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2章
2章118話(219話)
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ゆらり、ゆらりと人影が揺れる。そして――それは、砂のように崩れ去っていった。人影を追い求めるようにマザー・シャドウの手が伸びる。砂になった人影は、彼女に触れることなく淡く消えていった。
「……あなたも、本当は気付いていたのでしょう……?」
「――っ」
「もう、彼らの顔や姿を思い出せないということに――……」
マザー・シャドウが顔を上げて私を睨む。憎悪で人が殺せるのなら、きっと私は死んでいた。……そのくらい、憎しみのこもった眼差しだった。魔力のほとんどを使い切ったことに気付いたけれど、まだ、大丈夫。立っていることが出来る。
「私の子どもだというのに、反抗的ね」
「あなたの子どもだから、反抗的なのよ」
国の歴史をやり直そうとするあなたの子だから。
「汚い手を使ってでも、やり遂げようとするあなたの気持ちが全くわからない」
「失うことを知らない子どもに、わかるわけがないわ!」
――失うことを、知らない?
そんなことはない。私はファロン家の両親も、妹も失った。なにかが胸の中を渦巻く。それはきっと、怒りだった。なにも知らない私たちを、地の底へと落とした人。
「――あなたが壊したのに……?」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。にやりと、彼女の口角が上がる。ソルとルーナが「飲み込まれちゃダメだ!」と叫ぶ声がした。
人の神経を逆なでして、操り人形のようにするのが彼女のやり方なのだろうか。そう考えたら、頭が急激に冷めて、悲しくもなった。――この人は一体どれだけの時間を、そうして来たのだろうと……。
「……ぁ」
ペンダントが淡く光を放つ。ヴィニー殿下からもらった、アミュレット。パンッ、と私に纏わりつこうとした黒いもやを弾き飛ばした。魔力をほとんど使い切ったことで、マジックバリアも解けかかっているのだろう。
「……どうして、私を産んだの?」
「利用するために決まっているじゃない。カナリーン王国の王族と、影の私の血を引く子ども……。これほどまでに、カナリーン王国の玉座に相応しい人はいないのではなくて?」
狂ったかのように声を荒げて、マザー・シャドウは魔力を練っていく。取り乱しているように見えるけれど、この人はきっと、冷静だ。ただ――、自分が何者であるのか、忘れかけているようにも見えた。
「私の身体を奪って、自分が玉座に座ろうとしていたのなら――それはもう、歴史のやり直しなんかじゃないわ!」
私がそう叫ぶのと同時に、白い光がマザー・シャドウを照らす。とてもイヤそうに表情を歪めた。
私は彼女に近付いて、がばっと抱き着いた。彼女は避けようともせずに、私の抱擁を受け入れる。多分、チャンスだと思ったのだろう。ここで私の意識を乗っ取れば、身体を手に入れられるという考えがあったのだと思う。――でもね、私の身体も意識も、そんなに簡単に渡すことは出来ないの!
私を助けてくれた人たちのためにも――……!
『……そうね』
どこからか、優しそうな声が聞こえて来た。――誰の声なのか、わからない。わからない、けれど――……。
『――哀れな魂に、祝福を』
声に導かれるように、残りの魔力が外へと解放される。蒼い炎がマザー・シャドウを包み込んだ。
「ァァァぁああああああああっ!」
苦しそうに叫ぶ、マザー・シャドウに私の意識が戻って来た。魂さえも燃やしてしまう、蒼い炎の正体を、私は知らない。なにが起きているのかわからずにソルとルーナの名前を呼ぼうとした。でも、ソルもルーナも、なにかに驚いたように動けずにいた。
「うそ、うそよ、こんなおわりかたなんて、ありえない――っ!」
魂が、燃えていく。蒼い炎に包まれて――本当に、この炎を、私が出しているの――?
「イヤァァァあああああッ!」
悲鳴を飲み込むように、蒼い炎がマザー・シャドウを包み込み……私を道連れにしようとぎゅっと抱きしめる。でも、その炎は私には通じずに、信じられないものを見たとばかりに彼女がどんどんと表情を崩していく。
「……あなたをこう呼ぶのは、最初で最後よ。――さようなら、お母様」
あなたが私を産んでくれて良かった。優しい人たちに、出会えたから。私の言葉に、マザー・シャドウはなにも言わず……ただ、消滅するのを選んだかのように私から手を離した。蒼い炎は、最後まで彼女の魂を燃やす。……私はそれを、じっと見ていた。
……最後に、どうしてマザー・シャドウが抵抗をやめたのかわからない。ソルとルーナがいつもの大きさに戻り、「ジェリーの元へ行こう」と声を掛けてきた。私はうなずいて、ジェリーの元へと向かう。
「エリザベス、さま……」
弱ったような瞳で私たちを見るジェリー。
「……ジェリー、その茨は……あなたが感じている、罪の重さ、なのね……?」
ジェリーは小さくうなずいた。やっぱり、と小さく呟く。彼女は、自分がマザー・シャドウを受け入れたから、ブライト家が崩壊したのだと考えていたのだろう。彼女の気持ちを察して、私はそっと、茨に手を触れた。
「――自分を許すことは難しいかもしれない。……だけど、私はあなたに生きていて欲しいの、ジェリー」
「でもっ、わたし……みんなに……めいわくを……!」
ポロポロと涙を流すジェリーに、緩やかに首を横に振る。マザー・シャドウに身体を乗っ取られていたのだ、よく、あれだけで済んだ。
「きっとあなたの心が抵抗を続けていたから、アカデミーは無事だったのよ」
魔力の濃さに具合を悪くしていた人たちもいるけれど、みんな回復している。
「……ねえ、だから、私と一緒に帰ろう?」
そう言って手を差し伸べる。ジェリーは泣きながらも、私へと手を伸ばした。
「……あなたも、本当は気付いていたのでしょう……?」
「――っ」
「もう、彼らの顔や姿を思い出せないということに――……」
マザー・シャドウが顔を上げて私を睨む。憎悪で人が殺せるのなら、きっと私は死んでいた。……そのくらい、憎しみのこもった眼差しだった。魔力のほとんどを使い切ったことに気付いたけれど、まだ、大丈夫。立っていることが出来る。
「私の子どもだというのに、反抗的ね」
「あなたの子どもだから、反抗的なのよ」
国の歴史をやり直そうとするあなたの子だから。
「汚い手を使ってでも、やり遂げようとするあなたの気持ちが全くわからない」
「失うことを知らない子どもに、わかるわけがないわ!」
――失うことを、知らない?
