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一章
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一言も喋らず森の中を闊歩するグリエマ。
クロノアはその傍らで、周囲に魔物が現れないか目配せをして確かめている。
空は晴れている。まるで星が降っているかのように、光が地上を照りつけていた。
「で……その用事っていうのはなんなんですか?」
沈黙を破ったのはクロノア方だった。
「この森の最奥地にある洞窟《ダンジョン》で行方不明者の捜索だ。
今はそのダンジョンに向かっている」
「なるほど、何か……その人に関する情報、あります?」
「あぁ」
グリエマは腰に掛けられた小さいポーチから一枚の紙を取り出す。そうしてクロノアに差し出した。
(字………読めねぇ)
「すいません、字が……」
申し訳無さそうに言って紙を返す。
「私と同じⅠ級冒険者、髪は黒、身長は百七十ほど」
グリエマはその紙を受け取ると四つ折りにしてポーチにしまい込んだ。
「Ⅰ級冒険者……ってのは」
「上から二番目に強い冒険者たちのことだ」
「…なるほど、ありがとうございます」
「まぁ……この機会だ。
聞きたいことがあれば質問してくれ。私の知っている範囲でなら教えよう」
「あ、では……さっき言ってた冒険者っていうの、教えてくれますか?」
「あぁ、わかった」
それから二人は足並みを揃えて様々な話をした。
まずは冒険者について。
冒険者は魔物を買って素材を売ったり、依頼板《クエストボード》で依頼を達成させて報酬を受け取ったりするのが主な仕事だ。
グリエマのような冒険者になると国から依頼されることもある。そしてもちろん、その場合には報酬はかなり弾んでくれるらしい。
次に話したのは、この世界に存在する種族の事。
基本的には人間と魔物が、この世界に存在している。
しかし例外として、人間と魔物の中立的存在、魔人というものも息を潜めて生活しているらしい。滅多に見かけることは無いが、極寒の地やこのディープフォレストなどにはいる可能性がある。彼女はそう語っていた。
(……魔人、か。もし会ったら仲良くできるか、わからないけど……)
グリエマの話を聞き様々のことについて勘定していると、グリエマが動きを見せる。
「あれ、一人で倒せるか?」
「あ…はい、やろうと思えば」
前触れもなく足を止めたかと思えば、グリエマは木陰から魔物を見た。
クロノアはそう返事するとすぐさま抜剣。
「いや、待て。あれは一人じゃ倒せない」
が、その後の行動はグリエマの制止によって妨げられる。クロノアは声を弾ませて、苛立ち混じりに蒼言った。
「ど、どっちなんですか、エマさん!」
少しの間静寂が訪れた。
目の先にいるのは、オークのような見た目をした魔物。
斧を握っており、その体は異常なほど筋肉が発達していた。眼も普通のものとは違う。
「あれは強力な個体だ。
魔物は生き残ってるほど強くなっていくが、あいつは相当に生きてる。恐らく戦闘経験も豊富だろう。ランクはⅡ……いや、Ⅲの上位くらいだな」
「なるほど…。だから二人でかかると?」
「あぁ。私一人でも行けなくはないが」
「なら一人で行ってきてくださいよ!」
「いや…。私がもし仮にいなくなってしまったときに、ね。あれぐらいは倒してもらわないと困る」
グリエマが視線を向ける。
とても穏やかな瞳だった。
クロノアには奥に何か、哀しさのようなものもあるように見えた。
「……そんなこと、ないですよ」
クロノアが否定すると視線を逸らした。
そうしてただ静かに、オークの動きを観察しているだけ。
(いなくなる。つまりそれは――――)
「――――行くよ」
重たいカバンを地面に落とし、風すらも置き去りにして駆け抜ける。
そしてオークに到達するより前に長剣を引き抜いた。
動きに気づいたオークがすぐさま斧を薙ぎ払う。そのまま前方へくるりと回転したグリエマは背面に斬撃を叩き込もうとする。
しかし、オークはそれを見切り背後に強力な一振りを行う。グリエマは思うように受け止めきれず、武器とともに吹き飛ばされる。
「エマさんッ!」
クロノアが叫ぶと勢いを殺し、直後再びオークへ攻撃を仕掛ける。
『――早く来い――』
(うわっ、なんだこれ、テレパシー!?)
途端に脳内に流れてきた音声。
グリエマの声だ。
『これは《念話》という魔法だ。魔力に音を乗せて相手に送ることができる』
(魔法……なんでもありですねほんと!)
