結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

文字の大きさ
7 / 60
アベリア学園の見学

ロイドの弁護

しおりを挟む
 翌々日。
 今日は冬季休暇明けの登校日初日であった。

 リラは久々に制服に腕を通した。
 アベリア学園の制服は女子は空色のワンピースに赤いリボン、男子は同じく空色のブレザーに赤いタイをしていた。
 まだ冬の寒いこの時期は、制服の上に学園指定のベージュのコートを羽織っている生徒が多かった。

 リラが正門から中庭を歩き校舎へ、そして教室へと歩いていた。
 途中、ちらちらと何度か視線を感じた。

(もしかして、私を見ているのでしょうか。そんなまさか、何かの思い違いでしょう…。)

 リラは自意識過剰と思い直して、背筋を伸ばし、足早に教室へと向かった。


 教室の扉を開くと、リラの登場を今や遅しと待ち構えていたように、一斉にその場にいた生徒たちがリラの周りに集まってきた。

「アクイラ国皇子とは、どんな方なのですか。」

「アクイラ国皇子とは、以前からお知り合いだったのですか。」

「アクイラ国皇子を私にもご紹介いただけませんか。」

 リラはあまりの勢いに圧倒され後退りした。
 今までの人生が自分が、これまでに脚光を浴びることなどあっただろうか。
 生徒たちは、瞳をキラキラと輝かせてリラが答えるのを待っているのだった。

 けれど、リラは皆が期待しているような何かを言うことなどひとつも言えるはずもなかった。
 リラは、あの成人の宴で初めてクライヴと出逢い、少しばかりの間、クライヴと話をしダンスを楽しんだだけなのだ。時間にすると一時間にも満たないだろう。
 そんな相手の何を知っていると皆は期待しているのだろうか。

「いや、その、えっと…。」

 しかし、ここで正直に本当のことを言うことも悩ましかった。
 何かの発言を引き金に、話に尾鰭がついて、よもやリラと恋仲などと脚色されて噂をされては困るのだ。国賓である隣国の皇子のスキャンダルなど失礼にもほどがある。

 リラは、ただ何もないというだけで、説明するのがこれほどまでに難しいものなのかと頭を悩ませていた。

「ご婚約の申し出があったという話も聞いたのですが本当ですか。」

(う…。そんなことも聞こえていたの…?)

 リラは動揺が隠しきれず言葉を詰まらせた。

 確かに婚約を仄めかす言葉はにあった。けれど、その後、クライヴに逢うことはおろか、連絡のひとつもないのだ。

 それに、皇族の結婚相手は侯爵家以上が一般的である。
 自分なんかは片田舎の伯爵家の娘だ。どう考えても婚約者として相応しくないのだ。

 おそらく、あの美貌の皇子様の冗談だろう。

《そんなことおっしゃってませんよ。》

 逸そ、白を切るべきだろうか。けれど、あのすぐ傍にいたものは、ここに何人かいるだろう。否定しきれる自信はあまりなかった。

《あれは、アクイラ国皇子のご冗談ですよ。》

 それとも、冗談ということにしてしまおうか。けれど、あの演技とは思えないような情熱的な眼差しを間近でみたものもいるだろう。


 リラがどう説明するか考えあぐねいていると、教室の隅でリラの陰口を叩く令嬢の姿があった。レベッカとその取り巻きたちだった。

「リラ様はアクイラ国皇子に色目を使ったらしいわよ。」

「リラ様、ご結婚に興味ないような素振りをして権力者には大胆ですね。」

「まあ。学園の優等生ですのに、やらしい子なのですね。」


 そんな騒がしい教室の前にロイドとレナルドいた。
 ロイドは、この状況を瞬時に読み取り、奥歯をギリッと噛み締めていた。

「ロイド様、抑えて。」

 その音を聞き、レナルドは小声でロイドを宥めるのだった。

「わかっている…。」

 ロイドは小さく深呼吸すると、意を決して教室の扉を開いた。


「ああ。リラ嬢、皆、おはよう。どうしたのだ。そんな集まって。」

 ロイドは何事もなかったように優しく微笑んで、生徒たちに囲まれるリラの元に割って入った。

「リラ嬢。先日の成人の宴で、国賓であるアクイラ国皇子へのもてなし、深く感謝している。やはり、リラ嬢にお願いして良かったよ。皇子も楽しかったと伝えてくれと言っていた。」

