【本編完結】そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

2章

2章117話（218話）

　身体を強い力で締め付けられて、骨が折れるんじゃないかというくらい、軋む音が聞こえた。……もちろん、このジェリーの精神の中で折れるわけではないと思うけれど……。
　そう、私が入り込んでいるのは、ジェリーの心の中。魂が宿っている場所。マザー・シャドウとジェリーの魂を切り離すには、この方法が早いと思った。
　私に宿るカナリーン王国の血。それを道標みちしるべにして、マザー・シャドウの魔力を掴み、ここまで来たのだ。もちろん、私一人では無理な計画だったけれど……。
　アル兄様とヴィニー殿下の魔法、ソフィアさんの精霊界への協力要請。そして、なぜか力を貸してくれた精霊界の精霊たち。――みんなの力で、ここにいる。

「ソル、ルーナっ！」

　私の呼びかけに応えるように、ソルが大きくなって翼を広げ、私ごと包み込む。白い世界になると、マザー・シャドウは怯んだのか、私を締め付ける力を緩めた。それを狙ったかのように、ルーナも姿を大きくして、マザー・シャドウを払う。ルーナの身体にぶつかるように解放された私は息を整えて、魔力を解放した。

「――っ」

　マザー・シャドウの前に人影がふたつ。
　私には、マザー・シャドウがどんな人たちを見ているのかわからない。ソルとルーナから、少しずつ魔力をもらって、現状を維持するように心掛ける。

「――なんの、真似だっ！」

　激昂するように叫ぶマザー・シャドウ。ゆらゆらと、マザー・シャドウを包む黒いもやが晴れていく。――そこにいたのは、涙を流しこちらを睨んでくるひとりの『女性』だった。

「――あなたが求めている者を、見せているの」
「私が求めている、ですって――……？」

　私に出来ることなんて、限られている。だからこそ、願ったのだ。――彼女が望む者を見せる魔法を――……。ソルとルーナは、私に祈れと言った。私の祈りはそのまま、具現化できる可能性があると……、そう言ったのだ。

「あなたの望みは、この世界にはもうないの。カナリーン王国は滅び、近付くことさえもできない」
「いいえ、いいえっ。ジェリー、あなたの身体があれば近付ける。そしてやり直すの、歴史を、いちから！」
「――……無理よ。終わった歴史を、やり直すことなんて……誰にも出来ない」

　過去に戻ることも出来ないし、人は前に進むことしか許されていない。それでも求めてしまうのだろう。失ったものが、多すぎるあなたは……。

「私が見せているのはあなたがずっと、求めていた者たち。この人たちはもういない……」
「黙れっ！」

　今までの余裕はどこに行ったのか、マザー・シャドウは声を荒げた。ゆらりと人影が揺れてマザー・シャドウに向けてなにかを話しているようだ。大きな人影と、小さな人影。……きっと、彼女が求めていたのは……愛する人たち。
自分が望んでいないのに、影シャドウを産み続けるというのは……女性にとって、とても悲しいことだ。

「あなたの心は、本当に『やり直し』を求めていたの？」

　ずっと、考えていた。マザー・シャドウが本当に望んでいたことを。国の歴史をやり直す、なんて……普通に考えれば無理だということがわかる。……だから、私は思ったの。この人の心はとても疲れていて、なにかに執着することでようやく立っていられるのではないか、と――……。

「……そうよ、やり直さないと、あの人たちに……私の愛する人たちに会えないもの！」

　……やり直したとしても、愛する人たちに会えるはずがないのだ。彼女の愛する人たちは、もう……。

「――バカなことを……」

　ソルの言葉が響いた。ルーナも「会えないよ」と呟く。

「いいえ、いいえ、私は、絶対に……っ」

　諦めない、というつもりだったのだろう。人影が、彼女を包み込むように抱きしめた。まるで、慰めているかのように。私の身体を奪ってでも、彼女はこの人たちに会いたかったのね……。……私はゆっくりと目を閉じる。ソルとルーナの魔力を合わせて、――人影を、人の姿へと変えた。彼女の愛する人の姿へ――……。

「あ、ぁ、ぁああ……うそ、うそよ、わたしが……わすれるはず、など、ないのに……っ！」