そんなことはない。私はファロン家の両親も、妹も失った。なにかが胸の中を渦巻く。それはきっと、怒りだった。なにも知らない私たちを、地の底へと落とした人。
「――あなたが壊したのに……?」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。にやりと、彼女の口角が上がる。ソルとルーナが「飲み込まれちゃダメだ!」と叫ぶ声がした。
人の神経を逆なでして、操り人形のようにするのが彼女のやり方なのだろうか。そう考えたら、頭が急激に冷めて、悲しくもなった。――この人は一体どれだけの時間を、そうして来たのだろうと……。
「……ぁ」
ペンダントが淡く光を放つ。ヴィニー殿下からもらった、アミュレット。パンッ、と私に纏わりつこうとした黒いもやを弾き飛ばした。魔力をほとんど使い切ったことで、マジックバリアも解けかかっているのだろう。
「……どうして、私を産んだの?」
「利用するために決まっているじゃない。カナリーン王国の王族と、影の私の血を引く子ども……。これほどまでに、カナリーン王国の玉座に相応しい人はいないのではなくて?」
狂ったかのように声を荒げて、マザー・シャドウは魔力を練っていく。取り乱しているように見えるけれど、この人はきっと、冷静だ。ただ――、自分が何者であるのか、忘れかけているようにも見えた。
「私の身体を奪って、自分が玉座に座ろうとしていたのなら――それはもう、歴史のやり直しなんかじゃないわ!」
私がそう叫ぶのと同時に、白い光がマザー・シャドウを照らす。とてもイヤそうに表情を歪めた。
私は彼女に近付いて、がばっと抱き着いた。彼女は避けようともせずに、私の抱擁を受け入れる。多分、チャンスだと思ったのだろう。ここで私の意識を乗っ取れば、身体を手に入れられるという考えがあったのだと思う。――でもね、私の身体も意識も、そんなに簡単に渡すことは出来ないの!
私を助けてくれた人たちのためにも――……!
『……そうね』
どこからか、優しそうな声が聞こえて来た。――誰の声なのか、わからない。わからない、けれど――……。
『――哀れな魂に、祝福を』
声に導かれるように、残りの魔力が外へと解放される。蒼い炎がマザー・シャドウを包み込んだ。
「ァァァぁああああああああっ!」
苦しそうに叫ぶ、マザー・シャドウに私の意識が戻って来た。魂さえも燃やしてしまう、蒼い炎の正体を、私は知らない。なにが起きているのかわからずにソルとルーナの名前を呼ぼうとした。でも、ソルもルーナも、なにかに驚いたように動けずにいた。
「うそ、うそよ、こんなおわりかたなんて、ありえない――っ!」
魂が、燃えていく。蒼い炎に包まれて――本当に、この炎を、私が出しているの――?
「イヤァァァあああああッ!」
悲鳴を飲み込むように、蒼い炎がマザー・シャドウを包み込み……私を道連れにしようとぎゅっと抱きしめる。でも、その炎は私には通じずに、信じられないものを見たとばかりに彼女がどんどんと表情を崩していく。
「……あなたをこう呼ぶのは、最初で最後よ。――さようなら、お母様」
あなたが私を産んでくれて良かった。優しい人たちに、出会えたから。私の言葉に、マザー・シャドウはなにも言わず……ただ、消滅するのを選んだかのように私から手を離した。蒼い炎は、最後まで彼女の魂を燃やす。……私はそれを、じっと見ていた。
……最後に、どうしてマザー・シャドウが抵抗をやめたのかわからない。ソルとルーナがいつもの大きさに戻り、「ジェリーの元へ行こう」と声を掛けてきた。私はうなずいて、ジェリーの元へと向かう。
「エリザベス、さま……」
弱ったような瞳で私たちを見るジェリー。
「……ジェリー、その茨は……あなたが感じている、罪の重さ、なのね……?」
ジェリーは小さくうなずいた。やっぱり、と小さく呟く。彼女は、自分がマザー・シャドウを受け入れたから、ブライト家が崩壊したのだと考えていたのだろう。彼女の気持ちを察して、私はそっと、茨に手を触れた。
「――自分を許すことは難しいかもしれない。……だけど、私はあなたに生きていて欲しいの、ジェリー」
「でもっ、わたし……みんなに……めいわくを……!」
ポロポロと涙を流すジェリーに、緩やかに首を横に振る。マザー・シャドウに身体を乗っ取られていたのだ、よく、あれだけで済んだ。
「きっとあなたの心が抵抗を続けていたから、アカデミーは無事だったのよ」
魔力の濃さに具合を悪くしていた人たちもいるけれど、みんな回復している。
「……ねえ、だから、私と一緒に帰ろう?」
そう言って手を差し伸べる。ジェリーは泣きながらも、私へと手を伸ばした。
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