 皆は突然のロイドの言葉に理解が追いつかず、きょとんっとした。

「ああ。ロイド様。そう言っていただけて光栄です。アクイラ国皇子が楽しんでいただけてよかったです。」

 リラはロイドの意図をすぐさま察知し、機転を効かせて話を合わせた。

「ロイド様がアクイラ国皇子のおもてなしをするようにリラ様をお願いされたということでしょうか。」

 ひとりの令嬢がロイドの会話の意味を確かめるように質問をした。

「ああ。そうなんだ。アクイラ国皇子は元々夜会の出席は好ましくないようだったが、せっかく訪れたのだ。少しは楽しんでいかれたらどうかと思って、優等生であるリラを紹介したのだ。」

「そ、そうなんです!実は、宴の直前にそのようなお話がございまして。」

 リラはすぐさま話を合わせた。

「で、では、婚約の話は?」

 すかさず別の令嬢が質問した。
 いくらロイドの話が本当だとしても婚約までロイドが勧めるとは到底思えなかった。

「あれは、皇子の冗談らしい。皇子も『冗談だ!』と付け加えようとしたらしいが、リラ嬢があまりにも頬を染めていたので、退くに退けなくなったらしい。リラ嬢には悪いことをしたと言っていたよ。」

 皆はそれを聞くと、納得したように散っていった。

 リラは小さく深呼吸し呼吸を整えた。

「ロイド様、再三お見苦しいところをお見せて申し訳ありません。大変助かりました。本当にありがとうございます。」

「ああ、問題ない。」

 リラは申し訳なさろうにロイドに謝るも、ロイドは爽やかに返事をし席に着いた。


 その日の授業はリラは心ここに在らずだった。どこか俯いてしまっていた。

 ロイドを受け、自分の結論が断定されたことに落胆したのだった。

(婚約の話は、やはり冗談だったのか…。)

 少し期待していた自分に気づいた。

 もちろん結婚したいわけではないし、自分があんな美貌の皇子様と結婚できる立場ではないことは重々理解していた。
 けれど、リラにとって初めて異性に魅せられた瞬間だったのだろう。

 初恋は一瞬にして失恋へと変わったのだ。

 そんなぽっかり空いた心を更に抉るように、どこもかしこも噂で持ちきりだった。

「婚約の話は冗談だったみたいですよ。」

「だと思いましたわ。片田舎の伯爵令嬢ですもの。」

「本当にそうなんでしょうか。アクイラ国皇子は熱烈な視線だった気がしたんですが。」

「いいえ、リラ様のご容姿なんて平凡じゃないですか。あんな麗しい皇子様ですよ。もっと誰もが憧れるような美しいお姫様とご結婚するに決まっているじゃないですか。」

 噂の中には、リラを少し非難するような言葉も飛び交った。レベッカの取り巻きたちが流しているのだろう。

 気にしない、気にしない、とそうは思いたいが、的得ているとも思ってしまう。

(あんな美しい方を目の当たりにしたら、誰しも容姿はなんて平凡なんじゃないだろうか。まあ、色目を使ったと思われるよりは幾分かマシか…。)

 そう思ってじっと耐えるのだった。

☆ ☆ ☆

 その日の授業終わり。
 リラは担任の先生から学園長室に行くように告げられた。

 リラは成人の宴でのクライヴと話した軽率な態度を学園長直々に注意されるのではないかと不安に思いながら、学園長室へ向かった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...