買った天使に手が出せない

キトー

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番外編SS

スイカ割りの思い出【《うちの子》推し会!参加作品】

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「あれ? スイカがある……」

「スイカ?」

 零はいつものようにダイヤと街に出ていた。
 そこで見かけた見覚えのある果実に目が釘付けとなる。
 露店に山積みにされている深い緑の丸い果実。縞模様こそないが、大きさといい形といい艶といい、ぱっと見は記憶の中にあるスイカにそっくりだったのだ。

「スイカとはこれの事かい? これはコルドーだよ」

「コルドー?」

 そう言ってスイカそっくりの果実をポンポンと叩いたダイヤ。その音もやはりスイカにそっくりだ。
 懐かしいな。
 そんな想いにしみじみ浸っていると、横から客が数個を購入していく。
 よく見れば客は見知った顔で、一般人に紛れたシダーム家の護衛だと零は気付く。

「え、ダイヤ様……」

「コルドーが気になるのだろう? 帰って一緒に食べようか」

 驚いてダイヤを見上げれば、悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑うダイヤ。
 つられて、零も楽しそうに笑った。ダイヤの優しさが純粋に嬉しかったからだ。


 * * *


 屋敷に帰り着替えをしようと部屋へ向かう。その途中で、私服の護衛がコルドーを厨房へ持っていくのを見かける。

「あれはどのように食べるのでしょう?」

 ふとした疑問が浮かび、零はダイヤに尋ねた。
 勝手に果実だと思い込んだが、もしかしたら野菜かもしれない。
 炒められたコルドーを想像しダイヤに尋ねれば、ダイヤから、

「スイカとやらはどのように食べていたんだ?」

 と、反対に尋ねられた。
 ダイヤの言葉に零はスイカを三角に切って食べていた記憶を思い出す。そんな記憶と共に、ふと随分と遠い思い出になった光景も脳裏に浮かんだ。

「……切り分けてそのまま食べるのが一般的でしたが……」

 思い浮かべた景色は、青空に入道雲。白い砂浜に広がる賑やかな笑い声。その中心には──

「──子供の頃は、スイカ割りをした思い出もありますね」

「スイカ割り?」

「はい」

 それは幼い頃の思い出だ。仲の良かった友人と海でしたスイカ割りは、今でもワクワクした気持ちが蘇るほど楽しかった。
 割ったスイカは子供達でかぶりつき、その無邪気な様子を大人達は綺麗に切り分けられたスイカを食べながら眺めていたものだ。
 幸せいっぱいの思い出をダイヤに語れば、まるで自分の事のように楽しそうに聞き入るダイヤ。
 いつの間にかジンラミーまでそばで聞いていて、周りが何やら慌ただしくなっていく。

「……ダイヤ様?」

 楽しく話していた零だったが、ダイヤが零を見ながら手で周りに合図を送っている事に気づいた。
 また何か始まろうとしている。
 何かを察してダイヤの袖を引くが、ダイヤは笑いながら「大丈夫だ」と言うだけだ。いったい何が大丈夫なのだろうか。
 零の不安を他所に周りはどんどん準備を進めていく。
 おまけにハートまで出てきて期待するような目で零を見ているではないか。
 これはもう止まらないのだろうな。
 零は諦めて成り行きに身を任せれば、ジンラミーに中庭へと誘導された。

「うわぁ……」

 そこには簡易的な低い台が用意され、上にはコルドーがタオルを敷いて固定されていた。
 そばに居る侍女は、何処から探してきたのか細長い棒を持っている。

「さて、スイカ割り改めコルドー割りを始めようか!」

「はーい、私も私も!」

 やはりと言うべきなのか、おそらくスイカ割りをするのだろうなとは思っていた。だが、まさかここまで迅速に準備されるとは思わない。なんてフットワークの軽い人達なのだろう。
 零が一人で関心していると、当たり前のようにダイヤから薄いタオルを渡された。

「あれ、僕からするんですか?」

「私達はやった事が無いからね。零が手本を見せてくれ」

 そう言われれば断れない。何よりそんなつもりは無いが自分が言い出しっぺになるのだろうから、率先して行わなければならないのだろう。
 それに、

「目隠ししてコルドーを割るなんて面白い遊びね!」

「わたくしも初めて見ますな」

 まるであの頃の自分のようにワクワクした目で見られれば、零も何だかワクワクしてくる。
 よく晴れた青い空は、それだけで心を晴れやかにするのだから。

「じゃあ……」

 零はタオルを受け取って、期待に満ちた眼差しを受けながらにっこり笑った。

「……誘導お願いしますね、ダイヤ様」

 せっかく準備してもらったのだから楽しもう。
 タオルを巻いて目隠しをし、棒を渡される。おそらくジンラミーであろう手が零の肩をやさしく掴み方向を示してくれた。
 一歩踏み出すと「頑張って零!」と楽しそうなハートの声援が少年の頃に戻ったようでくすぐったかった。

