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第5話 凄いの?
しおりを挟む火曜日の朝、前回と同じくらいの時間にジムに到着。受付でロッカーのカギを貰う。
今はスマホやカード等で受付が無人で出来るところが多いと聞く。けど、ここは高級を謳ってるので、逆にホテルのフロントと同じようにしてるんだよね。それがステイタスってことかな。
1階にはカフェもあるので、九条さんとお茶なんかしたいな。と、横目で見てると……。
「よお、おはよう。これから?」
「あ、はい。九条さん、おはようございます」
うわあ、無事九条さんと会えた。都合悪くなって来なかったらどうしようとか、しょうもないことを心配してたんだ。自然に頬が緩む。
「あんたのこと、なんて呼んだらいい? 鮎川さんとかは呼びたくないんだけど」
え? それはもしかしたら、もっと親しみのある呼び方がいいってことかな。
「なら、真砂で。僕の名前です。真の砂って書いてマサゴ」
「へえ。良い名だな。俺はソウとでも呼んでくれ。フルネームは宗太郎だけど」
「あ、それは……僕は九条さんで大丈夫です」
どう見ても彼の方が年上だ。僕は25歳、昨年、留年中の大学をなんとか卒業したばかり。
デビューしたのは学生時代だから卒業はどっちでも良かったんだけど、小泉さんがラノベ作家なら中退より卒業の方がいいとか言うから……。
「そうか? ま、なんでもいいか。じゃ、また後でな」
九条さんは既に着替えてて、先週と同じ黒の半袖Tシャツと伸縮性のいいロンパン。トレッドミルの方へ向かっていく。
後ろ姿を見るにつけ、肩幅や姿勢のいい背中、それにお尻がキュっとしててマジで理想的な体格だ。
「鮎川さん、おはようございます。なにしてるんですか? 早速始めますよ!」
うっとりしてるところに舞原さん登場。僕は慌てて更衣室へと急いだ。
「さっき、九条さんと話されてましたね。いつの間にお友達になったんですか?」
今日も必死の形相で重りを引き上げる僕に、さりげなーく舞原さんが聞いてきた。思わず力が緩んで、盛大な金属音が。
「ゆっくり下ろすのが肝心ですよ」
なんて言われた。意外に意地悪なとこあるな。
「それは、いきなりそんなこと聞くから……。九条さんとはシャワールームでお話ししたんだよ。初めてですかって言われて」
「へえっ。九条さんから? それは凄いじゃないですか」
「え? 凄いの?」
ようやく1セット上げて、30秒の休憩。僕は舞原さんの言葉に食いついた。
「九条さん、見た通りカッコいいでしょ?」
「うんうんっ」
千切れんばかりに首を振る。
「女性客はもちろん、男性にも人気あって……。でも話すと意外に気さくだから……ウチのジムでは神崎さんと双璧を張る注目度の高い人なんですよ」
神崎さん? 誰だろ。まあいいか、それは。
「そうなんだ。それは光栄だね」
「ふふーん」
30秒の休憩が無情にも終わり、僕はまたガシャンコと音をさせながら重りを引っ張り上げる。舞原さんは、なにか言いたげな顔で頑張ってる僕を見下ろした。
「な、なに」
「いえ。鮎川さん、可愛いですからねえ……そのちょっとタレた目がいい。うふふ」
「なんだよ、変なこと言わないでよっ」
なに言い出すんだ。学生のくせして、僕のこと馬鹿にしてんのか?
「あ、いえ。失礼しました。さあ、頑張ってください。いい筋肉を作りましょう」
なんだよもう。別に年功序列を盾にするわけじゃないけど、君は僕より年下だろ? そりゃ、今の僕は教えてもらう身だけど。
九条さんが人目を引く特別な人なんて、言われなくてもわかってる。
でも、改めてそんな人から声をかけられて『タイプ』なんて言われて、おまけにキスされたんだから、やっぱり嬉しい。誰にも言わないけど。
舞原さんに揶揄われてムッとしたのも一瞬のこと。僕はまた機嫌を直してトレーニングに勤しんだ。
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