの長身痩躯の男性だった。
見た目が良い分、性格が悪くなったのかもしれない。
「よう、悪かったな。別に帰ってても良かったのに」
私の座っている席までやって来たのはいいけれど、謝りもしない上に、彼は女性を連れていた。
「あらぁ、可愛いお嬢さんじゃないの、嫉妬してしまうわ」
「何を言っているんだ、君のほうが可愛いよ」
噂通り年上好きのようで、彼の隣にいる濃紺のドレスに身を包んだ女性の顔を見てみると、50代のメイド長と変わらない年齢の女性に見えた。
女性がボルバー様の腕によりかかるようにして彼の二の腕あたりに頬を寄せると、ボルバー様は彼女の頭に自分の頬を寄せてから私を見る。
「彼女は俺の恋人のメルメル・オブリー公爵夫人だ」
「公爵夫人!?」
驚いて、挨拶しようとして立ち上がったのは良いものの、すぐに引っかかった。
……公爵夫人?
そういえば、既婚者が好きだとメイ伯爵夫人から教えてもらったんだったわ!
というか、公爵夫人を恋人扱いして大丈夫なの?
応援ありがとうございます!
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