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本編2 試される男

30・異世界人とハサミの使い様  俯瞰視点

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倒れた異世界人……泉州は速やかに医務室へと運ばれた。
教会の者が泉州の状態を確認するも、身体には特に怪我や異変などは見当たらず、呼吸も安定している。
ただ気を失っているだけだという診察結果が出た為、意識が戻らない泉州の身柄については、一先ず今は神官長イーシャに任せる事となった。


取り乱したロイズは他の神官兵士達に休憩室へと運ばれた。
しばらくは興奮した様子だったが、異世界人と引き離した事が功を奏したのか、割と程なくして落ち着いて行った。
今は疲れ切ったように、ベッドで大人しく寝息を立てているようだ。




城下町の教会の長を務めるクー・ヘンバウム司教を始め、他の司祭達、貴族街にある教会から来たタリメア司祭は、教会内のとある一室で不毛な会議を行っていた。
議題はただ一つだが、非常に重たく、頭の痛い内容だ。

異世界から来た男の処遇を如何にするか。

どうやらロイズにベタ惚れしてしまった所為で、他の者からの言葉はあまり聞かない傾向が見られるものの、それもまだ許容範囲内に収まる。
二か月前に現れた自称勇者よりは、数倍も話が通じる男だ。
しかし性能面では明らかに、泉州は自称勇者より劣っている。それは証明された。


「さて……皆さんはどう思うか、聞きましょうか。あの男の事を。」

タリメア司祭が冷静な目で周囲を見回す。
他の司祭達は、どうしたものかと微妙な表情だ。
司教は難しい顔で腕組みをして、何やら深く考え込んでいる。


「何処から来たかはともかく。既に彼はこの世界に存在する。……とすれば、彼はこの後も、この世界で生きて行く事になる。その上で彼をどうするか、考えなくては。……何か、させましょうか?」

誰も口を開かない中、タリメア司祭が更に問い掛ける。
司祭達は互いに顔を見合わせた後。やがて一人が重たい口を開いた。


「二人目の異世界人は、そのぉ……微妙、ですなぁ。」
「微妙とは何が?」
「いやぁの、性能があまり……優れては……。ね、……ねぇ、皆さん?」

タリメア司祭に鋭く聞き返され、その司祭は周囲へ同意を求めた。
他の司祭達も顔に苦笑を浮かべながら、先の言葉に頷き出す。


「まぁ確かに……。期待を掛けた程では、……ねぇ?」
「太刀打ち出来ず、という感じでしたなぁ。……あれ程までに差がある、とは。」
「一人目とは、どうも態度が違うと思っておりましたぞ。二人目の実力が乏しいのであれば……まぁ頷けますなぁ。」
「それであれば、もう少し、謙虚な態度になって貰いたいものですぞ。……態度が実力に比例する、と言うのであれば。」

誰かの言葉に、司祭達の間に失笑が零れた。
緊張感と期待とが無くなった所為で、おかしな精神状態になっているのか。
泉州がここの神官兵士達を、赤子の手を捻るように難なく対処した事を知らぬか。


「そう言えば『勇者』として……でしたかな? ここで働く、などと……。」
「言っておりましたなぁ。神官長が確か、そんな話を。」
「そのぉ……上手く丸め込んでいましたし。神官長に任せても、良いのでは?」
「あぁそれは良い。神官長ならば『良い関係』になるだろう。」

神官長の事で『含むもの』を匂わせる言葉にも、やはり失笑が起こる。
司祭クラスであれば、イーシャの『特異体質』についても知っているからだ。

神の声が聞こえるわけでも、癒しの魔術が優れているわけでもない男が。
男娼のように肉体で男を癒す、その特徴のお陰で。
若くして神官長を任せられているのだと。




「タリメア司祭よ……。」

異世界人を神官長に丸投げしよう。
そんな結論が見えて、司祭達の雰囲気が和やかになったのとは裏腹に。
司教は難しい顔のまま、タリメア司祭に声を掛けた。


「あの者は、異世界人だと……認定されるじゃろうか?」

その言葉で周囲の司祭が静まり返った。

異世界人の出現については、大陸内の教会の総元締めとも言えるノモイマウ教会に、速やかに報告する義務がある。
だが二か月前に現れた自称勇者を、ノモイマウ教会は異世界人と認めなかった。
今回は一体どう判断されるのか。
僅か二か月後に、また異世界人の報告をするドゥーサンイーツ王国に対して、ノモイマウ教会が何を思うか。
あまり楽観的には考えられないそれも、頭の痛くなる問題だ。


「さぁ? それは報告してみなければ分からない。ただ……その前に。あの男は本当に異世界人なのか。異世界人です、と……報告するに相応しい存在なのかを、確認する事が先決なのでは?」
「確かに……。今回も眩い光の所為で、誰も『来るところ』を見ておらぬ……。」

その点は、前回と今回は同じ。
という事は、まだノモイマウ教会に報告する時ではない。

司教は泉州についての報告を、一先ずは保留する事にした。


「あの男を役立てつつ、異世界人として報告すべき存在かどうか、……確認する方法があります。」
「危険性は無いのか?」
「ありませんよ? 我々には。」

すっかり場の流れは、タリメア司祭に任せる方向へ傾いている。
問うような物言いの司教も、その声は決して反対意見があるものではない。


「教会で働く神官兵士見習いとして、彼には、ごく普通に仕事をさせるだけ。国内各地の、瘴気や瘴気溜まりを打ち払って貰う。……古代術で召喚された『勇者』と同じ事が出来るとなれば、自ずから、異世界人であるとの証明になるでしょう?」

タリメア司祭からの素晴らしい提案を、反対する理由は無かった。
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