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誰の手を取ればいいの
16.薔薇の香りと温もりの
しおりを挟む部屋に薫るラベンダー。
その爽やかな香りに僅かに薔薇の香りが混じる。それも、ローズオイルなどの香料成分を抽出した加工されたものではなく、生花の薔薇の香り。
きついものではなく、柔らかく優しい香り。王家の白薔薇クイーン・ブランカの香りだ。
──誰よりもシスティアーナが一番似合う花
ここしばらく、ほとんど眠れていなかった筈だが、どうやら眠っていたらしい。
アレクサンドルは覚醒して、薔薇の香りの夢から意識が浮上すると、状況を確認する。
肩から下に、ブランケットが掛かっている。控えていたファヴィアンが掛けてくれたのだろう。
温かく柔らかな弾力があるのに芯は詰まった肩の高さにフィットする枕。ファヴィアンは、どこから調達したのか⋯⋯
そこまで考えて、ハッとする。
身動いだことで頰にかかった金糸の髪を、触れるか触れないかほどに気をつかった優しい指先が、さらりと払い除ける。
「殆どクセもなくて、滑らかで綺麗な髪⋯⋯」
システィアーナの抑えた声が頭上から降って来た。
本当はガバリと飛び起きたかったが、どこか打つけたら怪我をするかもしれないし、システィアーナに失礼だ。
ゆっくりと枕にしていた膝から頭を下ろし、むくりと上体を起こす。
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「⋯⋯いや、起きたところだ。その、ティア、すまない。本当に枕にしてしまうとは」
「よく休めましたか?」
言われてハッとする。陽の傾きから見ても、時間にして一時間経ったかどうかほどの僅かな間で、体も頭もスッキリしているのだ。
「ああ。驚くほどスッキリしたよ。ありがとう。一体どんな魔法を使ったんだい?」
「まあ、魔法だなんて。安眠効果と精神を休めて整えるハーブを使っただけですわ」
そうは言うが、安眠香やハーブティーは、眠れない夜が続いた当初に試したのだ。
「システィアーナ嬢の温もりが、程よく体を温めたのでは?」
ファヴィアンの不意打ちのような台詞に、一気に血が上るが何とか動揺を表に出さずに堪える。
「何を言うんだ。膝を貸してもらっただけだぞ?
⋯⋯でも、確かに、効果はあったのだろうな。体が軽いくらいに調子がいい」
「ミアの言う通りでしたわね。目の下のクマもだいぶ薄くなって、目立たなくなってますわ」
す と手を目元に添えられて、さすがに堪えきれず、頰に朱が差すのが自分でも解る。
「そ、そうだね。ミアには何か考えておこう。ティア、本当にありがとう。こんなに安らかに眠れたのは久し振りだったよ」
「いいえ。お役に立てて幸いですわ」
公務のジャマになるからと、帰宅する旨を伝え、サンルームを退出するシスティアーナ。
「馬車留めまで送ろう」
ファヴィアンがついてくる。
「王太子殿下についていなくてよろしいのですか?」
「ああ。令嬢を一人で返す訳にも行かないだろう?」
ああ、そう言えば、ご用があったのでしたわ。
素直に、送られることにした。
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