クロノアはとうとう走り出した。
グリエマがオークの斜方から繰り出した斬撃。炎を纏った、炎剣となって襲う。
「斧を……投げたっ!?」
グリエマの手元から離れ、背後にある樹木に突き刺さる剣。斧もその隣にぶっ刺さっている。
『ウアアアアアアアアアアア!!!』
けたたましい咆哮を上げ走り出すオーク。
その腕には、傍から見てもわかるくらい力が籠もっていた。
「エマさ……」
「炎槍《グリプス》」
呼びかけようとした時、グリエマがそう短く唱えると頭上に炎の槍が出現した。
先端には5つくらい突起があり、武器《・・》として扱えるくらいには硬度もありそうな雰囲気がした。
グリエマはそれを腕の動きと連動させ、超速で打ち出す。
『グウウウウウ!?!?!?』
片腕を焼かれ切り落とされるオーク。その叫びは苦痛に満ち溢れている。
「今だ、倒せ―――クロノア君」
静かだがしっかりと聞こえた声。
思ったよりも声が高いんだなと思いつつ、指示通り動いてみせる。
地面を数回蹴り、痛みに悶絶しているオークに奇襲を仕掛ける。オークの叫びはまだ止まらない。
(さっきエマさんがやってた炎を剣に巻きつけるやつ…!あれをやるか!)
右手の中に入れた剣の剣身に炎を発生させる。それを使って狙うは首。その一点を狙ってクロノアは走り抜ける。
その瞬間だけは、風が味方になってくれたような気がした。
「炎纏斬《グリムス》!!」
炎に侵されたオークの頭が、思い切り容赦なく地面に叩きつけられた。
♢♢♢♢
「助かったよ、クロノア君」
「いやいや、これぐらいならエマさんだけでも倒せますよ」
木目に刺さった剣を引き抜いたグリエマ。
クロノアは謙遜しながら、グラディウスに付着した剣を払う。
「……確かに、そうかもしれないな」
「いや否定してくださいよ、そこは!」
「……ふふ」
(あ…笑った)
ここで初めて笑顔らしい笑顔を見せるグリエマ。とても穏やかで、且つ目に焼き付くような微笑みだった。しかしその笑みはどこかへと飛んでいき、いつもの無色透明のような表情に戻る。
それを見たクロノアは、ただ珍しいものを見れたなという単調な感想と、あまり彼女に似つかない笑い方だなという感想を抱いた。
しかし、この笑顔が何を意味するのか、クロノアはまだ知り得なかった。
クロノアはその傍らで、周囲に魔物が現れないか目配せをして確かめている。
空は晴れている。まるで星が降っているかのように、光が地上を照りつけていた。
「で……その用事っていうのはなんなんですか?」
沈黙を破ったのはクロノア方だった。
「この森の最奥地にある洞窟《ダンジョン》で行方不明者の捜索だ。
今はそのダンジョンに向かっている」
「なるほど、何か……その人に関する情報、あります?」
「あぁ」
グリエマは腰に掛けられた小さいポーチから一枚の紙を取り出す。そうしてクロノアに差し出した。
(字………読めねぇ)
「すいません、字が……」
申し訳無さそうに言って紙を返す。
「私と同じⅠ級冒険者、髪は黒、身長は百七十ほど」
グリエマはその紙を受け取ると四つ折りにしてポーチにしまい込んだ。
「Ⅰ級冒険者……ってのは」
「上から二番目に強い冒険者たちのことだ」
「…なるほど、ありがとうございます」
「まぁ……この機会だ。
聞きたいことがあれば質問してくれ。私の知っている範囲でなら教えよう」
「あ、では……さっき言ってた冒険者っていうの、教えてくれますか?」
「あぁ、わかった」
それから二人は足並みを揃えて様々な話をした。
まずは冒険者について。
冒険者は魔物を買って素材を売ったり、依頼板《クエストボード》で依頼を達成させて報酬を受け取ったりするのが主な仕事だ。
グリエマのような冒険者になると国から依頼されることもある。そしてもちろん、その場合には報酬はかなり弾んでくれるらしい。
次に話したのは、この世界に存在する種族の事。
基本的には人間と魔物が、この世界に存在している。
しかし例外として、人間と魔物の中立的存在、魔人というものも息を潜めて生活しているらしい。滅多に見かけることは無いが、極寒の地やこのディープフォレストなどにはいる可能性がある。彼女はそう語っていた。
(……魔人、か。もし会ったら仲良くできるか、わからないけど……)
グリエマの話を聞き様々のことについて勘定していると、グリエマが動きを見せる。
「あれ、一人で倒せるか?」
「あ…はい、やろうと思えば」
前触れもなく足を止めたかと思えば、グリエマは木陰から魔物を見た。
