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「すまない。つい……そうであれば……いや、なんでもない。言うべきではなかった」
 いいえ。
 冗談でもそんなこと言うべきではないのは分かっていても、言われて心が歓喜にむせいでいる。
 芽生えた気持ち。
 誰にも言えない恋心。
 ルーノ様との貴重な時間。
 大切に重ねられていく思い出と言う宝。
 確かにこの時、私は大切にされたと。
 マーサがいなくなってから誰からもぞんざいに扱われていた私を。
 ルーノ様は気遣ってくれる。
 アイリーンのフリをしているけれど、ルーノ様と私は初対面だった。アイリーンとしてじゃない。私を、見てくれる。
 アイリーンじゃない私として……。
「それで、話は聞いた」
「え?話とは?」
 突然ルーノ様が話を変えた。
「……焦りすぎだな。まずはお茶をいただこう。気持ちを落ち着かなければ。今にも殴り掛かりそうだ」
 その言葉にびくりと肩をすくめる。
「ああ、すまない。汚い言葉で驚かせてしまった。ほら、お茶が入ったよ」
 カップの中を見て、どきりとする。
 青いお茶だ。
「こちら、エディブルフラワーの一つであるコーンフラワーのお茶です」
 まるで、ルーノの濃紺色の瞳に合わせたような深い青い花びらがカップに浮かんでいる。
 綺麗……。だけれど。大好きな人の目の色は、報われない恋の色だ。
 切なさに、口に運んだお茶の味も分からない。
「落ち着いたかい?」
 カップのお茶が半分になったころに、ルーノ様に尋ねられた。
 落ち着くはずがない。好きなのだと認めてしまえば、ただただ好きな人が目の前にいることにドキドキしている。
 あとどれくらい、ルーノ様と過ごすことができるのか。何一つこの先の未来を思い描けない相手なのに。
「ドレスに、針が仕込まれていたと聞いた」
「え?針……ですか?」
 どうりで。木くずなどのゴミが入っているにしては痛いと思ったら……。
「あまり驚かないんだな?よくあることだから、驚かないのか?」
「えっと……」
 よくあること?ドレスに針が仕込まれていることが?
「仕立てたときにうっかり針が残ることは……ないかもしれませんが、よくあることでは……」
 どうしよう。ドレスなんて普段は着ることがないから、こういったことがよくあることなのかどうかも分からない。
 ルーノ様の顔が厳しい。
「差し出がましいようですが、よろしいでしょうか」
 侍女が口を開いた。
「万が一針が残っていて貴族に傷をつけるようなことがあれば、どのように罰せられるかわかりません。そのため、
土の工房もお針子は必ず作業の前後に必ず針の数を数えているはずです」
 そうなんだ。
「もちろん使用人が簡単な直しをする場合も同じように、針の数の確認をいたすのが常識かと。針1本も備品として帳簿に記録もされているはずですし」
 確かに、帳簿の経費としての購入品目に、針や糸と上がってくることもあった。
「やはり、噂は本当だったんだな」
 噂?
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