「零ー、そのまままっすぐよ」

「少し左にずれてるな。右だ零」

 ハートやダイヤ、時折ジンラミーの声も混じって視界が奪われた零をコルドーまで誘導する。
 しかし、まっすぐ歩けていないのか誘導の声は段々と入り乱れ、零は棒を持ったままあっちへフラフラこっちへフラフラとしだしてしまう。

「零、まっすぐだっ」

 そんな中、ダイヤの声がいっそう強くなった。

「そのまままっすぐ進んでごらん」

「えっと……」

 とても頼りがいのある声なのだが、零は困惑する。
 まっすぐ進めと自信満々で言ってくるが、本当に良いのだろうか。
 なんせその声が、自分の真正面から聞こえてくるのだが……

「さぁ、まっすぐおいで!」

「お、おいで……?」

 これってコルドー割りではなかったのか。いつの間に目隠し鬼になったんだ。
 それともあまりにフラフラしているから優しいダイヤが保護しようとしてくれているのだろうか。
 零がそう思っていると、背後からまた別の声が聞こえてきた。

「零ー、そのまま棒振り下ろせよ。かち割る勢いでー」

「な……っ!!」

 相変わらずやる気のなさそうなクラブの声と、焦ったようなダイヤの声。
 気がつけば手の中の棒は抜き取られ、すぐそばを凄い勢いで何かが通り抜ける気配がした。

「クラブきさまっ、散々商業の勉学から逃げておいてこんな時だけ出てくるとはいい度胸だっ──」

「うわっ! ちょっとした冗談じゃんか棒持って追いかけてくんなよっ!」

 いったい何事かと突っ立っていたら、ジンラミーが目隠しを外してくれる。
 まず視界に飛び込んできたのは「もう少しだったのに──」と悔しそうにクラブを追いかけるダイヤ。
 そして肝心のコルドーは、自分が進もうとしていた向きとは明後日の方向にあった。
 なるほど、これはダイヤが保護しようとするわけだ。
 零が一人で納得している背後から、また楽しそうな声。

「次私私ー」

「あ、はい。どうぞハート様」

 兄達が地獄の追いかけっこをしていても気にならないのか、ハートは二人に目もくれずスイカ割りもといコルドー割りに興味津々なようだ。
 そんなハートにタオルを手渡し、侍女が予備の棒を渡せばコルドー割りの再開である。

「よーし、絶対割ってやるから零しっかり教えてよね!」

「あはは、了解です。じゃあとりあえずまっすぐで」

「いえいえ少し左ですなぁ」

「ジンラミー撹乱させないで!」

 零と同じようにフラフラとした足取りでコルドーを目指すハート。
 テーブルにはいつの間に切り分けられたコルドーが皿に盛られていた。

「ハート様、右右!」

「あら左ですわよハート様」

 ハートのお付きの侍女まで誘導に参加して、中庭は益々賑やかになる。
 そんな中、ジンラミーから勧められ切り分けられたコルドーを口に含んむ。
 中身は緑だったし甘さもスイカより弱かったが、とても美味しく感じるのは何故だろう。
 まるであの日、無邪気に頬張ったスイカのように……

「零、楽しんでいるかい?」

「あれ、クラブ様は……?」

 いつの間にか零の隣に来て肩を抱いたダイヤが、何かやりきった様子でにこやかに零に問う。
 クラブはどうしたのかと零が周りを見渡せば、噴水の向こう側に足だけが見えた。鬼ごっこは終わったようだ。

「よし次は私だ。零が誘導してくれ」

「あ、でもコルドーが……」

 意気揚々と告げるダイヤ。
 しかし、たった今ハートが見事コルドーを割り、手応えを感じて嬉しそうに歓声を上げた所だ。
 なんて迷いのない割りっぷりだろうかと関心する零。その隣でまたもやダイヤが告げる。

「じゃあ……私は零を捕まえよう」

「それは完全に目隠し鬼ですね」

 それはそれで楽しそうだが、まずは一息つこう。
 そんな思いから零は笑いながらダイヤにコルドーの一切れを手渡した。
 ハートが侍女とハイタッチをして、割られたコルドーは他の侍女達がさげていく。
 切り分けて使用人達で分けるのだろう。
 台には新たなコルドーが用意され、使用人達も参加して青空に長い間笑い声が響き渡った。

 最後にダイヤがコルドー割りをしたが、何度やっても見えているのかと思うほどまっすぐ零に向かってきて一向にコルドーを割れず、ハートから怒られて終わった。
 また一つシダーム家で新たな思い出が零の胸に積み上がった、そんな賑やかな日のお話だ。

 
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