クロノアはそう返事するとすぐさま抜剣。
「いや、待て。あれは一人じゃ倒せない」
が、その後の行動はグリエマの制止によって妨げられる。クロノアは声を弾ませて、苛立ち混じりに蒼言った。
「ど、どっちなんですか、エマさん!」
少しの間静寂が訪れた。
目の先にいるのは、オークのような見た目をした魔物。
斧を握っており、その体は異常なほど筋肉が発達していた。眼も普通のものとは違う。
「あれは強力な個体だ。
魔物は生き残ってるほど強くなっていくが、あいつは相当に生きてる。恐らく戦闘経験も豊富だろう。ランクはⅡ……いや、Ⅲの上位くらいだな」
「なるほど…。だから二人でかかると?」
「あぁ。私一人でも行けなくはないが」
「なら一人で行ってきてくださいよ!」
「いや…。私がもし仮にいなくなってしまったときに、ね。あれぐらいは倒してもらわないと困る」
グリエマが視線を向ける。
とても穏やかな瞳だった。
クロノアには奥に何か、哀しさのようなものもあるように見えた。
「……そんなこと、ないですよ」
クロノアが否定すると視線を逸らした。
そうしてただ静かに、オークの動きを観察しているだけ。
(いなくなる。つまりそれは――――)
「――――行くよ」
重たいカバンを地面に落とし、風すらも置き去りにして駆け抜ける。
そしてオークに到達するより前に長剣を引き抜いた。
動きに気づいたオークがすぐさま斧を薙ぎ払う。そのまま前方へくるりと回転したグリエマは背面に斬撃を叩き込もうとする。
しかし、オークはそれを見切り背後に強力な一振りを行う。グリエマは思うように受け止めきれず、武器とともに吹き飛ばされる。
「エマさんッ!」
クロノアが叫ぶと勢いを殺し、直後再びオークへ攻撃を仕掛ける。
『――早く来い――』
(うわっ、なんだこれ、テレパシー!?)
途端に脳内に流れてきた音声。
グリエマの声だ。
『これは《念話》という魔法だ。魔力に音を乗せて相手に送ることができる』
(魔法……なんでもありですねほんと!)
クロノアはとうとう走り出した。
グリエマがオークの斜方から繰り出した斬撃。炎を纏った、炎剣となって襲う。
「斧を……投げたっ!?」
グリエマの手元から離れ、背後にある樹木に突き刺さる剣。斧もその隣にぶっ刺さっている。
『ウアアアアアアアアアアア!!!』
けたたましい咆哮を上げ走り出すオーク。
その腕には、傍から見てもわかるくらい力が籠もっていた。
「エマさ……」
「炎槍《グリプス》」
呼びかけようとした時、グリエマがそう短く唱えると頭上に炎の槍が出現した。
先端には5つくらい突起があり、武器《・・》として扱えるくらいには硬度もありそうな雰囲気がした。
グリエマはそれを腕の動きと連動させ、超速で打ち出す。
『グウウウウウ!?!?!?』
片腕を焼かれ切り落とされるオーク。その叫びは苦痛に満ち溢れている。
「今だ、倒せ―――クロノア君」
静かだがしっかりと聞こえた声。
思ったよりも声が高いんだなと思いつつ、指示通り動いてみせる。
地面を数回蹴り、痛みに悶絶しているオークに奇襲を仕掛ける。オークの叫びはまだ止まらない。
(さっきエマさんがやってた炎を剣に巻きつけるやつ…!あれをやるか!)
右手の中に入れた剣の剣身に炎を発生させる。それを使って狙うは首。その一点を狙ってクロノアは走り抜ける。
その瞬間だけは、風が味方になってくれたような気がした。
「炎纏斬《グリムス》!!」
炎に侵されたオークの頭が、思い切り容赦なく地面に叩きつけられた。
♢♢♢♢
「助かったよ、クロノア君」
「いやいや、これぐらいならエマさんだけでも倒せますよ」
木目に刺さった剣を引き抜いたグリエマ。
クロノアは謙遜しながら、グラディウスに付着した剣を払う。
「……確かに、そうかもしれないな」
「いや否定してくださいよ、そこは!」
「……ふふ」
(あ…笑った)
ここで初めて笑顔らしい笑顔を見せるグリエマ。とても穏やかで、且つ目に焼き付くような微笑みだった。しかしその笑みはどこかへと飛んでいき、いつもの無色透明のような表情に戻る。
それを見たクロノアは、ただ珍しいものを見れたなという単調な感想と、あまり彼女に似つかない笑い方だなという感想を抱いた。
しかし、この笑顔が何を意味するのか、クロノアはまだ知り得なかった。
応援ありがとうございます!
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